第二十六話 悲嘆と希望のワイン
二人は内装の美しい客間へと入る。その広い部屋には、高価な家具や絵画などが、あちらこちらに飾られてある。
窓からは明るい日差しが差し込んでおり、飾り物である高級ツボが光り輝いている。
ルリーナは、部屋の真ん中にある椅子へと腰掛ける。続いてディサローニも、目の前にある真四角のテーブルに持ってきたワインを置き、足を組んで座る。
ディサローニが、持ってきた高そうなワインを、ルリーナ側のワイングラスにトポトポ注いでいると、ルリーナが口を開く。
「私はこう見えて仕事中なのだがな……」
やれやれと表情を浮かべるが、ディサローニは注ぎ続ける。
「まぁいいじゃないか、息抜きも必要だ。――さぁ飲んでくれ」
「はぁ」とため息を吐きながらも、ルリーナはワインをグビッと口に運んだ。
「……まぁ。悪くないな」
「当たり前だ、俺が選んだ酒だぞ? 美味いに決まってる」
そう言ってディサローニは自分のグラスにもワインを注ぎ始めた。
遠い海を越えた先にあるワインの名産地に、ディサローニ自身が遥々赴き、調達した最高級のワインだ。
その場に漂う果実のフルーティな香り。口に含むと瞬く間に、みずみずしくエレガンスでコクのある酸味が広がる。その余韻には、いつまでも浸っていられる。
ディサローニは注いだワインを一気に飲み干す。
「くぁあ! やっぱり美味い!! つまみが欲しくなるな。なんかないのか?」
「ない」
図々しい奴だと心の中で呆れるルリーナ。
ディサローニは事あるごとにルリーナの城を訪ね、まるで自分の家の様に勝手に入って来ては酒を振舞う。もちろん、ルリーナの忙しさなど関係ない。
決まって仕事が忙しい時にやってきては、良い話を持ってきたと言って付き合わされる。まんまと酒と話に釣られてしまうルリーナ自身も、自分に少し呆れていた。結果、今日もこうなってしまった。
「はぁ……それで、例の子がどうした?」
「つい一昨日ほど来たんだ、こっちの世界に」
「……そうか、ようやくか。ということはやはり――」
「あぁ。――亡くなった」
「……そう、か……」
ルリーナは額へと手を当て思いつめた表情を浮かべる。
「本当に良かったんだな? 連れてきて」
「今更考えても遅いだろう。後はあの子がこっちとどう向き合っていくかだ。――それにこれはあいつの願いでもある」
「そう、だな……。きっと乗り越えられるだろう……」
グラスに残ったワインをルリーナは一気に飲み干す。すると、扉の方からノックと年寄の男性の声が聞こえてくる。
「女王様。そろそろ……」
「あぁ、そうだな。今行く――」
飲み干したワイングラスをテーブルの上に置き、女王はすっくと立ち上がる。
「行くのか? じゃあ余ったワインを持っていけ。道中で喉が渇いたら呑むといい」
「呑まん……だが貰っておく」
ルリーナは、部屋の出口で待機していた補佐の男にワインを渡す。
「……今晩ゆっくり呑むとしよう」
「ん? なんか言ったか?」
「い、いいや。なんでもない」
ルリーナは顔を少し赤らめながら城の出口へと向かった。ディサローニも客間から出て一緒に付いていく。
外へ出て、ルリーナは馬車へと乗り込んだ。ディサローニは馬車の横で、東の国に会談をしに行くルリーナを見送っている。
「機会があれば、あの子に会いたいものだな」
「いずれその時は来る。楽しみに待つといい」
「フッ、そうか。それではな――」
ルリーナは窓から顔を出し、ディサローニに別れを告げ、東の国のへと出発した。
ディサローニは、馬車が見えなくなるまで見送り、ふぅと一息吐く。
「さてと、学園に戻るとしよう」
『――ディサローニ様。学園で少し厄介な事が……』
ディサローニがいざ帰ろうとしたその時、頭の中で声が流れてきた。
「ロマネクスか。どうした?」
『学園の生徒二人が、不注意であの森に入り、悪霊によって大怪我を負わされた模様です」
「……それで、二人は無事なのか?」
『はい、何とか一命は取り留めたようで、今は保健室で治療中のようです」
「そうか……」
ディサローニは目を瞑り小さく安堵する。
『詳しいことは学園に戻り次第、カディアに聞くのがよろしいかと』
「分かった。すぐ戻る」
冷静さを一切崩さず、ディサローニは城を出て学園へと戻り始めた。
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イオラとフィナンと別れた俺は今、寮の自分の部屋のベッドの上に仰向けで寝ころんでいる。窓から見える空は少しずつ明るさを失って、夕刻へと近づいていく。
俺は今日の事を振り返っていた。今日一日、色んなことをした。気絶から目が覚め、それから入学式を行い、歓迎ビュッフェをいただいた。それから寮の中を探検。完全設備の調理室に、売店と食堂を探索。そして極めつけは惨たらしいあの事故……。
目を瞑ると鮮明に思い出してしまう。あの目を背けたくなるような深い傷を……。
俺は首を振って、思い出してしまった二人の傷跡を忘れようとする。何はともあれ助かって本当に良かった。
体には今日の疲れがたっぷり溜まっていた。
次第にその疲れは眠気へと変わっていく。
マサトはそのまま、夢の中へと入っていった。