第二十五話 ディサローニの行方
カディアは保健室を後にし、校長室へと向かっていた。
保健室を出て左にまっすぐ歩いたところのエレベータへとたどり着く。
「ゴ利用デスカ?」
「えぇ。校長室へお願い」
「校長室デスネ! カシコマリマシタ!」
エレベーターは猛スピードで上昇していく。
乗り込んだカディアは、扉とは反対側の何もない壁のほうを向いている。
数十秒が立ち、エレベーターは徐々にスピードを緩めていく。
「到着シマシタ! 校長室デス!」
エレベーターの精霊がそう言うと、カディアが向いている壁が、カメラのシャッターの様に開いた。
降りたカディアは校長室を見渡す。壁沿いには、無数の本がびっしり敷き詰められた本棚。そこには、料理や精霊、歴史や法律と様々な種類の本が隙間なく置いてある。
校長室の中央には、大きめの丸テーブルと四つの椅子が置いてある。さらに机のど真ん中には、ティラお手製のクッキーが来客用として飾られている。
そして窓際の中央に校長の机。艶のある木製の机には羽ペンとインクしか置いてない。その他重要な物は机の引き出しに入っているのだ。
あと部屋にあるものと言えば、校長が趣味で集めている、カクテルやリキュールなどが入ったラックがあるくらいだ。
校長室を右から左へ見渡したカディアは、ハァとため息をつく。
「なんでこういう時に限っていないのかしら……」
校長室に校長はいなかった。さっきの一件を報告しなくてはいけないのに肝心な時にいない。
ここで待っていようにも、カディアには事務の仕事がまだ残っていたので、長居するわけにもいかなかった。
するとその時、後ろのエレベーターから声が聞こえてくる。ようやく帰ってきた、と心の中でつぶやきながら静かに振り向いた。
「到着シマシタ! 校長室デス!」
「――ティラ先生?」
「あれ、カディアさん? どうしてここへ?」
開いたエレベーターから降りてきたのはティラだった。
「はい、実はちょっと事故が起こりまして、その件を校長に報告しに来たのですが、どうやらいらっしゃらないようで……」
「事故……何があったか私にも教えていただけますか?」
「……分かりました」
カディアは、森に行った二人の生徒が、大怪我を負って帰ってきた事を包み隠さずティラに話した。
「そんな事が……! それで二人の容態は?」
「今は保健室で治療を受けて休んでいます。二人とも本当に危ないところでした……」
「そうですか、助かって本当によかった……」
「それでティラ先生、実は――」
カディアは一人の生徒がつぶやいていた黒い狼の事について話した。
「――!! まさか! ほんとですか!?」
「えぇ、恐らくは……」
ティラは目を見開いて驚いている。
「ですが校長はどうやらご不在のようで……」
「そのようですね。私も伝えたいことがあってきたのですが……困りましたね……」
カディアはティラの伝えたいことが少し気になり、思わず聞いてみる。
「ティラ先生はどうしてここへ?」
「……私はルボナード先生の事について少し聞きたいことがありまして……」
あぁ、とカディアは心の中で察した。おおよそ、入学式のビュッフェの仕込みの時にルボナードが起こした体罰の件だろう、と。
「やはりこの前の件ですか?」
「……えぇ。私はどうしても納得できませんでした。なぜ校長は彼を辞めさせないで一カ月程度の出勤停止処分にしたのか。いったいこれで何度目か分かりません……」
「心中お察しします……」
拳をぐっと握っているティラを見て、カディアはその言葉しか掛けれなかった。
ルボナードの件は、カディア自身も疑問に思っていたことだった。ティラに限らず、校長を除いてオムニバスの人は皆ルボナードの事を嫌っている。腕は一人前なのだが、性格が獰猛だ。当然、生徒からも好かれてはいない。
そもそもの話、なぜ彼がオムニバスの一員なのかが一番の疑問だった。だがその答えは校長のみが知っている。カディアはそれ以上考えなかった。
「――とりあえず今は校長いらっしゃらないので戻りますね」
「私も事務の仕事がまだ残ってますので戻ります」
二人はエレベーターに乗り込み、校長が戻ってくるまで各々の仕事に戻った。
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フーディア城内、とある廊下にて――。
「――これより、東の国に赴きまして王様及び大臣らと会談。その後フーディリアに戻り、城にて演奏会鑑賞。それが終わりましたら西の国に赴きまして他国の代表者らと共に夕食会でございます。そして――」
誰もいない廊下を歩きながら、女王の補佐が延々とこの後の予定をを語っている。
「――以上がこの後の予定でございます」
「あぁ。わかった」
女王はまっすぐ前を見て歩きながら返事をした。
多忙ながらも私がやらねばと使命感を抱きながら、女王は今日も、国のために動こうとしている。
長い階段を降り、城の出口前まで来ると、女王は大きな扉の横に見覚えのある男性が立っていることに気が付く。
「――む? なんだ今から出かけるのかルリーナ」
「『女王』だ、ディサローニ……。何度言えば分かるんだ……」
女王『ルリーナ』の前に現れたのはディサローニ校長だった。
「何の用だ?」
「良い話を持ってきたんだ。――どうだ?」
ディサローニは後ろに回していた手から高そうなワインを取り出して、ルリーナへとちらつかせた。
「……悪いが今から東の国に大事な会談をしに行くのでな。また今度にしてくれ」
そう言い捨て、ルリーナは扉を出て馬車へと向かおうとする。
「そうかぁ、仕方ないな。せっかくあの子について話そうと思ってたんだがなぁ」
「…………」
ディサローニのその言葉を聞いたルリーナは足を止めた。そして少し考え込み、城の中へと戻った。
「……会談には少しばかり遅れると伝えておいてくれ」
「かしこまりました」
「ディサローニ、少しだけだからな」
補佐に伝言を頼みこんだルリーナは、奥の客間の方へと歩き始めた。
ディサローニは、ニヤッと笑みを浮かべ、ルリーナについていった。