第二十四話 精霊と悪霊
カディアさんは俺たちに真剣な表情で、悪霊について話してくれた。
精霊と対になる存在、それが悪霊。
この世界の生活を支えてくれている『精霊』は、人々と共に手と手を取り合い助け合って生きていく良き存在。
料理、建築、医療、その他諸々あらゆる場面において精霊は、人々にとって無くてはならない存在。
だから万が一精霊がこの世界からいなくなってしまえば、この世界の人々は大混乱に陥ってしまう。
元居た世界で、インターネットが無くなったらというのと、だいたい似てるだろう。
それほどまでにこの世界では、精霊というものは必要不可欠な存在らしい。
対して『悪霊』はというと。それは精霊の真逆。人々に対して害を与える悪しき存在。我々に災厄をもたらす邪悪な存在。契約なんてもってのほかだという。
「……もし契約しちゃったらどうなるんですか?」
俺は恐る恐るカディアさんに質問してみた。
「それは私にも分からないわ……。でもそんな邪悪な物と契約してしまったら、絶対に良くない事が起こる。それだけは言えるわ。でも悪霊の方も私たちの事を嫌っているから、それはまず無いと思う」
俺達はホッと胸をなでおろした。だが現状そんな存在があるという事は変わらない。
「一説によると、悪い心を持った精霊が悪霊になるとか、この世に恨みを残して亡くなった者の成り果て、とも囁かれているの」
「怖い話だね……」
「えぇ……」
イオラとフィナンは、寒さに凍える人の様に腕を組んで怯えている。
悪霊の方も自分たちの事を嫌っていると言った理由が、傷だらけで帰還してきたこの二人を見て良く分かる。
まるで怒りが込められたような深い傷を負っている。きっと想像の何倍も痛いはずだ。
なぜ悪霊が我々の事を嫌っているのかは、カディアさんもよく分からないと言った。
入ったらいけない場所に勝手に入り込んだ二人はもちろん悪い事をした。だが、だからと言ってここまで痛めつける事はない。
俺は心の中で怒っていた。けれど俺みたいなちっぽけな人間が怒ったところで、悪霊はどうにもならない。
「もし、この国の中に侵入するような事があったらどうすればいいの……」
「そうだね……そう考えると夜も眠れなくなりそうだよ……」
イオラとフィナンは沈んだ表情を浮かべながらそう言った。
確かに、もしそんなことがあろうものなら、この生徒たちだけでなく学園中の生徒、いや、国中に被害が及んでしまう。
するとカディアさんはニコっと微笑み、俺たちに話した。
「それに関しては心配しなくてもいいわ。奴らはこの国の中には入ってこられない」
「え、どうしてですか?」
「この国を襲わない理由は、城と学園が抑止力になっているからよ。城には女王が――。そして我が学園には、国家精霊料理人オムニバス率いるディサローニ校長が――。この二つの存在を恐れてか、奴らは国の中には侵入してこないの」
よかったぁと俺たちは一呼吸して安堵した。やはりうちの先生達は只者じゃない。
「だから貴方たちも絶対にあの森には近づかないこと。確かにあそこには珍しい食材がたくさんあると聞くわ。でも無防備な子供が行くところなんかじゃないの。入ったらもう帰ってこられないと思いなさい」
「わ、分かりました……」
珍しい食材があるというのは少し聞き捨てならないけど、そんなに危険な場所でこれだけ念押しされたのなら行くわけにいかない。
それにこの二人の有様を見れば嫌でも行きたくなくなる。
「一般人は普通入ったら戻って来ないのだけれど、この子たちは本当に運が良かったわ」
「うぅ……」
カディアさんがそう言うと、寝ている一人の生徒が口を開いた。
「意識が戻ったみたいね」
生徒は苦しそうに目を瞑りながら、何かをつぶやいている。
「う……狼……黒い……狼……が…………」
「!!」
謎の言葉を告げ、生徒は再び気を失ってしまった。
ふとカディアさんの方を見てみると、何やらハッとした表情を浮かべながら、手を顎に当てて考え事をしている。
「また、気失っちゃったね」
「えぇ、黒い狼って言ってたけど、きっとそいつに襲われたのね……」
「――私はそろそろ行きますね。校長に今回の事を報告しなくてはならないので。それでは先生、二人をよろしくお願いします」
保健室の先生にペコリと綺麗な挨拶をして、カディア先生は出て行った。
黒い狼……、それがあの森に棲む悪霊の正体なのか……? 確かに、傷口も爪で引き裂かれたような跡をしている。食われなくて本当に良かった。料理をする人間が食われるなんて、笑い話もいいとこだ。
「それじゃあ俺たちもそろそろ行こうか」
「そうね。先生、よろしくお願いします」
「二人ともお大事に~」
「おぉ、三人ともありがとうのぉ」
俺たちは、二人の生徒が早く元気になるようにと願いながら、保健室を後にした。
保健室の扉を閉め、少し暗い表情を浮かべながら三人で元来た道を歩く。そして学校を探索している途中だったことに気付く。だがさっきの一件があまりにも衝撃的だったため、探索を続ける気分には到底なれなかった。
「……今日はもう部屋に戻ろっか」
「そうね、そうしましょう……」
「さすがに疲れちゃったね……」
考えることは皆一緒だった。
俺は廊下にこびりついている彼らの血痕を見ながら、自分の部屋へと足を運んだ。