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第二十三話 禁足地

 ガストルメ料理学園の周辺には鬱蒼(うっそう)とした深い森が広がっている。

 血の様に赤いキノコや花。闇へといざなおうとしているような恐ろしい形をした木々。小鳥のさえずりの代わりに聴こえるのは、カラスや獣の鳴き声。

 おどろおどろしい雰囲気が漂うその森には誰も近づきたがらなかった。

 

 フーディリア王国の国民の中には、こんな噂が出回っていた。

 『足を踏み入れると二度と出てこられなくなる』

 『見目麗しい女性に誘われて、森の中で食われてしまう』

 『黒い化け物を見た』

 『自殺の名所』

 など、国中で噂されている。


 自分の子供に、後片づけをしなさい、勉強しなさい、人様の物を盗むな、などの(しつけ)なんかよりもまず最初に言い聞かせるのは、『あの森には近づくな』だ。

 それほどまでにその森は禁足地なのだ。


 禁足地なだけにその森に逆に興味を抱く愚か者も稀にいる。

 あの森には、あの場所にしか生えない貴重な薬草や菌類があるのだと噂をしている者もいた。それを採って売れば大金を得ることができると。

 そんな汚いことを考える輩がその後どうなるかは言うまでもない。

 

 傷だらけの生徒が学園に帰還してくる少し前の話――。

 

 「――グルルゥゥ……」


 淡い日の光が雀の涙ほどに差し込んだ森の広場で、黒い獣は何かと睨み合っていた。

 その何かと獣の間には一人の傷だらけの青年が倒れている。


 「お前も鬱陶しい奴だな、別にいいだろう?」

 「グルゥゥアア!!」


 人の形を成さない巨大な黒いモヤがそう獣に言うと、黒い獣は牙をむき出しにして威嚇した。

 

 「このガキは勝手に俺の森に入って俺の所有物を持っていこうとしたんだ。――生きて返すわけにはいかない」


 黒いもやの中から突如として巨大な腕が一本出てくる。

 鉄板をも引き裂きそうな爪が生えた手を、倒れている青年の元へじわじわと伸ばす。

 

 獣はすぐさま攻撃態勢に入った。その光景はまるで、子を守る親そのものだ。


 「ガァァアア!!!」

 「邪魔、するか……!!」

 「――いったいどうし…………え!? おい! しっかりしろ!!」

 

 新たな青年が茂みの奥からやってきた。

 その青年は血まみれのつれを発見し急いで走り寄る。

 

 「しっかりしろ! おい!!」

 「ちっ……次から次へと――!!」


 黒いモヤは、走り寄ってきた青年に向け大きく腕を振りかざした。

 

 「ひ! ば、化け物!?」

 「!!」

 

 獣は急いで黒いモヤを止めようと牙を向け飛びかかった。

 

 「遅いわ!! のろまめ!!」


 黒いもやは紙一重で獣の牙をかわす。そして鋭い爪は青年の背中を斜めに大きく切り裂いた。


 「ぐわぁぁぁああああ!!!!」

 

 辺りに鳴り響く激痛による叫び声。致命傷を負った青年は余りの激痛に、倒れていた連れの前でしゃがみ込んでしまう。


 「ちぃ! 浅かったか!!」

 「グルゥゥアア!!」


 獣はすぐさま二度目の攻撃をさせぬよう、黒いモヤの前に再び立ちふさがった。

 

 「っく……うぅ……逃げ……なきゃ…………」


 大量の血を流している青年は、背中の激痛を我慢しつつも倒れている連れを起こし、その場を離れようとする。

 だが黒いもやはそれを見逃すつもりは、これっぽっちもなかった。


 「逃がさんぞ……」

 

 血をポタポタと流しながら連れを抱え逃げようとするが、黒いモヤは、さらに追い打ちをかけようとしている。

 そして逃げる隙を与えずに、今一度鋭い爪を振り上げた。しかし間一髪のところでようやく獣が黒いモヤを捕らえることができた。

 

 「グルルゥゥ」

 「くそっ貴様ぁ!! 離せい!! 人間に追放された精霊の癖に人間を助けるのか!!」


 獣は前足で黒いもやを地面に抑え込んだ。

 間一髪逃げおおせた青年達は、森の暗闇の奥へと消えて行った。


 「…………」


 獣は黒いモヤを抑え込みながら、傷ついた青年達を哀れみの目で見送った……。



 ************



 「――どうですか? あの子たちの容態は……」

 

 保健室にさっき玄関にいた、メイド姿の女性が入ってきた。

 

 「ああ、危ないところじゃったよ二人とも。傷が内臓まで届くところじゃった……間一髪だったみたいじゃのう、可哀想に……」

 「そうですか……」


 体中に包帯が巻きつけられた二人の青年は、苦痛の表情を浮かべながらベッドで寝ている。

 

 「貴方達、手伝ってくれてありがとう」

 「いいえ……それよりこの傷はいった誰が?」


 俺は二人の傷を痛々しく眺めながらメイドの女性に質問した。

 

 「あの森に棲む『悪霊』の仕業よ」

 

 聞き覚えがあるワードだった。

 そう、それは俺が精霊の儀式の準備をしているときにイオラから聞いたものだった。精霊とは違う物。契約してはいけない危険な存在。そう聞かされていた。

 この傷をその悪霊が……?


 「ごめんなさい、自己紹介がまだだったわね。私は当学園の事務員を務めている『カディア』よ。よろしくね」

 「よろしくお願いします。――あのカディアさん、その悪霊って言うのは具体的にどんなものなんでしょうか?」

 「私も気になります」

 「ぼ、僕も!」


 俺に続いてイオラとフィナンが、悪霊の正体についてカディアさんに質問する。

 カディアさんは困った表情を浮かべている。やはり学生風情が知る事ではないのだろうか……。


 「……いいわ。私の話せる範囲でいいなら教えてあげる」

 

 少し悩みながらも、カディアさんは了解してくれた。

 俺達は「お願いします」と口を揃え、固唾を飲み込んだ。


 

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