第二十二話 傷
「一階デス!」
一階に到着し地図を確認し食堂と売店へと向かう。人はちらちら歩いている。
通行人をよく見てみると、手にサンドウィッチや本を片手に持って歩いている者がいる。売店に寄ってきたのだろうか。
ほどなくして売店と食堂がある場所へとたどり着いた。売店は食堂の入り口横に併設されている。
「あ! ほら売店! 寄ってみようよ!」
フィナンが売店へと走って向かい、俺とイオラも追いかけるように向かう。
その売店に入り口は無く、外から中の人に欲しい物を伝えて買うスタイルのようだ。
会計の下にはガラスケースがあり、その中にさっき通行人が持っていたサンドウィッチや本、それ以外にも羽ペンやインクなどの文房具もある。
どうやらこれと言って特徴のない普通の売店のようだ。
「――んぁ? なんか用かね?」
売店の奥の方から、店主と思しき落ち武者の様な髪型をした、小さいおじいさんが出てきた。おじいさんは仏頂面で俺たちに話しかけてきた。
「あ、いいえ、ちょっと商品を眺めてただけです」
「フン! そうかい、買わねぇんならさっさと行ってくれぃ」
そう店主に言われて俺たちは仕方なく売店を後にした。
「ドワーフ族の人ってみんなあぁなのかなぁ? 愛想悪いにもほどがあるよ」
「こらフィナ! 聞こえちゃうでしょ!」
さっきの店主はドワーフと言うらしい。きっと金に目がない性格をしているに違いない。でも悪い人ではなさそうだ。ルボナード先生よりは何倍もマシだろう……。
次に俺たちは食堂へと入った。扉を開けるとハーブティーや料理の匂いが一気に漂ってきた。二階まであるその食堂には、あちらこちらにテーブルとイスが置いてあった。食堂の壁はガラスでできており、外の景色が一望できる。
ある程度食堂内を見渡したところで、次は二階へと上がってみる。
二階はテーブルと椅子しかなく展望台の様な場所になっており、外の景色が遠くまで一望できる。ここで食事をしたらさぞかし美味しく感じる事だろう。
「絶景だねぇ」
「今度ここでお昼ご飯食べてもいいかもね」
「そうね」
今は特に利用するつもりもないので、俺たちは食堂を後にした。そして次の当ても無くとりあえず元来た廊下を歩き始めるのだった。
あと学校と言えば何があるだろうか。
行き先を考えながら歩いているうちに、先ほど利用したエレベータの前へと到着した。
「次はどこ探索する?」
「う~ん……」
調理室、売店、食堂と見て回ったけど、やはりこの学園は色々設備が良い。沢山の入学生がこの学園に入学してきたのも頷ける。いや、きっと設備目的で来たわけではないと思うが……。
ほんと後で莫大な入学金が請求されないか心配でならないくらい……。利用することに少し罪悪感を覚えてしまいそうになる。
それにしても、この世界に保護者がいない俺はこれからどうやって稼いでいけばいいんだろうか。
でも寮費はタダって言ってたし、とりあえず住処については心配しないでよさそうだ。
「とりあえず適当に歩き回って――」
「――! ――!!」
突然廊下の奥から男子の大きな声が聞こえてきた。
「何今の声!?」
「……何かあったみたいね、行ってみましょう!」
食堂とは反対方向の廊下へと走ってその声のする方まで走った。
「――しろ!!」
声がどんどん近づいてきたが、何と叫んでるのかいまいち聞き取れない。
ようやく開けた場所へとたどり着いた。どうやらこの場所は学園の玄関のようだ。
「おい! しっかりしろ!」
玄関の入り口には声の主である男子生徒が二人と、メイド姿の眼鏡をかけた白髪の大人の女性がいた。
何やら様子がおかしい。男子生徒はもう一人の生徒を支えながら呼び掛けているがピクリと動かない。
俺たちは急いで三人の元へと駆け寄った。
「どうかしたんですか――、これは……!」
「きゃっ!」
イオラは支えられている男子生徒を見て、両手で口を押え目を見開いて驚いている。
その男子生徒は血まみれだった。左肩から右下腹部までかなり大きい切り傷が斜めに入っており、ドロドロと血が床に零れ落ちている。それに加えて腕や顔など体中に切り傷が付けられており、衣服はもうボロボロだ。本当に生きているのかと思うほどの重傷だ。
「……貴方達まさかあの森に行ったの?」
「うぅ、はい……。あそこの森にしか生えない食材を探しにコイツと行きました……すみません……」
瀕死状態の男子生徒を抱えたその生徒は、今にも泣きそうな声でメイド姿の女性に返答した。
「少しくらいなら大丈夫だろうと思って採りに行きました……。だけど、別の場所で食材を探していた友達の方からいきなり叫び声が聞こえてきて、急いで向かってみたら…………アレがいて……」
「……分かったわ、もうすぐ保健室の先生が来てくれるからもう大丈夫よ。――だけど、この事はしっかり校長にも報告しておきますからね」
「うぅ、ごめんなさい……ごめんなさい……」
その生徒は自分のやった行いに後悔しながら、大粒の涙を流し謝った。
いったいこの生徒が入った森に何がいたのだろうか……。この傷口からして、これはどこからどう見ても人間の仕業じゃない。
これは獣に引き裂かれたような傷跡だ。
ほどなくして保健室の先生が到着した。
「おぉ……こりゃあ酷い……急いでワシの保健室へ運ぶぞ!! ――あぁお前さん方! ちっと運ぶの手伝ってくれんかの?」
「え! あ、はい!」
「……イオラ、大丈夫?」
「……えぇ、大丈夫よありがとう。――急いでこの生徒を運びましょう!!」
白衣を着た老年の保健室の先生に従って、傷だらけの友達を運ぼうとした。
「いえ……俺の責任です……俺が、一人で、連れて行きます!」
「でも…………」
俺は「でも」しか言えなかった。
その生徒はかなり責任を感じている様子だったから、手を出さないほうが良いと思ったのだ。
生徒は傷だらけの友達を支えながらゆっくりと歩き出し背を向いた。
俺達は黙って見送ろうとした。
――だがすぐにそうもいかなくなった。
床に滴る、傷だらけの生徒とは別の血痕。背中に広がる深く大きい傷跡。歩くたびに床に付けられる血の足跡。
なぜ今まで気づかなかったのだろうか……。
その生徒も大怪我を負っていることに――。
「ちょっと! 君も大怪我してるじゃないか!!」
「俺の事は良いんです……俺のせいなんです……だから俺が責任を――」
もう見てられなかった。
「ダメだよ。手伝う」
「ほんといいですから!! 離してください!!」
「イオラ、フィナン、手貸してくれる?」
イオラとフィナンは快く受け入れてくれた。
俺は生徒の言葉を無視してイオラとフィナンに手伝ってもらい、保健室へと生徒を支えながらゆっくり慎重に向かい始めた。