第二十一話 急なお出まし
ほんの二、三分廊下を歩くととある両開きの扉の前に到着した。
「ここ?」
「うん、そーだよー」
扉には小さな窓ガラスが付いており、中を覗いてみた。
横長の広い空間で、中は大理石で出来た流し付きの調理台がいくつも並んである。
さらに壁には調味料や食器が入った棚、ローザさんの雑貨屋のキッチンにもあった冷凍庫らしきものもあるようだ。
「しつれいしまぁす」
入ると左側にもう一つ別の部屋に通じる扉が取り付けられていた。
「この部屋は――」
扉を開け入ってみる。
そこは横長の空間で、奥まで三段ほどの棚が取り付けられており、野菜や果物などが綺麗に整理されていた。ここもローザさんのキッチンにあったのと一緒だ。
「ここは食材保管庫のようね」
「いろんな種類の野菜と果物があるんだなぁ」
「一つくらい貰っても……」
「ダメよ」
フィナンの食欲は計り知れない……。
食材保管庫を後にして、今度は調理室の壁側にある棚を見て回る。
調理室の両壁にはずらっと引き出し付きの棚が設置されている。
左側の棚には主に食器や調理器具などが入っているようだ。そして右側の棚には主に調味料。料理酒などの液体調味料から、塩コショウの粒状の調味料まで幅広く置いてある。
「あ、さっき借りてきたスパイス返しとこ」
フィナンは借りてきたシナモンとカルダモンが入った小瓶を、こっそり棚へと戻した。幸い今は誰も調理室を利用してないみたいだから助かった。
次に調理台を見て回る。
ローザさんのキッチンにあった、的当ての的の様な火口の無いコンロが二台取り付けられている。
大理石で出来た調理台は自分の顔が映るくらいピカピカだ。よく見ると調理台の下に扉が設置されている。中を開けてみてみると、そこにはまな板がいくつも並んで置いてあった。さらに扉の内側には包丁を入れるスタンドが取り付けられている。
流しには鉄で出来た蛇口が取り付けられている。流しの中には水滴も汚れも一切付いておらず、日々大切に扱っているのがよく分かるほど綺麗だ。
ざっとこんな所だろうか。
見て回って分かったが、かなり設備が良い。調理器具や食器、食材に調味料も何もかも揃っている。
こんな調理室がすべてのフロアに一か所あるなんて、元居た世界じゃ考えられない。
「さすがはガストルメ料理学園ね……設備が完璧だわ」
「普通の家にあるキッチンとは比べ物にならないねぇ」
「そうだね……」
「――あっはっは! ありがとう!」
突然後ろから、その場にいないはずの男性の声が聞こえてきた。
「うわぁあ!!」
「きゃ!!」
「誰!? ――校長!!」
驚いて振り返ってみると、そこに立っていたのは校長だった。
心臓が飛び出ると思った……。扉の音も聞こえなかったし、足音も聞こえなかった。やはりこの人は只者じゃない……。
「はっは! いやいや驚かせて済まない!」
「校長って入学式の時、壇上で挨拶なさってたあのディサローニ校長!?」
「えぇぇ! なんでこんな所に校長が!?」
驚くのも無理はない。なんせ、何の前触れもなく突然湧いてきたのだから。
「ど、どうしてここへ?」
「廊下を歩いてたら調理室からマサト君の声が聞こえたもんでね、気になって立ち寄ってみたんだ」
気配消して入ってくる必要はあったのだろうか……。
「マサトとは前にも会ったことがあるのですか?」
「あぁ、寝込んでいるマサト君の様子を見に行った時に会ったんだ。――それでどうだね? うちの調理室は」
「設備が完璧で素晴らしかったです!」
「うん! 早くここで調理がしたいよ!」
「はっはっは! そりゃ良かった! 自由に使ってくれて構わないからね!」
校長は朗らかに笑い、そう言ってくれた。
「――おっとそれじゃあ私はそろそろ行くよ。好きに探索するといい」
校長はスタスタと、今度はちゃんと扉から出て行った。
「俺達もそろそろ出ようか」
「そうね」
次の目的地を考えながら、俺達は調理室を出た。すると目の前に地図らしきものがあるのに気付いた。
「これは学内の地図か……」
「次どこ行く?」
「う~ん……じゃあ下の食堂と売店見に行ってみようか。――ん? このマークは……」
ふと地図に目をやると、調理室の近くに四角の中に人が入ったマークがあるのに気付いた。どこかで見覚えのあるマークだ。
「ねぇ、このマークは?」
「ん? あぁ、これは『エレベーター』ね。これだけ大きい寮なら無い訳ないわね」
この世界にもエレベーターがあったとは、少し驚きだ。
そして俺たちは調理室からちょっと歩いたところにあるエレベータへと向かった。
「これ?」
「そうよ」
そのエレベーターは思っていたのと違い、意外とレトロな感じだった。
入り口の真上には文土器の形をした表示板があり、扉は鉄格子で出来ている。中はだいたい六人くらい入れそうな窓のない空間だ。
入ってみると、何か違和感を感じた。
何かがおかしいのだ。
そしてすぐにその違和感に気付く。ボタンが無いのだ。
普通なら入り口か壁にボタンが付いているはずなのに、その空間にはボタンは一切存在しなかった。
これでどうやって昇り降りしろと――。
「――ゴ利用デスカ? オ客様」
「わっ! びっくりした! 誰?」
どこからともなく現れたのは、まん丸フワフワの一頭身姿の細い尻尾の生えた生物。
「この子がエレベーターを操作してくれるのよ」
「一階おねがいね~」
「カシコマリマシタ!」
エレベーターガールみたいな存在なのか。今時珍しい。いや、そういえばここは異世界だった。珍しくて当然と言えば当然だった。
ガコンッと音を出し、エレベーターは目的地の一階へと徐々に下降し始めた。