第二十話 不信
「これで準備オッケーかな」
精霊との契約儀式の準備が終わった。
これで本当に精霊を呼び出すことができるのだろうか……にわかに信じがたい。
「ねぇ、次はどうすれば――」
「しっ! 静かにして…………来るわ」
イオラが口元で人差し指を立て、俺はとっさに黙った。すると、四つの蝋燭が突然激しく燃え始めた。当然窓も開けていないため風が吹くわけはない。
次の瞬間、一気に炎が高く燃え上がった!
「あつっ!」
座ってる俺の頭の高さまで燃え上がった炎は、ワイングラスの真上の一点に集まった。そして空中で拳くらいの炎の塊になり、一気にはじき飛んだ!
辺りに小さな火の粉がばら撒かれ、俺は顔を腕で防いだ。
火の粉が飛び止み腕を下げてみるとそこには――。
「――アナタガヨンダノ?」
陣の真上に、十センチ程度の小さい精霊が浮いていた。服は着ておらず、肌の色は白く、短い赤髪だ。翅は蝶々の様で、赤と橙色の鮮やかなグラデーションをしている。えらく小さい精霊だ。
「――え? あ、あぁそう! 君と契約したいんだ」
「フーン……」
その精霊は顔の前まで飛んできて、何やらまじまじと見つめ始めた。と思ったら次は周りを飛び始めた。俺を観察している……?
「あの……どうかした?」
「…………ダメネ」
「は?」
「アナタトハ契約デキナイワ」
「な、なんで!?」
精霊は空中で足を組みながら、俺との契約を断った。
「アナタノ事、信用デキナイワ」
やっぱりまだこっちに来てから日が浅いからなのか……。 さっきミンティに噛まれた時もそうだったが、やはりまだ精霊達に信用されていないみたいだ。
「そこをなんとか!」
「そうよ! マサトは信用できるわ!」
「そうだよ! 飢え死にしそうだった僕らを助けてくれたんだよ?」
二人も共に精霊を説得しようとするが、精霊の表情は全く変わらない。
「主人ハ私ガ判断スルノ、ダメッタラダメヨ。ソレジャアネ――」
精霊は煙の様に消えた。契約は失敗に終わってしまった。
「ちょっ――! ……帰っちゃった」
「失敗したわ……珍しいこともあるものね……」
「器の小さい精霊だったねぇ」
まさか失敗するとは思わなかった。すんなり契約成立してくれると思っていたのに、信用してくれなかった……、やはりよそ者だからか……。
授業開始は五日後。それまでに精霊と契約しなければならない。まるで夏休みのギリギリに宿題をやっている気分だ。
多分何回やっても結果は同じなはずだ。信用できないの一言で帰ってしまうに違いない。
残りの期間で信用してもらえるといいんだが……。
「うーーん……難しいんだね」
「そんなことないはずだけど……」
「あの精霊がたまたま見る目がなかっただけだよ」
とりあえず無理なもんは仕方ない。もう少し立ってからもう一度だけ儀式をやってみるとしよう。
早いとこ契約しなければ、初授業の日に周りから冷たい視線を浴びる事になってしまう……。
「とりあえず今日は止めとこう。またしばらく経ってからもう一度やってみるよ」
「そう……。力になれないでごめんなさい……」
「そんなことないよ、儀式の準備をしてくれたじゃない、ありがとう」
少々落ち込み気味の俺達は後片づけを始めた。
「あ、このグラスに入ってるスパイス貰っても大丈夫かな?」
「調理室から借りてきたものだけど、どうなのかしら……」
「大丈夫じゃない? 何か言われたら精霊の儀式に使いましたって言えばいいよ」
「なら貰っとこうかな」
「それならこのスパイス入れをあげるわ」
そういってイオラがポケットの中から二つの小さな布袋を出して譲ってくれた。
俺はシナモンとカルダモンを布袋に入れポケットに直した。
「――よし片付いたね」
「これからどうしようか? 食堂行く?」
「貴方さっき食べたばかりでしょ……」
儀式が終わり、やることが無くなってしまった。
俺は立ち上がり、ふと窓の外を覗いてみた。
外はまだ明るく、日の上り具合から見て、だいたいお昼頃だろうか。
さすがは二十回建て、外の景色は言うまでもなく絶景だ。数キロ離れた場所にはお城が見える。そして少し手前に言ったところに、ローザさんの雑貨屋が見える。
下は……あまり覗きたくない……。
せっかくだからこの学園内を探索してみるとしよう。
これだけ広い学園だから色々把握しておかないと、いずれ迷子になって授業に遅れたりでもしたらたまったもんじゃない。それにフィナンが寄った調理室もどんななのか気になる。
「どうしたんだい? さっきから外眺めて」
「うん、ちょっと何しようか考えてた。それでこれから学園内を探索してみようかなって」
「探索!? いいね楽しそう! 僕も行く!!」
「フィナンだけじゃ頼りないから私もついていくわ……」
「ひっどーい!」
まるでロールプレイングゲームのパーティみたいだ。これから冒険に出るみたいでワクワクしてきた。
かなり広そうだから今日だけじゃ終わらなさそうだな。これで二、三日は過ごせそうだ。
俺たちは部屋を後にし廊下へと出た。
「それでどこ行くの?」
「とりあえずフィナンが寄った調理室を覗いてみたいかも」
「おっけー! すぐそこだから案内するよ!」
ウキウキ気分なフィナンは、尻尾を振りながら楽しそうに案内をし始めた。