第十九話 精霊の儀式
しばらく歩くと本校舎とは別棟の建物に着いた。
おしゃれな雰囲気は本校舎と変わらないが、違いがあるとすれば部屋が多い事くらいだ。
「は~い! ここが君たちの寮ね~。建物は二十階建て、部屋数は四百室。好きな部屋使うといいよ~」
俺は耳を疑った。
二十階建てに四百室……!?
この学園の全貌を見たことなかったけど、超高層ホテル並みに凄い寮だ。寮費はいくら位だろう……。
「一階には食堂もあるし売店もあるから、小腹が空いたときはそこで何か食べるよ良いよ~。あ! あと寮費はタダだから安心してちょ~」
最高だ。
「最後に、各フロアには生徒が自由に使える調理室が設備されてるから、そこで自主練するなり、夕飯作るなり好きに使ってオッケーだからね~」
さすがは料理学園、設備も生徒の育成のために設計されている。校長先生は太っ腹だ。
「はい! ということで解散!! 授業開始は五日後だから、全員忘れ物の無いように気をつけて登校すること! 以上!!」
ラテ先生の寮の案内が終わり、生徒たちはそれぞれの部屋を探し始めた。
「早くしないと良い場所無くなっちゃうかもね」
「そうね。どこにしようかしら」
「ねぇねぇ! せっかく一緒なんだし隣同士の部屋にしよーよ!」
「……そうね。マサトの精霊の儀式も手伝わないといけないし、そうしましょうか」
なんかまるで修学旅行に来た気分だ。
いや実際似たようなものなのかも……。
階段を降り、一つ下の階にやってきた。まだあちらこちらに部屋を探している生徒がいる。
部屋を見て回るとまだ誰もいない部屋が割とある。多分だいたいの人は食堂か売店に近い階を選びに行ってるだろう。
しばらく見て回ると、ちょうど三つ空いた部屋が見つかった。
「ここでいいんじゃない?」
「そうね、ここにしましょうか」
「じゃあ僕は右の部屋ね~」
「私は左の部屋にしようかしら」
「じゃあ俺は真ん中で」
俺たちはそれぞれの部屋に入った。
部屋の中はホテル並みに綺麗で一人用なのに結構広めだ。床はフローリングで、ふかふかの大きいベッドが一つと木製の背の高いタンス。そして小さめのテーブルと椅子、窓も一つだけ付いている。さらには、シャワー室も完備ときた。
これでタダなんて、逆にお金を払いたくなるレベルだ。
その時、突然ノックが聞こえてきた。
イオラとフィナンだ。
二人を部屋に招き入れ、俺達は床に座った。
「それじゃあ儀式の準備をしましょうか」
「何が必要なの?」
「シナモンとカルダモン、そしてそれらを入れる器、蝋燭四本、そして陣よ」
「陣?」
「丸描いてその中に四角を描いたものだよ~。他にもいろいろ陣はあるけど、精霊の儀式をする時はその陣を使うんだ~」
「ふむふむ」
まるで魔法使いが怪しい儀式を行う時みたいだ。
「ところでなんでシナモンとカルダモン?」
「この二種類のスパイスは、昔から精霊や人の間で神聖な物として崇められてきたの。これらじゃないと儀式は成り立たないわ」
「――シナモンは『スパイスの王様』。そしてカルダモンは『スパイスの女王』って呼ばれてるんだよ~」
「へぇ~そうなんだ〜」
勉強になる。
この学園にも中間、期末テストがあるのなら問題として出てきそうだ。しっかり覚えとこう。
「でもシナモンとカルダモンなんてどこから手に入れればいいんだろう?」
「多分調理室にあるはずよ」
「じゃあ僕取ってくるよ~」
「あ! スパイスを入れる器もね。それと蝋燭と紙もお願いね」
「りょーかい!」
そしてフィナンは各フロアに一つ設備されている調理室へと、必要な物を取りに行った。
「それにしても良かったよ。もしかして自分の血を使って儀式するのかと思っちゃった」
「…………その方法もあるわ」
イオラの顔が急に暗くなる。
「あるんだ!」
「えぇ……でもそれは別の存在と契約する時に行うものなの……」
「別の存在って?」
「――『悪霊』よ」
「悪霊……?」
精霊の真逆みたいなものなのだろうか?
「私もよくは知らないんだけど、小さいころからずっと悪霊とは契約したらいけないって言い聞かされていたわ……きっとかなり危ない物なんだと思う」
「おっかないね……」
「――ただいま~」
そんなことを話しているうちにフィナンが戻ってきた。
割と近くに調理室があったみたいだ。
手には調味料が入った小瓶にワイングラス二個、そして紙と蝋燭四本を持っている。
フィナンが今にも落としそうだったので、俺は急いで持って来たものを受け取った。
「ありがと~落っことすとこだったよ」
俺は受け取った儀式の材料を床に並べた。
「それじゃあ準備するわね」
イオラが準備を始めてくれた。
まず三十センチくらいの紙に丸い大きな円を描き始めた。それから円の中に納まるくらい大きい正方形を描いていき陣は完成した。
次に正方形の四つ角に四本の蝋燭を置いていき、陣の中央にワイングラスを二つ並べた。
「これで後は蝋燭に火を灯して、それぞれのワイングラスに、シナモンとカルダモンをグラスの半分くらいまで入れれば儀式の準備は完了よ。グラスに注ぐのはマサトがやったほうが良いわ」
「おっけー、火は?」
「火は私の精霊が付けるわ――」
何やらイオラの袖がもぞもぞ動いている。
すると袖の中から、茶色と白のしましまなリスが出てきた。大きな尻尾には可愛らしい黄色いリボンをつけている。
「これがイオラの精霊?」
「えぇそうよ。『ミンティ』って言うの」
「へぇ~! 可愛らし――」
ミンティを撫でようとしたその時。
「あ痛ぁ!!」
「ミンティ! ダメじゃない!!」
「あはは! 相変わらずミンティはお茶目だねぇ」
どうやら警戒されている。思いっきり小さい口で噛まれてしまった。
「ごめんなさい、マサト……」
「いつつ……大丈夫、気にしないで。――さぁ早く火を灯そう」
「えぇ。お願いねミンティ」
ミンティはちょこちょこ陣の上を歩き回りながら、小さな口から火を出して蝋燭に灯してくれた。
そして俺は二つのワイングラスに、シナモンとカルダモンを半分ほど注ぎ入れた。
儀式の準備が完璧に終わり、後は精霊を呼び出すのみとなった。