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第一話 来訪者

 お天道(てんと)様が下がり始めた昼下がりの午後。どこからか子供たちの楽しそうな笑い声が聞こえた。

 葬儀場の外に目をやると、小学校低学年であろう少年少女らが楽しそうに会話しながら、ちらほらと下校しているのが見えた。


「もうそんな時間か……」

 

 こっちの状況とは裏腹に、楽しそうに下校する子供達を俺はぼーっと眺め続けた。

 母さんの遺影を持ちながら――。


 葬儀が終わり、俺は葬儀場の外で出棺に立ち会っている。


 今時珍しい、屋根に派手な黄金色の神輿(みこし)のような物が乗っかった『宮型(みやがた)霊柩車』と呼ばれる霊柩車で、母さんの入った棺を火葬場まで運ぶ。

 なぜ、今でこそ見なくなったこの霊柩車で出棺するのかというと、なんでも、亡くなった母さんの希望だったらしい。


 小さいころ、母さんが仕事仲間にボソッとこんな事を言い放ったことがある。


『どうせ死んで運ばれるんなら、あの金色の神輿みたいなやつが乗っかった派手なやつがいーなぁ……』


 俺はまだ小さかったから話の内容が分からなかったが、それを聞いていた母さんの仕事仲間の顔は、ギョッとしていた。

 今思うと、息子の前で何言ってるんだと一喝したくなる……。

 

「えー……本日は、お忙しいところ『桐宮しおん』の葬儀にご会葬くださり、誠にありがとうございます」


 喪主(もしゅ)から、参列者へ向けて長々と挨拶が述べられる。

 周りを見渡してみると、母さんの仕事仲間を除いて知らない人ばかりだった。

 親戚か母さんの友達か。どちらにせよ、ほぼ全員、俺が会ったことのない人達だ。

 

 参列者の中には、喪主の挨拶を聞きながら涙をハンカチで拭いてる人、俯いてたり、寄り添って泣いている人もいる。

 参列してくれた人達が俺とどんな関係だろうと、母さんの為に(いた)み泣いてくれている人が、これだけいるというのは、本当に心の底から嬉しく思う。

 

「――ご参列、ありがとうございました」


 最後の挨拶が述べられたのを合図に、全員で一礼する。

 

 棺がついに霊柩車に運び入れられ、今まさに火葬場へと出棺しようとしている。あぁ……ほんとに燃やしに行くんだ。


 その光景をぼーっと眺めている俺に、霊柩車に乗る年配の男性がノシノシ近づいて来た。

 この人は見たことがある。確か母さんの仕事場にいた料理長だ。


「正人、お前も一緒に来るか?」

「……いいえ。俺もう帰ります」

「……そうか。しおんの遺影はこっちで預かっとくからな。あぁあと――これ、帰りのタクシー代にでも使え。それじゃ気をつけて帰れよ」

 

 俺にタクシー代をくれると、その人は去り際に軽く右手を振って参列者の中に戻っていった。

 

 ポケットの中で長い間握っていたのだろうか。受け取ったタクシー代は、なぜか少し暖かかった。


 二、三人、参列者が霊柩車に乗り終えドアが閉まる。別の関係者は葬儀バスに乗り込んで待機中だ。

 火葬場に同行しない俺は、葬儀場の入り口付近で一人突っ立っている。


 プァーーーーン!


 空の彼方まで届くほどの耳を(つんざ)くけたたましい霊柩車のクラクションが、辺り一帯を支配した。

 今すぐにでも耳を塞いでしまいたい。けれど一応大事な場面だったので、ぎゅっと目を瞑りながらこらえた。


 長かったように感じたクラクションがようやく鳴り止み、霊柩車はゆっくりと道路に向け進みだす。

 それを追うように、参列者達が乗った葬儀バスも進みだした。

 母さんは無事出棺された。

 

 車が完全に見えなくなると、自分と同じく同行しなかった少数の参列者は、散り散りになって去っていった。

 

 そして葬儀場の外は、俺を除いて誰もいなくなった。

 

「……さむ」

 

 もう家に帰ろう。ここは色々と――冷える。


 せっかく帰りのタクシー代を貰ったが、悪いけど今は徒歩で帰りたい気分だ。

 

 葬儀場を出て横断歩道を渡り、道なりを真っすぐ歩く。

 少し歩くと、スーパーやコンビニが見えてきた。


「今日の夕飯の材料……いやいいや。俺一人だしコンビニで……」

 

 手っ取り早く、適当に出来ている物で済まそうと思った。

 

 適当に済ませよう――。そう思ったのは初めてだ。

 いつも何かしら食材を買って、家で手料理を作ってきたのに……。


 俺はスーパーを無視し、コンビニへと吸い込まれるように入った。



 ************


 

 家にたどり着いた時には既に夕方だった。

 買い物袋を片手に、俺は玄関のドアノブに手を掛けた。


 二階まである立派な一戸建て。今思えば、二人で暮らすには少し大き過ぎた気もする。

 

「ただいま……」

 

 ドアを開け、帰ってくるはずのない声を、数秒間玄関で立ち尽くしながら待ってみた。


「……返ってくるわけない、か。何やってんだろ俺」


 ため息を漏らしつつ家に上がった。

 

 買い物袋をキッチンに置き、着替えのために自分の部屋へと戻る。

 さすがに着慣れない喪服のままで居たくはない。

 

 着替え終わり、再びキッチンに入る。

 

「もう食べちゃおう」

 

 少し早いが夕飯にすることにした。

 買い物袋の中から買ったものを出していく。

 

 今日の夕飯は、温めてもらったが冷めてしまった『コロッケパン』。そして、既に切れてるという『出汁巻き卵』。以上。

 

 普段の自分から考えると呆れるほどの手抜きっぷりだった。

 

 冷蔵庫から出した緑茶をコップに注ぎ、少し早めの夕食をテーブルに並べ、椅子に腰かけた。


「いただきます……」

 

 誰もいない静かな空間で、一人黙々と食べ続ける。

 

 コロッケパンは、まぁまぁ美味しい。

 濃い目のソースで味付けされたコロッケだが、そこまでしつこくない。

 けどコロッケもパンも、どちらもモサモサしてるため、喉が渇くのは美味しさゆえのリスクといったところだろうか。


 出汁巻き卵は、しっかり出汁の味が染みていて、大人の味だ。

 最初から切れているというのも手間が省けてちょっぴり嬉しい。

 

 コンビニのパンも惣菜も日々進化しているようだ。


「ごちそうさまでした」

 

 食べ終わった食器を流し台へと持って行き、手早く、かつ丁寧に洗って干していく。

 

「はぁー」

 

 夕食と食器洗いを終え、溜息を吐きながらソファーに腰かけた。

 

「…………」


 あの電話が掛かってきてから葬儀までの出来事を、天井を眺めながらぼーっと思い返す。


 突然すぎる出来事に未だ実感が湧いてこない。

 あの母さんの事だから、今にも部屋のどこかから脅かしてくるんじゃないか。玄関からひょっこり帰ってくるんじゃないか。

 そう信じたかったが、いつまで待っても部屋は静まり返ったままだった。


「あぁ……これから……どう……しよう、か――」

 

 重い瞼が必死に抵抗する。

 さすがに疲れが溜まったのか、だんだん眠気が襲ってきた。

 

 これは耐え切れない。もうこのまま眠ってしまおう。

 

 俺は重い瞼を完全に閉じ、睡魔に身をゆだねようとした。


 ――ピンポーン。


 チャイムの音が俺以外誰もいない静かな部屋に響き渡った気がした。

 その音すら今の俺にはなぜか遠く聞こえたように感じた。


 ――ピンポーン。


「――はっ! ほんとに鳴ってる……」


 そして二度目のチャイムで、ようやく体が反応し、すっくと立ち上がった。

 

 窓からは夕日が差し込み、部屋中がオレンジ色で満たされていた。

 

 時刻は十七時を少し回ったころ。

 この時間からしてチャイムの主は多分、家で一人っきりの俺を心配して訪ねて来た母さんの職場の人だろう。

 

「あまり会いたくないな……」


 正直今は誰とも会いたくない気分。しかし心配かけるのも良くないと思い、顔だけ見せる事にした。

 

 渋々俺は、夕日が淡く差し込む玄関へと向かい、ドアを開けた。

 

「はい」

「――あ、どうもー! えっとー、桐宮……正人さんですよね?」

「……は?」


 よく通る明るくて高い声が、目線よりも下から聞こえた。

 唖然とした表情で、俺は()()()を見下ろした。


 そこには、派手な柄の西洋風紳士服を着た変な少女が、後ろで手を組みながら、俺を満面の笑みで見上げ、立っていた。

 

「ありゃ? もしかして人違い?」

「……あ、いいえ。合ってますけど……」

 

 自分より完璧年下の少女に思わず敬語で話してしまった。違和感しかない。


「はー良かったー! 探す時間がないのでどうしようかと思いました」


 そう言うと謎の少女は、色々なお菓子がカラフルに描かれた派手なシルクハットを取り、紳士的なお辞儀をして再び俺に挨拶をし始めた。


「さて、改めまして――お迎えに上がりました、正人さん! 今、すぐ、にっ!! 身支度を済ませて来てください! 時間がありませんのでっ!」

「へ……お迎え? 身支度? どういうこと?」

 

 新手の誘拐犯なのか。

 ぐいぐい迫ってくる不思議な少女に、俺は終始驚きと疑いが隠せないままでいた。


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