第十八話 移動
歓迎ビュッフェが始まってから一時間がたった。
いくらでも食べられると思っていたのだが、さすがに限界が来た。もうゴマ一つ入らない。
あれだけあった料理もほぼ全部食べつくされていた。周囲の人は、パンパンに膨らんだお腹を押さえて苦しそうにしている。
だが、一人だけ例外がいた――。
「ん~! ねぇ二人とも! こっちのケーキもすっごく美味しいよ! 食べるかい?」
「い、いや俺はもういいかな……うっぷ……」
「いったい貴方の胃袋はどうなってるのフィナ……。そんなに食べると太っちゃうわよ?」
「大丈夫だよ~、僕いくら食べても太らない体質なんだ~」
「…………」
やばい。イオラが怒りのオーラをプンプン出してる。女の子にとってその発言は痛い、痛すぎる。
もうちょっと空気を読んだほうが良いと今度フィナンに注意しておこう。
「マ~サ~ト~さんっ」
後ろから聞き覚えのある明るい声が聞こえて、俺は即座に振り向いた。
「ティラ!」
「ローザから聞きました! お体のほう良くなったみたいで安心しました!」
「うん、おかげさまで」
俺も今日ギリギリ目が覚めて良かった。じゃなかったら貴重な異世界料理も食べられなかったしね。でももし食べれなかったとしても、これから嫌というほどこの世界で食べる事にだろう。
「オ、オ、オ、オムニバスのティラ先生!?」
イオラが動揺している。それほどまでに凄い存在なのか?
でも、国のトップ料理人って言うくらいだからかなり凄いんだろう。
だが俺はまだ実感が湧いてこなかった。
「あ、あの! お料理どれも美味しかったです! 勉強になりました!!」
「フフッ、ありがとうございます! 生徒たちに伝えておきますね!」
「へ? 生徒達? これは全てオムニバスの方々が作ったのでは?」
「はい! こちらにある料理は全て、私たちが作ったものではありません。私たちはただ生徒たちに指導をしただけですよ!」
「え!?」と、俺とイオラは口を揃えて驚いた。
「生徒だけでここまでの料理を!?」
「えぇそうですよ。貴方たちの先輩方が作ったものなのです!」
そうだったのか。
じゃあ、オムニバスの人たちが作った料理ってどれだけ美味いんだろうか。想像もできない……。
「貴方たちもいずれ作れるようになりますよ! もちろん、頑張り次第ですけどねっ」
「わ、私がんばります!!」
「その意気です! さて――、私はそろそろ行きますね。この後ラテの方から寮への案内があると思います。それでは――!」
そう告げてティラはスタスタと扉から出て行った。
「はぁ~緊張したぁ……」
イオラは胸に手を当ててホッとしている。
ティラでここまで緊張するなら王様と会ったらどうなるんだろう。
「ほうひはほひほら、ほんはひあへはいへ(どうしたのイオラ、そんなに汗かいて)」
「貴方はいつまで食べてるのよ!」
「まぁまぁ」
それにしても寮があるのは本当に助かった。こっちに来てからどこに住めばいいか悩んでたからちょうどよかった。
「はいはーい! みっなさーん! ちゅーもーっく!」
ホール内にいる入学生全員が声のする方向を一斉に振り向いた。
入り口の扉の前に立っていたのは入学式の時に挨拶したラテという金髪の若い男の先生だった。
「えー今から君たちを我が学園の寮へと案内したいと思いまーっす!」
ラテ先生は扉の前で仁王立ちをしながらそう言った。
なんというか、熱血キャラというか、子供っぽいというか……。こんな人でも先生になれるんだなぁ。
「ほらフィナ! いつまでも食べてないで早く行くわよ!」
「え~あと一個だけ~」
イオラはフィナンの服を引っ張って急かしている。
他の入学生はどんどん扉から出て行っている。
「ほら~! そこの三人急げよ~」
ラテ先生に見つかってしまった。
「あの先生僕たちの事呼んだのかな?」
「そうよ! 聞いてなかったの!? これから寮への案内があるのよ!」
「そーなんだー聞いてなかったや、エヘヘ」
フィナン学校生活大丈夫だろうか……。授業中に居眠りしてるイメージしか沸かない……。
それから俺たちはビュッフェ会場を後にした。
廊下に出るとかなり長い行列ができており、先頭に立っているラテ先生の声が小さく聞こえる。
「――あ! 貴方はこの前の……えーっと確か、マサトさん……?」
「ココ……先輩! 一昨日ぶりです」
「せ、先輩……!」
ココはなぜか目をキラキラさせている。どうやら先輩って呼ばれたことに感動しているみたいだ。普段呼ばれてないのだろうか……。
俺たちは列の最後尾に並んだ。
「ホールにはまだ誰かいるーーー?」
「いいえーーー! いませーーーん!」
ホールの入り口に立っているココが、遠く離れたラテ先生に大きく返事をした。
「ほんじゃー行っきまっすよー! はぐれないで付いてきてくださいねー!」
長蛇の列はゆっくりと案内に従って進みだした。
これから本格的に学校生活が始まる。
どんな授業があるんだろうか。調理実習は必ずあるはずだ。あとは数学とか国語とか?
そもそもこの世界に、そういった科目はあるのか?
なんにせよそのうち分かる。
でもまずは精霊を扱えるようにならないと話にならない……。
ティラは、俺はまだこっちに来て日が浅いから無理だって言ってけど、どれくらいいれば扱えるようになるんだろうか。
俺はイオラに質問してみることにした。
「ねぇイオラ、ちょっと聞きたいことあるんだけど」
「どうしたの?」
「どうしたの~マサト? あ、イオラは彼氏いないよ~」
「フィナ!!!」
まるで中学生みたいにフィナンが茶化してきた。
俺が話しかけたばっかりに……。
俺自身も少し恥ずかしながら心の中でイオラに謝った。
「フィ~ナ~!!」
「ごめん! ごめんってば!」
イオラは顔を赤らめながらフィナンの頬を引っ張っている。いい伸び具合だ。
「全くこの子は……」
「ご、ごめん、精霊の事について教えてもらいたかったんだけど」
「精霊? 何を聞きたいの?」
俺はどうすれば精霊を扱えるようになるのかを質問した。
「そうねぇ……まだマサトは精霊と契約してないみたいだしそれからね」
「どうすれば契約できるの?」
「ちゃんとした儀式を通じて契約するのよ。もし強制的に儀式を通じず契約してしまったら、体に大きな負担をかけてしまう事になるわ」
ローザさんも同じこと言っていた。強制的に契約してしまったから副作用が出たと。
儀式をちゃんとすれば大丈夫なようだ。
「儀式って難しい?」
「そんなことないわ、凄く簡単よ。寮に付いたら教えてあげるわ」
「ほんと? じゃあお言葉に甘えさせてもらおうかな」
長蛇の列は着々と寮へと近づいていった。