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第十六話 国家精霊料理人

保健室から出て五分ほど。俺は息を切らしながら階段で会場のある階に向かっている。


「はぁ……ねぇ? エレベーターとか無いの?」


 先導するルリに訊ねる。


「あるわよ」


 息切れしながら俺は、「使おうよ!?」とルリに言う。


 ずっと寝たきりだったせいか、体力が大幅に落ちている。

 大したことない階段なのにこうも苦しい。


「なんかムカツクから楽させたくないの」


 ぷりぷり起こりながらルリが言う。

 さっきまで泣いてたのに……あ、だからか。自分の泣き顔を見られたから怒ってるんだ。


「別に恥ずかしい事じゃないのにー」


 小声でぼそりと漏らす。


「は? なんか言った?」


 やばい。つい心の声が漏れてしまった。


「いいや何も言ってない! よーしリハビリだー!」


 デリケートな上に地獄耳だ。俺はノシノシと力強く階段を上り続けた。


 ある程度上り続けたところで、チサが声を掛けてきた。


「お兄さん、次の階で到着ですよ。頑張ってください」

「よしきたぁ……」


 苦しみながら返事をし、最後の数段を上る。そしてようやく、大きな扉がある階へと到着した。


「や、やっと着いたぁ~……はぁー」


 両手を膝に付け、大きく息を吐いた。

 本当に、フィナンと追いかけっこした時の体力は一体何だったのやら。


「なっさけないわねぇ。んじゃ、私たちはローザん所にもどるから。チサ、行くわよー」

「うん、お姉ちゃん。それじゃあお兄さん。失礼します」


 チサがペコリと頭を下げると、先に戻っていくルリを追いかけた。


「二人とも案内ありがとー……さて――」


 息が整ってきたところで、俺は目の前のゴージャスな扉と対面する。

 横幅二メートルくらいある巨大な扉。この向こうが入学式会場らしい。


 目を瞑り、深呼吸を一つする。そしてそっと両手でドアノブを握った。


「……いくか」


 ごくりと固唾を飲み、俺は思い切り重い扉を押した。ごごご、と岩を動かすような音が周囲に鳴り響く。途端、中から大勢の人の声が聞こえてきた。

 

「開いた! あ……」


 音に反応してか、中にいた大勢の生徒が俺を凝視している。

 奥行きのあるとても広い会場だ。正面に見える生徒の数だけ見ると、ざっと百人は超えているだろう。

 そして今まさに、百人分の視線が俺に突き刺さっている。


「正人!!」


 突然、聞き覚えのある凛とした声が聞こえてきた。正面の生徒の大群をかいくぐりながら、誰かこっちに向かってくる。あれは……。


「イオラ! と、フィナンも!」


 イオラの後ろからフィナンも「やほー」と手を振りながら向かってきた。


「二人とも、体調はどう?」

「どう? じゃないわよ。あなたこそ大丈夫なの?」


 イオラが方眉を上げながら聞いて来た。

 苦笑いを浮かべながら俺は「大丈夫大丈夫!」と答える。


「はぁ。私たちはもう大丈夫。あなたとローザさんのおかげで体調もすっかり戻ったわ。とりあえず向こう行きましょう。入学式が始まっちゃうわ」


 そう言われて、俺達三人は生徒の大群の後ろに並んだ。


「そういやフィナン。あの後ちゃんとご飯食べた?」


 そう言うと、耳をピンと立てて俺をキラキラした目で見た。


「食べた食べた!! カラアゲ、だっけ? わけわかんないくらい美味しかったよ! また食べたいっ!」


 尻尾をブンブンと振り回しながら勢いよく俺に迫る。


「そ、そう? そりゃ作ったかいがあったよ。またいつか作ってあげるね?」


 俺がそう言うとフィナンは「やったー!」と万歳した。瞬く間に周囲の視線が俺達に向く。


「ちょ、フィナ! 恥ずかしいからやめてよね」


 顔を赤らめたイオラが恥ずかしそうにフィナンにささやく。フィナンは頭をかきながら、ぺろっと舌を出した。

 微笑ましく見ていると、急に会場内の照明が消え始めた。生徒達がざわめく。


「えー、テステス……あーあー」


 マイク越しの声が聞こえてきたと思うと、キィンと耳をつんざくようなノイズが会場に響いた。

 あまりのうるささに俺たちは耳を塞ぐ。でもこの声、聞き覚えがあるような……。


「はわわ……スミマセン、スミマセン!」


 この情けないような声、まさしく彼女、ココだ。以前街で会ったときに結構印象深かったから覚えてる。

 そういえば入学式実行委員会って言っていた。それと生徒会だとも。一応俺の先輩にあたるのだけど、頼りなさそうに見えるから年上と言う感じがあまりしない。

 

 アタフタしながらココは再びマイクを口元に近づけた。


「そ、それではただいまより、ガストルメ料理学園、入学式を執り行いたいと思います!」


 今度はしっかりとした声が会場に鳴りわたる。

 またノイズが来るんじゃないかと耳元に手を添えていたが、大丈夫なようだ。


「まず最初に、学園長からのあいさつです。それでは学園長、よろしくお願いします」


 壇上の端から歩いてくる男に目を向ける。

 軍服のような服を着た威厳ある男。右胸の部分には卵から翼が生えたような勲章を付けている。


 学園長はきびきびと歩いて、壇上の真ん中にある教卓の前で止まった。

 ポンポンとマイクの先端を指で軽くたたき、音が入っているか確かめている。そして小さく咳払いし、口を開いた。


「こほん。えー諸君。まずは――うむ? ちょっと暗いな。おーい、もう照明つけていいぞー」


 会場内の照明に再び明かりが灯される。


「うむ。これで皆が良く見える!」


 どこか誇らしげな表情をしながら、もう一度マイクを近づけた。


「えー諸君。まずは入学おめでとう。私はガストルメ料理学園の学園長、ディサローニだ」


 そう名乗った途端、生徒たちがまたざわつき始めた。


「私は難しい長話は好まない。だから一言だけで済ませたいと思う」


 本来校長というのは話が長いのが鉄板だけど、こういう人はめずらしい。

 確かに長話を延々と聞かされるのは苦痛でしかないから、ありがたいと言えばありがたいのだが、これで良いのかとも思ってしまう。


 校長は大きく息を吸い、だんっと両手を教壇に勢いよく置いた。


「とにかく励めっ!! 以上だ」


 沈黙が二、三秒続いた。なんのクッションを置かずに、ただ励めだけって、それはそれであまりにも短すぎやしないだろうか……。周りや生徒たちも唖然とした表情で学園長を見てるし……。


「が、学園長! もうちょっとなんか喋ってください。しゃくが足りなくなっちゃいます!」


 壇上の端からココが学園長に物申している。


「……それでは上がってきたまえ!」


 校長は一瞬嫌な顔をしてココの言葉をスルー。その直後「学園長ぉー!」とまたココの情けない声が聞こえた。苦労してるなぁ。


 校長の呼びかけに応じて、壇上の端から続々と教師が現れ、計六人の教師が横一列になって並んだ。


「出そろったな。紹介しよう。彼らが我が学園教師一同……兼――国家精霊料理人『オムニバス』!のみなだ!」


 校長の気合の入った声が会場内に鳴り響く。とたん生徒達がざわつき始めた。


「国家精霊料理人……ってなに?」


 俺はイオラとフィナンに質問する。すると衝撃を受けたような顔で俺を見た。


「は!? 正人知らないの!? ウソでしょ!?」

「う、うん。聞いたこともない……」


 フィナンがあり得ないものでも見るような表情で俺を見る。


「国に認められたトップクラスの料理人の事を『国家精霊料理人』というの。そしてこの世界に少数存在する『国家精霊料理人』の中でも特に最高と(うたわ)れているのが、あのディサローニが率いる『オムニバス』なの……」


 イオラが声を震わせながら分かりやすく説明してくれた。


「最高の……!」

「ねぇ二人とも! あの人ってまさか!」


 フィナンが指さす方向に俺とイオラは目を向ける。そこにはなんとあのローザさんもいた。


「ろ、ローザさん!? あの人もそのオムニバスの一員だったのか!」

「まさかとは思ったけど、やっぱりそうだったのね……」


 イオラは感づいていたようだが、俺は全然気づかなかった。

 よく見ると一番左端にはティラもいる。確かに二人とも只者じゃない雰囲気はしていたけど、まさかそんな大物たちの一員だったとは。しかも教師……。

 

「それじゃあ右端から挨拶を頼む」


 ローザさんは一歩前に出た。


「ローザだ。一応ここの教師だけど街の雑貨屋もやってる。うちの店よろしくな!」


 自己紹介に加え自分の店の宣伝もするなんて、抜け目のない人だ。ちゃっかりしてる。


「それじゃあどんどん自己紹介してくれ」


 少々投げやりな進行をする学園長に対し、次の教師が小さくため息を吐く。


「はぁ……スティーニです。以後、お見知りおきを」


 純白のスーツを着た、若くて礼儀正しい白髪の教師。メガネの似合うイケメンだ。背中からは黒いコウモリの様な翼を生やしてる。


「プッタと申しま~す。あらあら、今年も可愛い生徒たちが入学してまいりましたね。ウフフッ、よろしくお願いしますね」


 次はおっとりとした雰囲気の女性教師。ボリュームのあるピンク色の髪が腰まで伸びており、頭からは牛の耳がピョコっと顔を出している。


「パンザだ。特に言う事はない」


 四番目は短い黒髪の男の教師。頭には尖った犬の耳が生えており、獲物を狩るような鋭い目をしていて少々怖そうな雰囲気があるが、不思議と凶暴さは感じてこない。


「ちょ、それだけ!? なんか他に言う事ねぇのかよ! あ、俺の名はラテ! この学園一の教師だ! よっろしくぅ!」


 ニカっと真っ白い歯を見せて元気よく挨拶した五番目の教師。茶髪ツンツンヘアーで茶色のしっぽが生えている。どこか少年っぽさを感じる爽やかな男の教師だ。


「……学園一のお調子者の間違いだろ」

「あぁん? なんだってぇパンザ?」


 ラテ先生がパンザ先生を睨みつけるが、パンザ先生はめんどくさそうな顔をしながらそっぽを向いている。仲が悪いのだろうか。


 そんなラテ先生を差し置いて、次に挨拶を始めようとしてたのは、また俺の知っている人物。やっぱり教師って言ってたのは本当だったんだと、やっとここで確信に変わる。


「えー皆さん初めまして! 私は当学園、製菓専門教師を務めてるティラと申します! 改めまして入学生の皆さん、ご入学おめでとうございます!」


 満面の笑顔で挨拶してみせたティラ。こうやって見てると、だいぶ背が小さく見える。初めて会った時も思ったけどまるで小学生だ。でもまあ大人びた口調と振舞いからして、成人はとうに越してそう。


「えー実はあと一人教師がいる。だがちょっと諸事情でな。今日この場には来られないんだ」


 ディサローニが再びマイクを持ってそう言った。


 俺は挨拶を終えた六人の教師それぞれに目を向ける。

 きっとその教師とは、先日ローザさんの家で会ったルボナードとかいう暴力教師の事だ。

 諸事情と学園長は言うが、ローザさんがあの時一ヵ月の謹慎処分と言ってたから、いない理由はそれで間違いないだろう。そんなおっかない教師、どうせならこれからもずっと来なければいいのに……。

 

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