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第十四話 悪夢

修正完了しました!

目を開けると、世界の色が全て白黒に変わっていた。


 「夢?」


 行きかう街の人々、地面、建物、そして太陽と空。

 全てが白黒の二色のみで表現されている奇妙な世界。

 間違いなく夢だ。


「血は……付いてない。やっぱり夢の中だ、ここ」


 口元を手で触り確認するが、血は一滴も付いてなかった。

 雑貨屋にいた皆も見当たらない。


「一体なんで気失ったんだろう。疲労? でも疲労だけであそこまで血吐くかな普通」

 

 いくら考えたところで原因は不明のまま。

 急に視界がグラグラ揺れだし、倒れ、血を吐き、そのまま気絶。

 今はこのくらいしか分からなかった。

 

「結構血吐いてたし無事だといいけど、俺の身体……」


 自分の身体が無事な事を祈りつつ、俺はこの白黒の広場を見て回ることにした。

 

 ある人は市場で買い物。ある人は家のそばで井戸端(いどばた)会議。またある人は、レストランで食事を嗜み(たしな)んでいる。


「見たところ初めて来たときと景色は一緒っぽいな」


 歩き回ってみるも、特に目新しいものは見つからない。

 夢から覚める出口みたいなものがあればと一瞬期待したが、それも見当たらない。


「それにしても、夢の中でも意識がハッキリしてるっていうのは、なんか変な感じだな。実はこっちが現実だったりして……いや、やめよう。頭おかしくなる」

 

 俺はそれ以上考えるのを止めた。怖いんだもの。

 

 広場を一周したところで、建物の階段に腰かけた。


「よっこらせ――。めぼしいものはゼロ。向こうも俺の存在に気付いてないから話もできやしない。あーもう、早く覚めてくんないかなぁ」

 

 脳裏に最後に見たイオラとフィナンの顔が浮かぶ。

 

「二人ともこの世の終わりのような顔してたな。まぁ目の前で人がいきなり盛大に血吐いたんだもん、そりゃ驚くよ、ははっ」


 二人の前で血を吐いた自分をイメージすると、なぜか笑いがこみあげてくる。けっして笑い事ではないんだけど……。


「けどほんと早く起きないと。いつまでも心配させるわけにはいかない。だから、早く覚めてください、俺の夢……いてて」


 頬を強めにつねってみるが、普通に痛かった。


「なんで夢なのに痛いんだよ……はあ~」


 地面に向けて大きなため息を吐く。

 

 すると足元に何かが転がってきた。

 それは、本来赤いはずの『リンゴ』だった。


「リンゴ? ……あの子かな?」


 正面を向くと、五メートルほど離れた場所に少女がいた。

 少女はリンゴがパンパンに入った紙袋を大事そうに抱きしめながら、こちらへ走ってきた。

 

「拾ってあげたいけど。この世界、物に一切触れれないんだよね」


 足元に転がってるリンゴに手を伸ばす。

 が、手は虚しくリンゴをすり抜けた。


「だから、ここまで頑張って取りに――」


走ってくる少女に再び目を向けた、その時だった。

 少女は二メートルほど離れたところで、走ってる姿勢のままピタッと静止した。


「え、なんで急に止まって……いや、微妙に動いてる」


 よく見てみると、少女は静止してはいなかった。

 僅かにだが、スローモーションのようにかなりゆっくり動いている。

 だが、それだけではなかった。


「! この子だけじゃない。他の、広場のみんな全員が遅くなって……!!」

 

 すっくと立ち上がり、広場全体を見渡してみた。

 さっきまで普通に歩いていた通行人も、レストランで食事してた人も、空を飛ぶ鳥までも、全てがスローモーションになっている。


「ただの夢にしてはなかなかの演出だけど、ちょっと気味悪いな……」


 その奇妙な光景に俺はうろたえた。

 

 しかし、それだけにとどまらず――。

 刹那(せつな)、俺の視界は一面、テレビの砂嵐のようにざわつき始めた。


「!? なんだ、これ……! 気持ち、悪い」


 吐き気すら催すほどの突然の視界の変化と雑音に、俺はパニックになった。


「ぐっ、目瞑っててもダメだ」


 耳障りな雑音と砂嵐が永遠に続くかと一瞬思う。

 けれど五秒ほど経つと、視界は晴れてくれた。

 頭に手を当てながら、ゆっくり目を開く。


「ぐ、うぅ、やっと納まった……何だったんだ今の、気が狂うかと思っ…………た?」


 あまりの光景に思わず息が止まった。

 俺は大きく目を見開きながら、()()()()を見た。



 そこも一面白黒の世界。

 延々と燃え盛る炎の壁。地面に飛び散った血らしき液体。

 黒煙は火の粉と共に空に吸い込まれ、建物は無残に倒壊し、人の気配は微塵(みじん)も感じられない。


「ここ、どこだ? 明らかに前の広場じゃない。いったいどこに飛ばされたんだ?」


 落ち着かないまま辺りを見渡す。

 あるのは、燃え盛る炎と建物のがれき。

 前いた広場とは似ても似つかない。

 

 すると、視界の端が何かを捕らえた。


「ん、何か落ちて…………え」

 

 全身、鳥肌が立った。

 

 俺が立ってる地点から二メートルほど離れた場所。

 そこにあったのは、『血溜まり』。

 そしてその側には――たくさんのリンゴが散乱していた。

 

「――嘘だ。嘘…………嘘嘘嘘ッッ!!」


 その血溜まりのそばに駆け寄り、沈むように腰を下ろす。


「このリンゴ、この血。まさか、この場所……」

 

 震える手で、散乱するリンゴの一つに手を伸ばす。

 だが、ただただ虚しく空気を掴むだけだった。


「あ、ああぁ……!」

 

 これはただの夢だ。現実で起こってることじゃない。

 なのに、色々な感情が込み上がってくる。


「なんてもの見せるんだよ俺の夢……。見たくない、もう見たくない。覚めて、早く、お願いだから……」

 

 自分が見せる夢に憤りを感じた。

 俺はリンゴを手放し、(から)の手を強く握り、大きく振り上げた。


「覚めろッ!! 覚めろッ!! 覚めろって!! こんなの見せるなよ!! ――っつぅ……なんで、なんで痛いんだよ……覚めろってば……ねぇ」


 地獄絵図のようなこの広場に、悲痛の叫びが響く。

 

 いくら地面を殴って、拳から血を出そうとも。

 腕の皮膚が剥がれるくらいつねろうとも。

 退場する(覚める)事は不可能だった。


 心の中で何回も何回も、覚めてくれと願う。

 それしかできなかった。


「すまないね、つらいものを見せてしまった。でも君には、見てほしかったんだ」

「――っ! だれ!?」


 血溜まりの前でしゃがみ込む俺の後ろから、突然若い男の声が聞こえてきた。

 驚いた俺は、とっさに振り向いた。


「やぁ。初めまして、だね。君と合えるのをずっと待ち望んでいた」


 黒スーツと黒ズボン、そしてさらに黒コートを着ている大人びた青年。

 髪は深紅色(しんこうしょく)で、全体的に少し長め。もみあげも肩までかかっている。

 それとちゃんと皮膚も肌色だ。


「い、色が……!」


 この白黒の世界で俺を入れて二人目の、色のある人間だ。


「何者なんですかあなた、いきなり現れて。しかも俺に話しかけれるなんて……」


 かなり怪しいその青年を睨みつけながら身構えた。


「お、さすがの警戒力。でも毎度毎度思うけど……僕ってそんなに怪しいかい?」


 黙ってうなずく。

 

「おかしい。フレンドリーな雰囲気が売りなはずなんだけど……おかしい」

 

 彼は顎に手を当てながら、何か思い悩んでいる様子だ。

 俺は引き続き警戒を続ける。


「まぁそれはさておき。僕がだれか、だったね。えーと名前、名前ねぇ……本名言っちゃうと面白くないし……どうしたものか」


 なぜか名前で考え込む、胡散臭すぎる彼。

 面白い面白いの問題じゃない、と俺は心の中で突っ込んだ。


「あそうだ、君に決めさせよう。うん、それがいい! 最高にかっくぃー名前を頼むよっ!」

「それじゃあ――()()()()()()()()


 胡散臭いお兄さんはショックを受けたのか、顔が引きつってる。


「うさっ……はぁ。その名で呼ぶのは君で何万人目だろう。ぼかぁ泣きそうだよ……。なに、もしかしてこの服装かい? この黒い服装のせいなのかい!?」

「存在自体です」


 胡散臭いお兄さんは、膝から崩れ落ちた。


「死にたくなってきた……」


 めんどくさくなってきた……。


「ああじゃあもう『お兄さん』で。そんなことよりさっき、『つらいものをみせてしまった』って言ってましたけど。この夢は、あなたが俺に見せてるって意味でとらえていいんですよね?」


 そう言うと、お兄さんはズボンの埃を払いながら立ち上がった。

 そして数秒黙り込んだのち、口を開いた。


「あぁ、僕が君に見せてる。さっきも言ったが、君には知ってほしい事なんだ、これは」

「どういう、ことですか?」


 一瞬お兄さんが悲しそうな表情をした気がする。


「……とりあえず、場所を変えようか」


 お兄さんは両手をぱん、と合わせた。


「……あれ? なんか見晴らしが良くなって……」


 景色がまた変わった。

 今度はなんと、フーディリア王都の遥か上、『空』に浮かんでいた。


「わわっ、落ち……ない? ちゃんと立ってる、なんで?」

 

 ちゃんと地に足が付いている感覚がある。

 まるで透明の床の上に立っているかのようだ。


 下を見下ろすと、俺が居た地域の他でも炎が上がってるのに気づく。


「な、そんなっ! 国全体が……!」


 これで人が生きていたら奇跡ともいえるくらい悲惨な状況だ。

 俺は、焼けていく国を、ただただ見下ろすことしかできなかった。


「君に見せてるのは、『救えなかった世界の成れの果て』――。近い将来こうなるかもしれない、世界の姿だ」


 声のトーンを落としながら、お兄さんはそう語った。

 

「近い将来って……じ、じゃあこの世界はもうじき滅ぶってこと!? こんな風に!!」


 怒鳴るようにお兄さんに聞いた。


「可能性は低い。低いけれど、一年後か十年後……はたまたもっと先か。可能性をゼロにしない限り、いつかは必ず、首に刃が落ちてくる」

「そんな……!」


 俺は歯を食いしばって、しばらく黙り込む。


 王都の端にある学園に目を向ける。

 そこももはや原型をとどめておらず、火の手が上がっていた。

 夢を叶えるための学園が、どんどん燃えて、無くなっていく。


「いつかは、あの学園もあんな風に……」


 なんとか、こうなる可能性をゼロにできないかと心の中で思った。

 けれど、俺はこことは違う世界から来た異人。

 プロの料理人になる、なんてありきたりな夢を持った普通の子供。

 

 そんなちっぽけな存在一人が、世界を救えるわけない。

 心の中では分かっていた。

 


 分かっていたが。それでも口は、おのずと開いた。


「俺が……俺がなんとかして、みせる……!」


 拳を握りしめ、声を震わせながら言った。


 根拠はない、ただの強がりだ。

 それでも、何とか防ぎたいと心から思った。

 新しい居場所を守りたいと強く思った。


 俺はお兄さんの目を真っすぐ見つめ、返事をしばらく待つ。

 そしてお兄さんは、静かに目を閉じた。


「…………君は非力なただの人間だ。君一人じゃあこの成れの果てを防ぐことはできない」


 その口から述べられたのは、分かっていても残酷な言葉だった。

 俺は肩を落とし、俯いた。


「そのかわり……む? おや、残念。もうちょっと話していたいけど、そろそろ目覚める時間だ」


 お兄さんが何か告げようとしたその時、急に俺の身体が光に包まれた。

 

「え、ま、待って! 今何か言いかけて……う、意識が……」


 次第に意識が薄くなる。

 俺はお兄さんが何を言おうとしたのか、最後の力を振り絞って尋ねる。


「そのかわり、って……! 俺は、いったい何をすれば!!」

「君はこれから様々な景色を見るだろう。その時々で、君にしかできないことをするんだ」

「それじゃ分からない!! もっと具体的に、何をしたらいいのかをっ!」」


 光の強さが増して、ついには目を開けられないくらい眩しくなった。

 お兄さんの姿が次第に光に消えていく。


「支えてくれ、この世界を――」

 

 そう最後に言い残し、お兄さんは消えてしまった。

 もっと具体的にって言ったのに、それでも分からない。

 

 瞬間。俺の視界は白に包まれた。


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