第十二話 ごはんにしよう
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イオラが目を覚ましたことに一安心した俺は、再び香ばしい揚げ物の匂いが漂うキッチンに入った。
「さてと、最後の仕上げといきますか」
机の上に二人分の皿を並べ、盛り付けの準備に取り掛かる。
「お皿の左上に千キャベを高く盛って、右っかわにレタス、ポテサラ、キュウリのスライス。あとレモンにミニトマト」
皿の上半分がサラダで埋まった。
この下の空間にメインを盛り付ける。
その時、リリリとあらかじめかけておいた、アラームが鳴り響いた。
「おっとと……」
俺は瞬時に時計をイメージし、手のひらに浮かび上がった時計を確認した後、アラームを止めた。
「五分経った。そろそろ良いかな」
パチパチと音が鳴る調理台の方へと小走りする。
三つある鍋のうち、油の入ったほうを覗く。
「良い感じに揚がってる。もういいかな」
鉄のトングを取り出し、素早くアルミのバットに上げていく。
こんがりキツネ色。
中まで火が通ってて、ベストな揚げ具合だ。
すると、ルリが横から不思議そうに顔を覗かせてきた。
「ふーん、珍しいもの作るわねあんた。………なんかコロコロしてて可愛い」
「ん、可愛い?」
「いいい言ってないっ! 何それ不味そうっ! あとで食べさせなさいよっ!」
微笑しながら俺は「分かった」と言った。
再度油の中を確認する。
「これで全部かな。もう火止めていいでしょ」
俺は鍋の前に手を突き出し、念じた。
「……よし消えた。それにしても、まさか本当にこれがコンロだったとはね。こうやって火を付けたり消したりするわけだ」
最初疑問に思っていた、調理台の上の、的当てのような石。
点火スイッチが付いてなかったから違うだろうと思っていたけど、どうやら精霊の力を使って扱う特別なコンロだったようだ。
それをさっきチサに聞いて知った。
揚げたてが入っているバットを中央テーブルに置く。
そして、皿の空いている空間に手早く盛り付けた。
「これで最後……と。次はご飯と味噌汁だね」
再び調理台の方へと向かい、保温していた残り二つの鍋を、中央の調理台へと運ぶ。
「よっこらせっ……よし注ごう」
お玉を取り出し、味噌汁の具と汁をバランスよくスープ皿に注ぐ。
「日本の和風のお椀は見当たらなかったから、これで代用だ」
味噌汁を注ぎ終わると、次はご飯の盛り付けに入る。
「ごはん茶碗も無かったから、この丸皿で代用――。はは、こうやって見てると、ファミレスのメニューみたいだ」
二人分の味噌汁とご飯の盛り付けが終わった。
これでようやく全部の作業が終了した。
「あとは全部お盆に乗せて二人のところへ運ぶだけ。時間どれくらい経ったかな」
再び時計を見ると、俺は驚きの声を上げた。
「うわっ、一時間どころか、まだ四十分しか経ってないや! さすがは精霊の力。恐るべき作業スピードだ。慣れればもっと早く、かつ効率よく作業できそう」
「ふふん。私達だからできる芸当よ。そこら辺の精霊じゃここまで早く作業できないわ」
ドヤ顔のルリがそう言った。
「そ、そんなことないよ……! お兄さんが料理上手だったってのもある……から」
声のトーンを落としながらチサが言った。
「ううん。二人が手伝ってくれたからだよ。ほんと助かった!」
「おーいシェフー? できたかーい?」
キッチンの入り口の壁に背中を預けているローザさんが、冗談交じりで言ってきた。
「あ、今持っていきまーす……ってシェフ!? 俺まだそんなレベルじゃないですって!」
「あっははは! 謙遜しちゃって~可愛いやつ。冗談さ。気を付けて運んできなよー」
高笑いしながら、ローザさんは二人のいる部屋へと戻っていった。
「はーい……。じゃあ冷めないうちに持っていきますか。腹ペコのお客さんのところへ!」
食べたときの二人の顔を想像しながら、俺は『唐揚げ定食』を運んだ。
既に空いていた部屋の入り口をくぐると、ルリとチサ、そしてローザさんとイオラがこちらに気付いた。
「お、来た来た! 遅いぞーシェフ」
「からかわないでください……お待ちどうさま! フィナンは――まだ目を覚まさない、か」
イオラは悲しげに、寝ているフィナンを見て「えぇ……」と言った。
「正人……さん、まずは私たちを助けてくれてありがとう……そしてローザさんから今までの話を聞いたわ。この子が、貴方の包丁を盗んで売ろうとしたこと――。本当に、迷惑かけたようでごめんなさい……」
ベッドに寝たままのイオラは、俺に深く頭を下げた。
その光景を見てると、なんだが胸がキューっとなった。
「頭を上げてイオラ。それと『正人』で大丈夫」
俺がそう言うと、ゆっくり頭を戻してくれた。
「確かに、最初は驚いたし、かなりショックを受けた。久々に貰ったプレゼントを突然盗まれたんだから。しかも包丁を――。料理することが好きな俺にとっては、この上なく嬉しいプレゼントだったんだ」
「…………」
イオラは暗い表情のまま黙って俯いた。
「でも。それ以上にショックだったのが――君たち二人が体力の限界で、空腹だったこと。その事を知ったら、もう盗まれたことなんてどうでもよくなっちゃってさ」
涙を浮かべた山吹色の瞳が、俺を見る。
「俺の見える範囲で餓死なんか絶対させやしない……。だから忘れて水に流そうよ。そしてイオラもフィナンの事を責めないで? フィナンも君を助けるため命からがら行動してたんだから。ね?」
気づくと、イオラの目からは、涙が零れていた。
「……ふふ、おかしな人ね、あなた。いえ、正人は……っ」
イオラは指で涙を拭うも、止まるどころか、その量は増えていった。
「やだ、止まってよ、もう。止まって……止ま――なんで、私……う、うぅ」
ローザさんが無言のまま、優しくイオラの背中をさする。
何かがぷつんと切れたかのように、イオラは涙を流し続けた。
「うっ……ごめんなさい……ありがとう……ごめんなさいっ……! 本当に、本当に……!」
その『ごめんなさい』は、自分が泣いていることに対してか。
それとも俺達に迷惑をかけたことに対してか。
その『ありがとう』は、背中をさすってあげているローザさんに対してか。
それとも俺達が助けてあげたことに対してか。
それらを知るのはきっと、イオラ自身しかいない。
「――さぁ! ごはんにしよう? 食べれる?」
「ぐすっ。えぇ、えぇ! 食べれる、食べれるわ! 実はすっごいお腹空いてるの!」
目元を赤く染めたイオラは、笑顔を見せながら言った。
「知ってる。はい、お待ちどうさま――!」
ベッドとベッドの真ん中にある椅子に、二人分の料理を置いた。
「これは……なんていう料理なの? 茶色いスープに、ご飯だけが盛り付けられたお皿、そして茶色いコロコロした揚げ物とサラダ。不思議な組み合わせね……初めて見るわ」
生まれて初めて物を見る赤ん坊のように興味津々だ。
「これは『唐揚げ定食』。その茶色いが『鶏の唐揚げ』。調味料に漬け込んだ鶏モモ肉に衣をまぶして揚げたものだよ。そしてそのスープが『味噌汁』。まぁ飲んでみてよ」
イオラは味噌汁の入ったスープ皿を手に取り、『いただきます』と言って、恐る恐る口に含んだ。
「! おいしい……! なんだかとても安心する味ね。こっちは――」
フォークを手に取ったイオラが、今度は鶏の唐揚げに手を伸ばす。
サクっという心地良い音が小さく鳴る。
そして口元へと運んで、まじまじと見つめ始めた。
「あの匂いの正体……これだったのね。いただきます――」
一口だけ食べようとした、その時。
思った通りの反応が返ってきた。
「あひゅいっ! 中から凄い肉汁が……ん!? なにこれ美味しすぎ!! なんだか無性にご飯も食べたく……」
そう言って今度は、ご飯に手を伸ばし始めた。
「ぐむっ……やっぱり! すっごくご飯と合う! こんな料理、初めて……」
フォークの手を休めることなく、イオラは食べ続けた。
すると、ローザさんが物欲しそうな表情で、イオラを見ていることに気が付いた。
「いいなーそれ。なぁなぁ正人ー、あたしのはー?」
「ありません」
「えぇぇウソだろ!? ……はぁぁ」
落ち込むローザさんを見て、俺は笑みを浮かべた。
「冗談ですよ。さっきのお返しです。ちゃんと余分に作りましたから安心してください」
「うぇっ! あっははは……こりゃやられちまったねぇ」
二人で笑っていると、遠くでドアベルの音が聞こえてきた。
「おや? お客さんか……ったく、どこのだれだぁ? あたしには恋人が待ってるってのに……。はいはい、今行きますよーっと。ルリ、チサ、行くぞー」
ルリとチサは同時に「はーい」と返事をして、ふてくされたローザさんに付いていった。
イオラは無我夢中でフォークを進めている。
相当お腹が空いていたんだろう。
こっちまで嬉しくなる食べっぷりだ。
「フィナン起きないね」
「んっ? ん、ぐむ……えぇそうね。でも、気持ちよさそうに寝てる。これならきっとすぐに起き――」
その時、突然ローザさんの怒鳴り声が聞こえてきた。
「おいっ!! そっちには行くなっ!! 聞いてるのかテメェっ!!」
ここに来て初めて聞くローザさんの怒鳴り声だ。
さっきまで子供のように唐揚げをねだっていたあの人が、ここまで怒るとは。
「なに、今の声……」
「分からない……でも、誰かこっちに来るっ!」
ドシドシと激しく足を踏み鳴らす音が、急激に近づく。
「隠れて!!」
「え? きゃっ――!」
その音がこの部屋に来る前に、俺はイオラとフィナンに布団を覆わせた。
ギリギリの作業だった。
音は、この部屋の入り口前で、止まった。
「スンスン……こっちから匂ってくんな」
聞き覚えのある声が入り口前で聞こえてきた。
「男の声? でもこの声どこかで――」
思い出そうと声の正体を探る。
が、思い出す暇も与えてくれず、その声の主は、入ってきた。
「――っ!」
「……ああ? テメェ、さっき俺にぶつかってきた……なんでローザんちにいるんだよ?」
怪物のような男は、憤怒の表情で、俺を見降ろしていた。