第十一話 虚空の果て
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目を開けると、真っ黒い空が永遠に広がっていた。
星も無ければ、月も雲も見えない。
横たわりになっていた身体をゆっくりと起こし、周囲を見渡す。
暗闇が途方もなく続いている。
聞こえてくるのは私の息遣いと心臓の鼓動のみ。
黒に飲まれた、本当に何もない空虚な世界。
「どこなの……ここ? とりあえず灯りを――」
私は灯りをともそうと、手のひらを暗闇の前に突き出した。
「……あ、あれ? ……っ! ……っ! ウソ、なんで! なんで出ないの!?」
手のひらを突き出したまま、必死に頭の中で明かりをイメージする。
けれどいつまで経っても明かりが灯る気配はなかった。
「やっぱりダメ……。あの子も全然返事してくれない。いつもなら、呼びかけたらすぐ出てきてくれるのに……」
色んな方法を試すが、精霊の力を使う事は出来なかった。
どうしてこんな事に……。
私は目を覚ます以前の出来事を振り返った。
「確かフーディリアの学園に入学するために、フィナと一緒にレギュムアを出て……――あれ、フィナは?」
そう言えばフィナの姿が見当たらない。
「フィナーーー!」
大声でフィナの名前を叫ぶ。
だが返ってくる言葉は、当然ない。
虚しく闇に声が吸い込まれるだけだった。
あの子までいないなんて……。
「返事がない……そういえば私、さっきまであの子と何か喋ってた気が……」
再び記憶をたどる。
薄暗い埃まみれの部屋。
そこで確か私はフィナと話してて……。
眉間にしわを寄せながら、鮮明に思い出そうとする。
うろ覚えだけど、フィナが何を言ってたのかなんとなく思い出してきた。
「――そうだわ。確か私たちフーディリアに着いたって! ……でもまだあと一人、あの場所にいたような……」
懸命に私に話しかけるフィナの後ろに、もう一人誰かいたはず。
その人の話と顔を思い出そうとするも、モヤが掛かってて結局思い出せなかった。
「ダメ、思い出せない。でも良かった、私たち無事着いたのね……」
胸を撫でおろしたのも束の間。
私は現在置かれている状況について冷静に考えた。
確かに薄暗い古屋にいたと思うけど、ここまで暗くはなかったし、広くもなかった。
精霊も呼びかけてくれないし、他に人もいない。
そこに嫌な答えが頭に浮かんだ。
昔の話。
私がまだ幼少の頃、ふと口から出た言葉に答えてくれた人がいた。
それを理解したのはもう少し成長してからだったけど、その時その人は、物悲しそうな表情でこう言っていた。
全てをやり終えた者が行きつく最後の場所――『あの世』、と。
私は崩れるようにその場にへたり込んだ。
「思い出した……確かフーディリアに着いた途端、私、酷いめまいで倒れたんだわ。フィナが心配そうに声かけてくれてたの覚えてる。そっか……死んだのね、私」
全てを察した私は、暗闇を見つめながらそう言った。
何か熱いものが込み上がってくる。
「……大丈夫かしら、フィナ。あの子もかなり辛そうだったけれど……。でもこの世界にいないってことは、きっと無事なのね。良かった、あの子だけでも、助かってくれて……」
悲しみに思いながらも、フィナが無事だったことに深く安堵した。
フィナ、貴方を一人置いていってしまう形になってごめんなさい。
でも大丈夫。天真爛漫な貴方なら誰とでも仲良くなれるから……私が居なくても元気にやっていけるはずだから。
ついに、抑えきれない孤独感に我慢が出来なくなった。
「嫌……やっぱ嫌よ……なんで……なんで私だけ……」
熱い涙がポロポロと頬を伝う。
つらい、怖い、淋しい。
これからずっと。
ずっと、ずっと、ずっと。
ずっと永遠に孤独なんだ。
嗚咽すら虚しく響く。
その時だった。
「ううぅ、うっ……スンスン――。ふぇ、なんの匂い?」
どこからか香ばしい、揚げ物のような匂いが漂ってきた。
私は袖で涙を拭い、再び周囲を見渡した。
やっぱり何も見えない。
けど、匂いだけはハッキリしている。
「一体どこから……!?」
すぐさま立ち上がり、匂いの辿りながら歩き出した。
歩いて歩いて、時には走りながら、匂いの源を探す。
「――ひゃっ! やだ、なに今の……」
急に額がひんやりと冷たくなった。
取り乱していると、匂いのする先に、何かが見えた。
「あれは……!」
ほのかに光るその場所に、私は釘付けになる。
ここでは初めて見る光。
私はおずおずと、その光に近づいた。
「何かしらこれ? 扉……のようだけど」
光の正体は、膝ぐらいの高さしかない小さな『扉』。
しかもそれは床に取り付けられていた。
「スンスン……この向こうから匂いが……!」
再び匂いを嗅ぐと、さっきより匂いが強くなっていることに気付いた。
どうやらこの扉の向こうに、匂いの正体があるらしい。
「まさかこの向こうに人が! でも……」
希望はあった。
けど恐怖心もあった。
扉をくぐった先、もしかしたらそこには、私以外の人がいるかもしれない。
けど、もしいなかったら?
この先が、ここより酷い場所だったら?
そう思うと足がすくむ。
「…………」
元来た道を振り返る。
私が一人ぼっちで泣いた場所。
絶望を知った空間。
私は唇を強く噛みしめた。
「もう――もう、あそこには戻りたくない……」
私は意を決してドアノブに手を伸ばした。
そして、一気に開いて、落ちるように扉に飛び込んだ。
「――っ!」
飛び込んだ矢先、強い光が目を襲ってきた。
私はあまりの眩しさに目を腕で覆った。
気づくと私は、木目のある天井を見上げていた。
「…………ここは? 私、また寝てる?」
さっきまでとは打って変わって、ちゃんと色のある空間。
また寝ているけど、今度は……ベッドの上?
その時、扉を開ける音が耳に入った。
誰か入ってきた。
私は首だけを動かし、その人を見た。
そして、目が合った。
「――お? 目覚めたようだね。気分はどうだい? って良いわけないか」
少し露出が多い容姿だけど、妖艶で綺麗な女性だった。
「あなた……は、いったい?」
途切れそうな声で、私はその人に訊ねた。
「アタシはローザ。そしてここはアタシんち。しがない雑貨屋さ」
腰に手を当て、微笑みを浮かべながら謙虚そうに言った。
「雑貨屋……って事は私、ちゃんと元の世界に戻ってこれたのね……。そうだフィナ! フィナは……! っ――!」
無理やり体を起こそうとした瞬間、激しい頭痛が襲ってきた。
その拍子で、額から何かが落ちてきた。
濡れたタオルだ。
「おいおいっ! いきなり起きるなっ! 大人しく寝てろって!」
「っ……でも、フィナが……あ――」
ふと隣のベッドに目を向けた。
そこで私と同じように寝ていたのは――。
「安心しな。あんたの友達はちゃんと無事さ」
「フィ、フィナ! 良かった、また会えた……」
目に涙を浮かべ安心していると、ローザと名乗る女性が、そっと私の両肩に手を掛けた。
「それはさておき……スゥ――『良かったぁ』じゃないよっ!! あんたらバカじゃないのかい!? レギュムアから二人だけで来たんだって? 子供だけでなんて無茶するんだい!!」
「ご、ごめんなさい……。あの、もうちょっとだけ声を抑えてもらえると……」
「知ったことかっ!」
怒鳴り声が頭に響く。
怒られて当然だ。
私は深く反省した。
「ったく……。お腹空いたろ? 今シェフがあんたらにメシ作ってる所なんだ。もうちょっと待ってな」
そう言いながら、私の額に再び濡れタオルを優しく置いてくれた。
「シェフ……? でもさっき、ここは雑貨屋って……」
「ローザさん? さっきの声どうしたんです……って、あ! 気が付いたんだ!」
なぜか聞き覚えのある声と共に、また誰か入ってきた。
「あなたは……!」
もやがかかっていた記憶が次第に晴れていく。
そうだ、あの古屋にいたもう一人の人。
この人がそうだわ!
「あなた、あの古屋にフィナといた……えっと、名前は確か――」
「正人だよ。良かった目が覚めて。もうすぐご飯できるから、もうちょっとだけ待ってて!」
私やフィナと同い年に見えるその人は、食欲をそそる匂いだけ部屋に残して去っていった。