お金が欲しいんです
「フリュウさんはまだ会社ですか」
「そうだ。今日残業の連絡はないからもうすぐ帰ってくるんじゃないか」
「テイルはフリュウさんに何か用事でも?」
「特に用事でもないのですが……暇なのです」
そう。これといった用事は何もない。
用事がない上に私はすることもない。
今の時刻は……ちょうど夜7時になったころですね。
この時間は食事もなく、お風呂もなく、ゲームもない空白の時間です。学生なのだから勉強しなさいという意見もあるでしょうが、私は魔王でいつか体の成長が止まります。周囲に違和感を与えないためにも就ける仕事は限られてしまう。
勉強したとしても職業を選べないんですよ。する気が失せますね。
実際フリュウさんが今勤めている会社は神と繋がっている。そういう会社にしか私は入ることができない。
「暇は死活問題ですよ」
「死にません」
「心が死にますよ!退屈で!」
ムラマサさんはわかってないなぁ。神も魔王も人間も等しく退屈は悪だと認められるはずだ。
退屈という病ははやく治療しないと『生きる意味とは?』という自問自答が始まってしまう。
この自問自答を解決するには定期的に暇を与えつつも与えすぎてはいけない。絶妙なバランスでなりたっているものが生きる意味のある人生です。
言ってしまえば今の私はどうして生きているのか知らず、ただ死んでいないだけの存在ですよ。
「暇潰しにテレビでも見ていたらどうだ」
「いいのやってますかね」
「俺はテレビはニュースしか見ないからな。テレビはゲームの付属品だ」
「ムラマサさんだけじゃなくてこの家の住人全員テレビをほぼ見ないでしょう」
「深夜アニメ」
「それは例外です」
とりあえずテレビをつけてみますか。
本来ならテレビは様々な情報を得るために家電としてはなくてはならない物でしょう。日本の政治やら事件やら、今後の生活に関わりますからね。でもここに住んでいるのは神ですよ。人が何やっていても関係ないや程度に思ってるのでしょう。
ただ増税に関しては敏感です。
老後というものがありませんからね、年金として返ってくることがないので払うだけになるわけです。
本気で脱税してもこの三人なら逃げられると思いますが、下手に誠実なんですから。それに神が人間相手に馬鹿なことやらかしたなんて笑えないですからね。
「ポチっと」
「では俺も見させてもらうよ」
「ムラマサさんも暇なんですか」
「仕事は終わらせたからな」
ムラマサさんは仕事がとにかく早い。破壊神の仕事の代行というのはとても量が多く大変なのに。日本で例えると破壊神は総理大臣とかとりあえず大臣級の地位にいるらしいです。大変さが伝わったでしょうか。
面白そうな番組を探してチャンネルをころころ変えているとキッチンから視線が刺さる。
今はコマーシャルですか。話すならちょうどいいです。
「なんですかミコトさん」
「暇なら家事手伝ってほしいなぁ」
「ミコト、お前が昼間っからゲームして家事を放棄してたこと知っているからな」
「うっ。フリュウさんの前では完璧な従者でいたいから手伝ってくださいよぉ」
「余計に手伝う気が失せた」
「うえーん」
ミコトさんが半泣きで食器を洗っている。見た感じまだ洗濯物に風呂掃除まで残っていそうですね。
ミコトさんは一般的な主婦とやることは同じだがその量はまったく違う。
この家の住人は近所付き合いなどはまったくない。
私以外は人間の友達との付き合いもない。
家計的に食事は質素なので食器は少ない。
部屋の掃除は個人でやる、そもそも散らかさない。
その他もろもろの理由で家事は一般的な家庭の半分にも満たないでしょう。ミコトさんが真面目にやれば余裕で毎日こなせる量です。ムラマサさんのほうが大変、もう比べ物にならないはずです。
「ま、ミコトはなんだかんだ言って間に合うだろ」
「ですね。ここまで一度もボロだしていないんでしょ?」
「フリュウさんはすでにミコトの性格なんてお見通しだ。しっかり者だと言っていた」
しっかり者ですか。ゲーム大好きで私欲に負けて家事を放棄しているミコトさんですが、時間以内に確実に仕事を済ませている。しっかり者と言えなくもないですね。
コマーシャルが終わり番組始まった。今7時になったようで番組が一斉に始まったのでしょう。
『突然ですが画面の前の皆さん、このお金にはどれほどの価値があると思いますか?』
女性の声と共に画面には黒背景と一枚の硬貨が映された。
真ん中に穴の空いた錆び付いた硬貨、とても高そうには見えない。
「私なら捨てますね。1円です」
「いや、テレビでやっている=価値があるだろう。1万だ」
『では先生、正解をお願いします』
『この硬貨は…………………………10万円です』
「え、馬鹿なんですかこの国の価値観は」
「同感だ。理解できん」
錆び付いた使えないお金がこんな高いなんてふざけてますよ。
しかも先生がドヤッてして腹が立ちますね。
「価値というのは求める人の数と世に出回る数との割合で決まりますからね、数が少なすぎるんでしょ」
「ミコトは皿洗ってなさい」
「うわぁーん」
また泣くのを必死に我慢しながら皿洗いを再開するミコトさん。しっかり者イメージが崩壊してもいいんですか。
『さぁ始まりました!今すぐお財布をチェック貴重なお金スペシャル!』
「こういう番組でしたか」
「この番組見てる人の95%くらいは財布の中探しても見つからなそうだな」
同感です。
にしてもやはり貴重なお金って古いものばかりですね。昔は量産数が少なかったとか、紛失してしまったとかあるのでしょう。
一枚で50万円するお札や昔の天皇が描かれたお札がありました。
持ってる人はこの番組たぶん見てないでしょ。
でも不思議なことに面白い。
持ってなくても説明やエピソードを聞くだけで満足してくる。
『こちら表猪10円札というのですが、なんと一枚で75万から100万円ほどの値がつきます』
「10円ですよね?」
「その10万倍だな」
「この諭吉万札もいつか10万倍になりますか?」
「そうとう先になるかもな」
私たちは神と魔王、歳をとりませんからね。これで何百年後には億万長者ですよ。ふふふ。
このお金は大切に保管しておきましょうか。
「ムラマサさんっていつから日本にいたんですか?」
「フリュウさんについてきたんだが、もう昔のことだから覚えてないな」
「和歌が上手いとモテるって時代だったよ」
和歌でモテるってやっぱ価値観おかしいですね。たぶん平安時代でしょう。
にしてもまたミコトさんサボってる。
「ありがと。しっかり者はサボらないんだぞ」
「そうです、もうミコトさんは引っ込んでてください」
「ふえーん」
ミコトさんが洗濯物を畳んでいる。可哀想ですがしっかり者のイメージを持たれた人はそのイメージを崩さないため頑張る必要がありますからね。仕方ないです。
にしても平安時代ですか。
もしかしたら古いお金あるのでは。
「ただいま」
「あ!フリュウさーんおかえりなさーい」
「おかえりです」
「お疲れさまです」
フリュウさんが帰宅しました。さてさてミコトさんの家事は終わったのかな。私はさっきミコトさんが座っていた位置に目をやる。
ピカピカ。
本当にギリギリ間に合わせますね。洗濯物は綺麗に並べられて個人別にわけられている。
「ご飯にします?お風呂にします?それともわ」
「風呂入ってから夕飯食べさせてもらうよ。あと今日は早めに寝かせてくれ」
「了解です!すでにお風呂もご飯も準備できてますよ」
「ありがと」
フリュウさんはすぐ着替えるために私室へ。いつの間にミコトさん風呂掃除を済ませたんでしょう。
この人の本気は底が知れません。
それとしれっとスルーされましたね。
「それでー、古銭探しするの?」
「もしかしたらあるかもしれないだろ」
「探してフリュウさんに褒めてもらいますよ!」
「「おおー!」」
そう言うことで大好きなフリュウさんのために三人は物置部屋に向かった。
本当にこの家はフリュウさん大好きです。
魔王探索中。
破壊神入浴中。
「見つかりました?」
「見つかったぞ」
「けっこうあったよ」
一応高級マンションということで部屋も大きく多い、物置として一部屋を使っているので三人がかりで分担して探しました。
物置はいろんな物が雑に置かれていると思っていましたが、この家の人全員が綺麗好きだからでしょうか、まったくの正反対。綺麗に整頓されてましたよ。
私が新しい家族として迎えられる前から三人はまったく変わっていないようです。
そう、変わっていないんです。
また付箋付きのエロ本発見。
「ムラマサさんのエロ本らしき物がありましたが」
「な!?そ、それは」
「ムラマサさんの趣味は興味ないので不問にしてあげましょう」
「何年前のものを掘り出すつもりだ……」
「ムラマサぁ、いくらモテないからってそんなもの置いてちゃダメだよ」
ムラマサさんの黒歴史を発掘してしまったようです。残念ながらフリュウさんのはありませんでしたが。
ムラマサさん改めムラムラさんにしましょう。
「ムラムラさん」
「誰がムラムラだ」
「後で処分してください」
「わかったからもう掘り出すなよ」
はーい。
恥ずかしくて顔を上げられず、黙ってムラマサさんは古銭の種類わけをしていく。
「種類わけは終わったが鑑定はどうするんだ」
「なんでも鑑●団呼んで来ます?」
「馬鹿言うな」
「馬鹿じゃないですムラムラさん。私達には欲情しないでくださいね」
「家族は対象外だ」
なんですと!
普通家族は恋愛対象にしないんですか。
私がフリュウさんを好きになるのはアブノーマルなんですか。
……血が繋がってないからセーフ!
「ふっふっふー。これの出番だね!」
「なんだそれは」
「読んでみんしゃい」
こ、これ古銭の価値やらが載った専門本ではないですか。
どこにあったんですかそんなもの。
趣味の本にお金使える余裕ないでしょこの家。
言っておきますがゲームは趣味ではないですから。本気ですから。
「じゃあ鑑定するから待ってて」
「「はーい」」
竜神鑑定中。
魔王と幻神待機中。
結果はっぴょーーーう!
どこぞの浜ちゃんっぽく言ってみました。謎に癖になりますね。
「私のは雑魚ばっかり、テイルのも雑魚ばっかりだったんだけどね」
「あ、そうなんですか」
「150円くらいのがほとんど、高くて1000円くらいのやつばっかり」
いきなり私外れじゃないですか。つまんないです。
でも1000円ならいくつか売ればゲーム買えますね。
「しかも美品とは言えないから、もっと価値は下がっちゃうよ」
あ、はい。
「ムラムラのなんだけどねぇ」
「どこまで引っ張るつもりだ」
「今日中は。ムラムラのとこに表猪10円札ってのがあってね」
「テレビでもやってたな」
「保存状態も謎にいいからそれなりに売れると思うよ」
「本当か!」
なんでムラムラが当たり引いてるんですか!
納得いきませんよ。
私も褒められたいのに!
「それを渡してください!」
「あ、こら!離せ!」
「嫌です!私はこれでフリュウさんに頭なでなでしてもらうんです!笑顔でありがとって言ってもらうんです!」
「ダメだ!これで俺の今月の小遣い上げてもらうんだ!」
私とムラムラさんはお札を取り合うことに。皆さんは今後の展開はお察しでしょう。
「目的がショボいんですよ!」
「それはお互い様だ」
ビリッ!
「あ」
「あ」
「ふぇ!?」
真っ二つに破れました。
100万円のお札が。
「どうしましょう」
「どうしようか」
「あなたたち子供か!どうして三人の手柄ってことにしようとしないの!」
その発想はなかったです。冷静さを失ってました。
すいませんムラマサさん。私が10:0で悪いです。
「とりあえずそれ貸してください、私の方でフリュウさんに話をつけてきますから」
翌日。
家にお掃除ロボットとして名高いル●バがやってきた。
「お願いねルン●ちゃん」
ミコトさんが買ってきたらしい。
あの後フリュウさんから許可を得てあの破れたお札を売りにいったらしい。破れているとは言え貴重なお札、それに破れた痕はとても綺麗で復元も可能とのことだった。
結果的に売値は落ちたものの高く買い取ってもらえて、その功績としてお金はほとんどがミコトさんのものになった。
「床の掃除がなくなったぶんゲームに時間を使えるよ」
「ミコト、お前な」
「ずるいですよミコトさん」
「しっかり者だからね。二人が家事手伝ってくれないからこうなるんだよ」
本当にこの人しっかりしてますね!