世界最速エンディング*
23:59
ゲーム店前にて。
「あと一分です」
「ああ、こいつらがライバルか」
ムラマサが時刻を伝える。あと一分で闘いが始まると。
深夜のゲーム店に並ぶ大人たち、成人していないのは俺だけだろう。この店では新作ゲームが発売される日に限り日付が変わった瞬間から30分だけ開店する。
世界最速でエンディングを見たいのならこのシステムがある店に並ぶか甘んじて朝を待つか、前者を選ぶか後者を選ぶかでスタートラインに立てるかどうがが決まる。
今ではDL版を買うことで店に並ぶ必要はないのだが、DLの時間か買って家に帰る時間かどちらが早いか。DLはものによっては数分で終わるが、容量が大きいゲームではそうはいかない。この場合は後者だ。
ここに並ぶ大人たちは皆、スタートラインに立つことができたランナーだ。例えるのであれば新年を迎え入れる日とある神社では男たちによる本気のかけっこが行われる。
くじで当たりを引けば前のほうに並べて、外れた瞬間一等争いに参加することはできない。
ここに並ぶ大人たちは俺のライバルと呼ぶに相応しい。
絶対負けねえぞ。
「準備は」
「4980円ちょうど持ってきています」
僅かなタイムラグすら最速を目指すのであれば命取りになる。お釣りの時間すら惜しい。小銭を選ぶ時間すら惜しいので4980円だけ財布に入っている。
事前準備は完璧。
00:00
店のシャッターが開いた。
「いらっしゃいませ!今日発売のゲームはレジ前にすでに準備してあります!」
「ムラマサ、待機!」
「了解」
店員がシャッターを開けると同時に店内へ直行。
急いでレジに向かう。
シャッターの中は自動ドア、センサーが反応してから人が通れる幅まで開くのに1秒ほどかかる。無駄だ。ムラマサがセンサーの前に待機してその無駄をなくす。
「はい、一点で4980円となります」
「ちょうどです、あっ……」
「はい商品となります」
「ありがとう」
レジの店員からゲームを受け取り走ってムラマサがあらかじめ開けている自動ドアを越えた。
袋はいりません、レシートもいりません。この二つの意味を『あっ……』+ジェスチャーだけで済ますことでレジでの袋詰めの時間を短縮。
ここまでは完璧な流れ。無駄な時間はない。
「飛ぶぞ!」
「了解」
「ミコトは!」
「ゲーム部屋までの扉を全て開いてゲームの電源もつけてあるようです」
「マティルダは!」
「ゲームを受けとる準備は完璧です」
「よし!」
俺は誰もいないのを確認して翼を展開、都会の夜空に飛び立った。
都会の夜空に星はない。寂しいかもしれないが明かりは全て街灯と建物だ。
だが星がないというのは悪いことだけではない。誰も好んで空を見上げようとしないので翼で空を飛ぶ人形の生命体がいても気づくはずがない。
マティルダは連絡係、俺が投げたゲームを受け取りミコトに投げる役割だ。
ミコトはゲーム部屋で待機、マティルダから投げられたゲームを本体に入れるのが役割だ。
なぜゲーム投げるのかって?投げた方が早いからだ。
マンションに到着。夜中だというのに玄関は開けっぱなし。さすがだ。
「ただいマティルダ!」
「おかえりなさい。ミコトさん!」
「はい!ゲーム起動!」
まったく無駄のない動きでゲーム起動することに成功した。ここまでは宇宙最速と言えるだろう。
しかしさすがマティルダだ。破壊神が本気で投げた高速のゲームを容易に受け止めるとは。魔王ってやっぱ強いな。
「ミコト!コントローラーは!」
「はい!はい!はい!」
「よしっ!ここからは楽しんでかつ最速だ!」
「はい!」
「了解」
「まかせてください」
ミコトがコントローラーを投げる。
順番に俺、マティルダ、ムラマサが受け取った。
受け取った順で左から座り、1P2P3P4Pとなる。
では、待ちにまった新作ゲームを楽しもう。
配管工とキノコの冒険8
日本が世界に誇るゲーム会社ミンテンドー。そこの大人気ゲームの最新作となっている。
ストーリーは亀族の魔王に連れ去られた姫を配管工の兄弟とキノコの兄弟が助けにいくというもの。エリアは8つあり8つめにラスボスがいる。
大人気ゲームというだけあってゲームが得意でなくても楽しめる難易度に調整されており、ゲーマーのためのやりこみ要素も完備されている。
「にしてもこのお姫様毎回この魔王に連れていかれますよね、学習しないのでしょうか」
「世界線が毎回変わっているんじゃない?」
「確かにストーリーにおいて何度も拐われたことをほのめかす台詞はありません、世界線が違うというのが濃厚かと」
「地方が変わるたび強さリセットされる電気ネズミもいるんだぞ。あの会社はリセット大好きだからな」
リセットとかいうモグラもいるくらいだしな。
俺たちのようなゲーマーが楽しみながらゲームをするとなると、ほぼ決まってゲーム内容にツッコミを入れることになるだろう。わりとタブー気味な話になってきたな。
世界線などは本気で考察して時間軸調べて矛盾点探してと非常にめんどくさいことになるのでここでは割愛する。
こんな話をしている間に画面では配管工たちが裏切り者を踏みつけて粛清していく。
「そう言えばフリュウさん、配管工っていくらで買えたんですか?」
「5000くらいだ」
「じゃあかなり安くすみましたね」
「ほんと複数人でプレイできるゲームはいいな。全部そうして欲しいもんだ」
もしゲーム画面以外の話をするとしてもゲーム関係になることは避けられないようだ。
複数人プレイのゲームは本体1つにカセット1つで全員遊べる。なんて素晴らしいコストパフォーマンスだろうか。
だが全部がそうとはいかないわけだ。
「モンクエとかですか?」
「カプ●ンさんには頑張って欲しいもんだ」
「あの会社はパーティゲームは作ってませんからね」
「残念だなぁ」
ヘリコプターをよく墜落させることでお馴染みのゲーム会社カプ●ン。カプコ●製ヘリは信用してはいけない。絶対に。呼吸するかのように墜落させる連中だ。
そしてカ●コンで最も熱いゲームがモンスタークエスト通称モンクエ。最大で四人プレイできるモンクエだが、普通はソロ用だ。
何が起きるかというと。
金欠。
「そういえば来月モンクエYYが発売されますね」
「大変だな」
「また、節約しないとですね」
「全員でゲーセンに稼ぎにでればいいな」
ソロ用の人気ゲームがでるとこの家計は崩壊しかねない。ゲームの値段は5000ほどと普通なら余裕のある金額だが、それを四人ぶん買うとなると話は違う。
単純計算で2万円飛んでいく。
新しい本体がでた月なんかは悲惨だ。
物によっては10万円を越える値段が飛ばされる。
「フリュウさん!大砲ですよ大砲!」
「わかっている。付近に隠しゴールがあるはずだ、ムラマサ!ミコト!ランサーするぞ!」
「了解です」
「テイル生存枠は頼んだよ。さて、コンテ数は何回になるんでしょうか」
「15くらいで抑えたいな」
大砲に過剰に反応するのはエリアをすっ飛ばせるからだ。最速エンディングには絶対必須である。
そのためにこれから俺のミコトとムラマサは隠しゴールへの入り口を見つけるために壁や穴に突撃しまくる。
『自害しろ、ラ●サー』
一人でも生存していればステージは進行され時間ロスはない。
ここが一番大事な場所だ。隠しゴールをいかにはやく見つけられるか。
配管工(兄)とキノコ二人がランサーし続ける中、配管工(弟)は普通にコースをクリアしていく。
そして見つけた隠しゴール。
「でっていうを乗り捨てジャンプをすると上にルートがあります!」
「乗り捨てとか可哀想だな。ありがと緑の恐竜」
「この恐竜絶対恨んでますよ」
「恐竜は無限わきだから大丈夫だ」
「じゃこの四人もメダルさえあれば無限ですよ」
きっと崖の下は配管工だらけなんだろうなぁ。仲間のキノコを食糧にして生き延びてそう。酷いやつだ。
とりあえず無事に大砲へ到着。エリア5へスキップすることに成功した。
「オバケ屋敷がありますよ」
「オバケ屋敷ですね」
「オバケ屋敷だな」
「どうしたんですか、怖いんですか」
「まっさか。神に怖いものなんてないんだぞ」
「ゴッド●ーター」
「めっちゃ怖かった」
「怖いですよ」
「そうか?」
神殺しの話は置いておこう。名前を聞くだけで身震いするやつもいるくらいだ。
俺としてはそんな化物がいるなら闘ってみたいものだが。
とりあえずオバケ屋敷に注目だ。
人を隠すなら人混みの中。木を隠すなら森の中。道を隠すなら迷路の中だろう。
オバケ屋敷に隠しゴールがあるのは間違いない。迷路のようなオバケ屋敷なら別ルートの一つくらいあるだろう。
「真っ暗ですね。さすがオバケ屋敷」
「ランサー改め神風蛍火隊出動だ!」
「俺たちは灯りですか」
「命を削ってルートを見つける。最速エンディングのためにこの命を捧げましょう」
「なんか凄く申し訳ないです」
俺たちは暗闇の中で荒ぶって足場を見つける。全てはマティルダを生かすために。
いや。最速エンディングのために。
「あ、炎配管工になれましたよ!」
「でかした。投げまくるんだ!炎が貫通したとこが隠しルートだ」
「はい!連打ぁああ!です」
通れないように見えるが通れる壁がある。それは攻略本でも見なければ見つけることは不可能に思える。
だがヒントがないわけではない。
アイテムが貫通するのだ。故に隠しゴールを見つけるときは投げ物があると有利に働くことが多い。
マティルダがボタンを連打して炎を吐きまくってる中、不自然に貫通する壁を発見した。
再びの大砲ドカン!
「エリア8まで到着か」
「まだ3エリアしか入ってすらいないのですが」
「中ボスも1体しか倒してませんからね」
「スタンバってたのに可哀想」
「自害しまくってる配管工とキノコにその言葉を言ってやってくれ」
最後のエリア8は溶岩だらけの難易度高めのステージばかり。だがこれは全年齢対象のゲームであるため上限の難易度がそこまで高くない。
ゲーム大好きな大人が四人もいればクリアできないステージはなかなかないだろう。強制スクロールなどは例外だ。
エリア8からはとてもスムーズに進んだ。
隠しゴール探しをやめたからだ。
ここは最後のエリアであり、もし隠しゴールを発見したとしてもそこまでの短縮にはならない。探しながら慎重に進むよりさっさとコースを走って正攻法でクリアしたほうが結果的に早くなると考えたからだ。
そして到着した魔王の部屋。
「やっぱ巨大化した」
「古いですね。ラスボスはスタイリッシュに決めるのが最近の流行りですよ」
「フリュウさんラスボスになれそうですよね」
「そのゲームクリア不可能になりそう」
お前ら、もっと亀族の魔王へのいい感想をしてやろうよ。
なんで俺の話になるんだ。
あ、魔王倒した。
ボタンを押したら倒れたぞ。これ殺る気スイッチだったのか。
エンディングか。
「なんで配管工と魔王が闘うことになったのでしょう」
「やっぱ出会いがダメだった。亀族の魔王がもっと穏やかな性格だったら仲間になってた」
「設定では姫の誕生日ですよね。プレゼント持って一緒にパーティしていれば友達の関係にはなれてましたよね」
「お前ら……エンディングだぞ、泣けよ」
エンディングなのにこのゲームの初期設定をいじってどうすれば事件にならなかったか会議とかしてやがる。まったくお前ら最高だぜ。
俺も思うことはある。登場人物が全体的に頭が弱いよなぁと。
この三人も理由は違えど泣けない理由がある。
何よりの理由としては3時間ほどだからだろうか。エンディングまでかかった時間が。泣けるほど思い出がないのだろう。
「泣けませんよ。でっていう乗り捨てた思い出しか」
「俺も自害しまくった思い出が」
「三人の屍を越えた思い出が」
「そうか」
思い出はたくさんあるらしい。
たぶんこのエンディングで泣いているのは登場人物だろう。
配管工『やっと自害から解放された』
キノコ『ボクは食糧じゃないですよぉ』
恐竜『あの配管工ども許さん』
画面の中からこんな声が聞こえる。
世界中の誰よりもはやくエンディングを見ることには成功した、そう確信できる速度だった。だがそのエンディングは軽かった。
「新しいデータでもう一回やりませんか」
「そうだな」