破壊神と耳かき②
「フリュウさん、そのっ、ありがとうございました」
「またいつでもおいで」
「はい!絶対また来ます!明日でも来ます!」
「そんな良かったのか」
夜の10時ほど、フリュウさんの部屋からミコトさんが嬉しそうな顔をして出ていった。
ミコトさんはもうスキップしそうな勢いでゲーム部屋に入っていく。
私は知っている。フリュウさんが定期的にミコトさんを部屋に招いていることを。
「あれだけ喜んでもらえると嬉しいな」
フリュウさんもやり遂げた清々しい顔をして部屋に戻る。
絶対なにかある。
二人は主と従者の関係、しかも異性でお互いのことをとても大事に思っている。
同じ屋根の下で異性が暮らしていて何も起こらないなんてあり得ないですよ。起こるのは必然的なのです。
私という異性がいながら私抜きで何をやっているのか。つきとめないといけない。
これ以上家族が増えたりしたら本気で家計がヤバイんですから!ゲーム買えなくなりますよ!
「へ?耳掃除……?」
「そうだ。フリュウさんがいつの間にか耳掃除の専門用具を買ってきたらしくてな、本当はテイルにしてあげたかったみたいだが逃げられてしまったと残念そうにしていたぞ」
「耳毛カッターとかピンセットですか」
「なんだ、知っているのか」
「一応誘われましたし」
ムラマサさんに聞くとすぐ答えがわかった。
耳掃除らしい。耳かきではなく。
でも耳にそういうのを入れるのが怖くて普通の耳かきがいいと言って逃げてしまった。私が求めていたのは気持ちよさであって綺麗にすることではなかったからだ。
「あれはいいものだぞ、騙されたと思って一度試してみたらどうだ。フリュウさんもきっと喜ぶ」
「えっ。ムラマサさんも体験したんですか」
意外ですね。ムラマサさんはけっこう堅そうなイメージがあって耳掃除される姿が想像できません。
でもムラマサさんとても嬉しそうです。
「ああ。生まれて初めて膝枕をしてもらった」
「……」
「なんだその目は」
「いえ。想像できなくて」
「まぁそうだろうな。俺のイメージなんてずっと机に向かって仕事かゲームをしてる程度だろう」
「はい」
申し訳ないですが、それしか思い浮かびません。
「ふむ。確かにキャラが壊れそうで最初は断ろうとしたんだがな、やはりフリュウさんの言うことは断れない」
「従者って大変ですね」
「いやまったく大変ではない。むしろ従者のために主自らが時間を使って施してくれる、いい上司を持ったよ俺は」
そう言ってムラマサさんはゲーム部屋に向かった。にしてもこの家族はゲーム大好きですね。
確かにフリュウさんはいい人です。そんな人に拾われた私も幸せです。
「どうしましょう……」
フリュウさんは私のために専門用具を買ってきたわけです。つまり私が来るのを待っている、期待している。
こんな優しくいい人の心を無視するようなことは出来ません。
もう少ししたらフリュウさんはゲーム部屋に向かうでしょうし、それまでに声をかけなければ。
フリュウさんの部屋の扉をバーン!
「あのっ、フリュウさん!」
「……」
私はもっのすごくドキドキしてます。フリュウさんの部屋に一人っきり、緊張してまったくくつろげませんよ。
私はベッドの横で正座してフリュウさんが帰ってくるのを待っていた。
扉をバーン!したことに驚かれましたが、私が耳掃除してくださいと言ったら嬉しそうに頷いて部屋から出ていきました。準備をしに行ったようです。
耳掃除の準備ってなんなんでしょうか。
ミコトさんがあれだけ癖になる耳掃除ですから、ただ耳かきが上手いだけではないでしょう。どんなことされるのか。
……準備にしては遅いですね。そろそろ5分たちますよ。
「お待たせ、準備できたよ」
「あ、はい。お疲れさまです」
「そんなカチコチに緊張しなくていいんだよ?」
「いえ。緊張してなんかいませんっ」
とか言いつつ私は正座しながら震えているはずだ。
ほら。好きな人と部屋で二人きりとかボロがでないか緊張しますよね。自然体でいて怠けてると思われても嫌ですし、それなりにしっかりしていないといけないですから。
そもそも私はもとからこんな性格なのでボロとかありませんが。
「そう?じゃあ始めるね」
「お願いします。……そのタオルはなんですか」
フリュウさんも正座して膝枕の合図、私は待ってましたとばかりにうきうきしながら寝転がろうとする。その途中耳掃除の専門用具に並べられてお皿の上に置かれたタオルを見つけた。
なぜタオル……?関係あるのでしょうか。
「ああ、これはぽかぽかタオルだよ」
「ぽかぽか?」
「まぁ普通の蒸しタオルだ。飲食店で温かいお手拭きが配られるとこあるだろ、それと同じ」
「なるほど」
結局その用途を聞くことはできなかったがタオルなら安心できますね。耳を拭く程度でしょうし。
それよりも私はフリュウさんのオノマトペが可愛い。
ぽかぽかですよ!ぽかぽか!
「じゃあ始めるからね、リラックスしてね」
「は、はい」
「してないね。まずは緊張をほぐすよ」
どうやって。そう思った時でした。
……ポフン。
……ごしごし。
……じゅわわ。
「え……!?」
「ふふふ、効果抜群だろ」
耳の裏側に温かい湿ったものが置かれた。たぶん蒸しタオルですね。
蒸しタオルは力強く、ですが痛くならないように私の耳を擦っていく。痛みと快楽は紙一重、本当にそのとおりでした。とても心地いい刺激を与えられ思わず声が漏れてしまいます。
そして余韻を感じてくれと言うように残る温かさ。しかしその温かさはすぐに抜けていく。その感覚は高級なお肉を食べている感覚に似ていた。最上級の気持ちよさはゆっくりと後味まで心地よいのです。
すっかり冷えた耳の裏側はまたその温かさを求める。
一言で纏めると、一瞬にして調教された。
「あ……ああ……」
「じゃあ内側もね」
「……はい」
……ポフン。
……ごしごし。
……くりくり。
……じゅわわ。
「はぁあああ……ふぅ……」
「すっかり緊張はとれたみたいだね」
「あ」
もう緊張の欠片すらなかった。フリュウさんの手のひらの上にいるようで少し恥ずかしい。本当は膝の上ですからね。
内側は裏側と違って凹凸があり、場所によっては洞穴のようになっています。その洞穴を蒸しタオルがかきあげるようにして擦っていく。
……洞穴。未知の領域を開拓されたような解放感に襲われる。溜まっていた垢がとれたようです。
そして満足感の後にくる虚無感。これもまたいいものです。
「はひゅう……」
「すっごい満足そうな顔してるよ」
「すでに大満足です。気持ち良かったです」
「まだ入れてすらいないんだけどね」
そうでした!まだ穴に触れていないではないですか!
耳の周辺をされただけでこの満足感とは、本気の耳掃除恐るべしですよ。
「ミコトとムラマサを初めて膝枕したとき、二人ともガチガチに緊張しちゃってね」
「普通は緊張しますよ」
「緊張しないでーって言っても全然解いてくれなくて、蒸しタオルで耳を拭いたら一発だったよ。蒸しタオルは最強のアイテムだね」
二人からしたらフリュウさんは上司にあたる神ですから緊張しないほうがおかしいと思いますが、優しく温かいもので包んであげるというのは生物の本能に直接語りかける気がします。
なんか、安心するんですよね。
言葉にしなくても、今は緊張しなくていいんだってわかる気がします。
「じゃあそろそろ中にいこうか」
「はーい」
「可能な限りの注意はするけど、もし痛かったら言ってくれ。あと前みたいに動いたりしたらダメだからね」
「……はーい」
動いてしまったのはフリュウさんが変なこと言うからですよ。私はちゃんと言いつけは守れるんですからね。
「よいしょっと、痛くないかな」
「だ、大丈夫です」
なんですかこの音は。
……サクサク。
……パリパリ。
ビスケットを食べているような音がします。乾いたものを崩していく感覚、砂のお城を壊したときの気持ちよさにそっくりです。
何度でも繰り返したい癖になる音。
前回耳かきをしたときはただただ気持ち良かっただけでした。でも今回は音が響いて止まらない。違った気持ちよさがあります。
「何をしているんですか」
「どこを掃除しているのかってことかな。穴の中全体的にこびりついてる膜のような耳カスをとってるんだ」
「だからこんな音がするんですか」
「不思議と引き付けられる音だって言ってたよ」
耳の中の音だからでしょう、普通の音のはずが特別な未知の音になるんですよね。
普通だったからこそ気づく素晴らしさってあると思います。
例えば音楽を聴くとき、ヘッドホンをつけると細かな部分もしっかり聴こえてより魅力的になります。
例えばゲームをしているとき、ヘッドホンをつけると細かな物音も漏らさずわかりますから、耳エイムなんてこともできます。
銃撃戦ゲーでは耳エイムってかなり便利ですからね。
「さて普通の耳掃除は終了だよ」
「普通の?」
「ちょっと専門用具を使っていこうかな」
……コッコッコッ、コッコッコッ。
……パキパキ。
……メリメリ。
「お……おお…………はぁ」
「大きな塊がとれたね」
あまり見せないでください恥ずかしい。
あんな大きなのが私の中に入ってたなんて信じられませんよ。
フリュウさんが使っていたのはヘラのような道具。
解説をすると少しずつ塊にヘラを食い込ませ、塊を強引に引っこ抜いたようです。
「こんな大きなのがとれたんだ、少し耳の感覚が変わったんじゃないか」
「そういえばなんか透明感が増したというか、とれてから気づくさっきまでの異物感というか」
「だろ」
あとメリメリといったときの解放感が凄かったです。まるでかさぶたをとった時のような、ニキビから膿を吐き出させたような気持ちよさでした。
ささくれを抜きたい気持ちがわかる人にはきっと伝わります。もどかしさからの解放感が。
「じゃあ仕上げをいくよ」
「仕上げって、今度は何を使うんですか」
「これは音でわかるよ」
……シャリシャリ。
……パサパサ。
……シャリシャリ。
……パサパサ。
「はぁああ……ああ……はぁ」
「わかるでしょ」
「耳毛を剃ってますね」
「正解」
静かで眠くなる音でした。美容院で聞きなれた音なのですぐにわかります。
他人に髪の毛を触られるのって心地いいですよね、同じ感じです。耳の中を好き勝手させられているという不安はなく、安心できる響きをしてます。
全ての行程が終わりました。どれも魅力的な音ばかりで耳掃除大好きです。
堪能した、と同時に終わってしまったという微かな虚無感は相変わらずでした。
「ふぅ……はぁ……」
「息が荒いよ。そんなよかったのかな」
「すぅ……はぁ。荒くなんてありません」
「そ、そうか」
嘘です。目覚めかけました。
耳フェチにでもなってしまったようです。なんかその、耳で感じるっていい趣味しているのではないでしょうか。
膝枕から起き上がってフリュウさんを連れて部屋から出ていこう。夜は皆でゲームをするのがこの家の決まりですからね。
「ではフリュウさん、ゲーム部屋いきますよっ」
「え?でも……」
何かやることあるのでしょうか。私の手を繋いでくれましたが動こうとしません。正座したままです。
「まだ反対側の耳が……」
「……」
耳掃除には勝てなかったです。