魔王バースデー
はじめまして私はマティルダ。魔王です。
突然魔王とか言ってしまいましたが変な目で見たりしないでください。私は魔王だという自覚はありませんから。
人間と違って頭に角が生えてますがもう制御できます、容姿は全く変わりません。コンプレックスとしては名前と髪の毛です、子供のころマティマティと泣いていたからマティルダになったらしいですが、この名前のせいで学校では浮きまくりです。大好きなフリュウさんにつけてもらった名前なので気に入ってますが。そして深紅の髪の毛、自慢です。が学校では浮きまくりです。染めるのが禁止の学校なので黒くもできない、する気はありませんが。
それに私以上に変な目で見られそうな人たちが私の家族には何人もいますから。神とか神とか神とか。
「ただいまー」
「あ、テイルおかえり。準備は出来てるから早く着替えてきて」
「わかったミコトさん」
私はリビングに顔を出したらすぐに自分の部屋に入って制服から私服に着替える。今日は私の誕生日で誕生日パーティの準備のため忙しい。
そして変な目で見られそうな人の一人目が登場した。
ミコトさん。容姿は20歳前半で止まっている竜神で、常に家では巫女服を着用するというどう見ても変な人だ。けど中身は常識人なので慣れれば何てことなく付き合えます。
「おまたせしましたー」
「オッケ。どんなケーキにする?」
「そうですね、誕生日の定番ですし、白と赤のアレでいいんじゃないですか」
「イチゴのアレだよね?」
「イチゴのアレです」
私服の上から中学生の時に家庭科で作ったエプロンを着て、キッチンで待っているミコトさんのもとへ行く。ミコトさんは巫女服の上からエプロンという、やはり変な人だ。
キッチンにはケーキを作る材料が並べられている、家計はギリギリだと言うのに、むしろギリギリだからこそ手作りになるのだが。これ私がモンブラン作りたいとか言ったら作れないのではないか。
イチゴのアレで意思疏通をして私とミコトさんはケーキ作りに取りかかった。
「終わりましたね」
「はい!後はロウソクを16本立てて完成です!」
「ロウソクはギリギリで立てればいいですし、冷蔵庫入れますよ?」
「お願いします。フリュウさん喜んでくれるかなぁ」
「喜ばなかったら私がガツンと言ってやりますよ」
出来上がったのはイチゴとクリームのホールケーキ、ちゃんと意思疏通できていたようです。
私はワクワクしながらケーキが冷蔵庫に保存されていくのを眺める。これを見てどんな顔をしてくれるのか今から楽しみです。
あとミコトさんがフリュウさんにガツンと言うことは永遠にないでしょう。フリュウさんがこの世を破壊するくらいの大事になっても従ってそうです。
「片付けが終わったらゲームでもする?」
「ちょうど装備掘り周回したかったんですよ、手伝ってください」
「ふっふっふー、暇人主婦ゲーマーの力見せてあげるよ」
誰かの誕生日にケーキを作るのはもう恒例行事になっている、もちろん手こずるはずはない。ケーキ作りはとてもスムーズで特別片付けがめんどうなんてことはない。余った材料は誰かの誕生日にまた使われる。
それにしても、ミコトさんは本当に家で何をやっているのだか。フリュウさんはちゃんと仕事をして養ってくれて、ムラマサさんは破壊神の代行として仕事をしてるのに。
今家族全員でドハマり中のMMOゲームがあるのだが、ミコトさんだけ装備の値が段違いだったのを覚えている。
「本当にしっかり家事をやってるんでしょうね、サボってたらフリュウさんに言いつけますよ」
「べ、別にサボってなんかないから」
「本音は」
「皆しっかり者過ぎてやることが少ないもん……」
ゲームの電源を入れながらミコトさんはそんなこと呟いた。やることが少ないからゲームに時間を費やせるのだと。よし、私今日から少し悪いこになります。でも悪いこになってフリュウさんに迷惑をかけるのはダメだ。
たぶん全員そんな気持ちなのだろう。ミコトさんとムラマサさんはフリュウさんの部下、忠誠を誓う上司に迷惑をかけたくないのだろう。それはフリュウさんも同じで部下に迷惑をかけたくないのか。
やっぱりいい家に拾われた。私はラッキーです。
「じゃあ部屋作ってるから入ってきて?」
「はーい……ってこれ最大レベルじゃないですか……二人で行けます?」
「余裕だって、むしろヘイト管理に邪魔だからテイルは初期エリアから動かなくていいよ?」
フリュウさーん!やっぱりこの人サボってます!廃人です!
夜は皆でマルチプレイをしている、平日のゲーム時間はそこしかないはず、なのにいつヘイト管理とか行動パターンを頭に入れているのか。皆が必死に働いてる時間でしょう!
けど楽だし、こういう時は任せるのが一番です。
「終わったよ?」
「ふえ!?……速すぎでしょ……ソロ5分針って」
「ふっふっふー、これが研究に研究を重ねたRTAさんだよ」
胸を張っているミコトさんには申し訳ないがここでは自慢になりませんよ。胸も小さいしゲーマーも別に。
「一応参加したんでレベルも上がるし装備も貰えますが……」
「どうかした?」
「なんか申し訳ないし、退屈なので私も戦いますから!」
「えー、時間効率が落ちる」
「情を入れなさーい!」
情より効率を取ってしまったら人としても神としても終わりですよ!ミコトさん戻ってきてー。
「やったぁー!!」
「終わったぁー!!」
パラララッパラー。
やっと……お目当ての装備が……やってきました。たぶんこれが私の誕生日プレゼントですね。悲しい気もしますが。
同じボスを倒し続けるという苦行でしたが、ようやく実を結んだのです。性能だけでなく見た目も重視する、これこそやりこみ要素。
「やりましたねテイル!神武器ですよ!」
「はいミコトさん!ありがとうございます!」
「いえいえ、これでフリュウさんからもムラマサからも頼られまくりです!ふふふ」
「普段頼る立場ですからね、楽しみ……あれ?」
家族全員でゲームをするための専用の部屋、通称ネトゲ部屋。そこで私とミコトさんは健闘を称えあったのですが、なんか外が暗いのです。
ついついゲームに夢中になってしまったようです。
「ミコトさん、今何時ですか」
「ちょっと待ってて、今確認を」
「何パソコン明るくしてるんですか。またゲームは」
「しないって、時計確認してるの……あ……」
「どうしました?」
「……10時……です」
ミコトさんが顔をひきつらせ震えながら呟いた。
やってしまった……。
ゲームをしていると時間が過ぎるのが速いがさすがに速すぎる。それに普段ならフリュウさんが帰宅する声で時間はだいたい分かる。
ならなんで。
「とにかくリビングへ、誕生日パーティができなくなっちゃうよ!」
「なっ!?それはダメです!」
せっかく作ったケーキ、フリュウさんに食べてもらわないと。
大急ぎでリビングに走っていく。乱暴に扉を開けるとそこにいたのはムラマサさんだけ。
あれ?フリュウさんは?
「ムラマサ一人?」
「やっと来たか……情を優先するのは構わないが、時間を忘れるはどうかと思うぞ」
「あー……それはごめん」
「いいって、フリュウさん今日帰れないみたいだし」
リビングのソファに座ってTVを見ている成年は机に置いてあるスマホを指差して言った。
この家に住むもう一人の変な目で見られそうな人。
ムラマサさん。容姿がミコトさん同様に20歳前半で止まっている幻神で、だいたい和服を着ている変な人だ。こちらも中身は常識人なので問題ない。
それにしてもフリュウさんの帰りが遅い気が……え?帰れない?
「フリュウさん帰れないんですか?」
「あれ、テイルもミコトも見ていないのか」
「なんのこと?」
「これ」
『マティルダへ。
悪い、残業が入ってしまって今日帰れるかどうか分からない。誕生日パーティだが明日にするか俺抜きで楽しんでくれ』
なんですと……!
フリュウさん今日帰ってこれないなんて。
私はがっくりと肩を落とした。今日は私の誕生日なのに。
「軽い夕飯になるがコンビニでいろいろ買ってきたから、これで済まそうか」
「そうそうテイル、また明日お祝いしましょう」
「嫌です!私はフリュウさんが帰ってくるまで食べませんし寝ません!」
そう、今日は誕生日だ。それと私の誕生日は他の人と少し違う。
私は私が生まれた日を知らない。今日は私がフリュウさんに拾われた日なんだ。
私が祝われるのではなく、私がフリュウさんにありがとうを伝える日だ。
魔王の私を立派に育ててくれてありがとう……と。
だから今日じゃないと……フリュウさんに伝えないと。
私が祝われる日ならどれだけあと伸ばしにしても構わない、でもフリュウさんのはダメだ。
「全員寝落ちか、珍しいこともあるもんだな」
深夜の2時に帰宅、日付が変わってしまった、結局マティルダの誕生日には間に合わなかった。
全く、昨日は日課のゲームも出来なかった。
俺はリビングのソファで座りながら眠るムラマサとミコトを部屋に移動させた。そして必死に粘っていたのだろうか、机に伏せて眠るマティルダの隣に座った。
マティルダの前には手作りだと分かるショートケーキが二つあった。
俺のぶんだろうか。
「ありがとな……お詫びに大きめのホールケーキを買ってきたんだ、これで今日の誕生日パーティをやろう。遅れた俺を許してくれ」
マティルダの崩れた深紅の髪を整え、イチゴのショートケーキを食べた。ご馳走さま。
俺は買ってきたケーキを冷蔵庫にしまい、マティルダを布団に寝かせた。
さて、仮眠をとったらまた仕事だ。
まったく、社畜は辛い。