最近和食たべてないや
「フリュウさん、ミコトさん、学校行ってきます!」
「はーい。いってらっしゃい」
平日の朝のこの家は早い。俺は6時に起床し顔を洗ってからリビングへ向かいマティルダのお弁当をミコトと一緒に作る。
6時半にはマティルダが起きてくる。ほぼ毎晩夜更かしゲームをしているせいで寝ぼけ眼だ。
ちなみにムラマサは起こさない。
おっと、今日のマティルダは早いな。
「マティルダ少し待ってくれないか、すぐに準備整うからさ」
「は、はい。待ってます!」
本当にマティルダは可愛い。
制服にカバンといった日本の典型的な女子高生スタイルに加えて笑顔で接してくれる。
毎朝元気をもらえるよ。
急いでスーツに着替えて俺も出勤だ。
「ミコト、行ってくる」
「いってらっしゃーい」
「行ってきます」
通路にでてマティルダを探すとエレベーターをキープしていてくれた。ありがとう。
「お待たせ」
「大丈夫です。エレベーターも今きたところですから」
「なんか……デートの待ち合わせでよくあるやつみたいだな」
「デート……ですか」
「あ、例えが悪かったな、忘れてくれ」
マティルダが顔を少し背けてしまった!
そうだよな、家族とデートなんて聞いたことないもんな。
年頃の女子高生にデートなんて軽々しく言うのはマズかったか。
「……」
「……」
気まずい。
エレベーターは狭い個室だ、その個室にはどちらも話を切り出せないような空気が流れてしまった。
地上一階に到着するまでまだもう少しある、ここは何とかして話題を振らなければ。
「マティルダ」
「フリュウさん」
「え」
「あ」
なんでだぁ!
なんで同じタイミングで話を切り出そうとするの!?
「えっと……フリュウさん先どうぞ」
「たいした話じゃないからマティルダからでいいよ」
「私もたいした話じゃないので」
日本のゆずりあいの心って素晴らしい。
なんというか余計に話しにくい感じになってるじゃないか。
恥ずかしいけどとりあえず伝えるか。
「今日の弁当にマティルダが美味しいって言ってたハンバーグいれといたから」
「ふぇ!?」
「ふぇ?」
「え……そんなことですか」
「そんなことだ」
だからたいした話じゃないと言っただろう。
まさかお弁当の中身の話をするなんて誰が想像できようか。
「私もお弁当に何をいれたのかなーって聞こうとしてたんですよ」
「気まずい空気で咄嗟に思い付いたのがお弁当って、似た者どうしだな」
「ですね」
まさか二人ともお弁当の話を切り出そうとしていたなんて誰が想像できようか。
「あのハンバーグすごいんですよ。お弁当なので冷めちゃいますが、それでも中に肉の美味しさがつまってて」
「国産和牛のハンバーグだからね。国産だからどうとか知らないけども」
「高くないんですか?」
「3個入りで500円くらいだよ、それほど苦にならない金額だ」
お弁当というのは学校生活の楽しみだろう、その楽しみを冷えて固くなった食品で済ますなんて悲しいじゃないか。一般的には母親が工夫をしてくれているだろうが、マティルダには母親なんていない。なら親代わりの俺たちが冷えても美味しいものを提供してあげようじゃないか。
だが、まぁ別の問題もある。
「ただなぁ、そのハンバーグすごい焼くのに時間がかかる」
「そうなんですか?確かにけっこう分厚いので」
「お弁当サイズにしてある半面横に小さく縦に分厚くなっていてな。ハンバーグに15分くらいかかる」
「朝の15分って大変な手間じゃないですか」
大変だが仕方ない手間だ。マティルダの楽しみのために犠牲になっておくれ俺の毎日の15分よ。
「というより日本の食卓が海外に侵されてるのが問題なんだよ。今に始まったことではないが」
「それはどうにもできませんね、でも美味しければいいじゃないですか」
「まぁそうなんだが、作る側になると違うんだよ」
「えっ?」
マティルダが高校に入ってから給食がなくなりお弁当に変わった。
冷凍食品を使えばいいじゃないか。
逆に聞くが高校のお弁当を冷凍食品で済ませたいか?
俺の答えはNOだ。
今でも思い出す、マティルダが高校に入ってすぐの頃の朝食のドタバタを。俺も成長したなと。
「洋食は和食とまったく違っていてな、洋食では食材を途方もない時間をかけて加工するんだ、専門店とかだと日単位でな」
「そんな時間かけるんですか」
「逆に和食は新鮮こそ正義って感じで、加工作業は少なくして限りなく生に近いまま提供したい」
「魚介類とか特にそうですね」
ほんと日本人は生が好きだよな。
生ビールの生ってどういうことなのか全然わからないが、とりあえず生つけとけって業界なのか?
生ビールの生の意味を知ってる日本人って少ないと思うんだ。
とりあえず話を戻そう。
「じゃお弁当に向いてるのはどっちだと思う」
「洋食しかないですね」
「だから手間がかかるのは仕方ないんだよ」
「なるほど」
誰かの手間なしに世の中回っていかないからな。
マティルダがしっかり勉強して楽しく学校生活できるなら手間なんて気にしていられないよ。
「天ぷらとかお弁当に入れればいいじゃないですか?」
「残念だが油が冷めてギトギトになるぞ」
天ぷらのよさは衣にあると思っている。その衣がヘニョヘニョになってしまうのだ、なんか嫌だよな。
「お弁当のついでに朝食も作るからな、朝食で和食なんて無理だしお弁当で和食も無理だ」
「フリュウさんってほんとに日本人って感じですからね」
そりゃあ日常的に和服を着てるようなやつだからな。
「久しぶりに和食食べてみたいもんだね」
「……」
社員食堂前。
「よう破壊神、ぼっちか?」
「アラステッドか、ぼっちだが言い方を考えろ。それとここではフリュウと呼べ、神の関係者だけじゃないんだぞ」
「悪ぃ悪ぃ、ついつい癖でな。一緒に昼どうだ」
「いいだろう」
金髪をかきあげたチャラチャラしてやつ、一目で誰だかわかる。
相変わらずふざけた男だなアラステッドは、そんなんで天罰神が務まるのか心配になる。
俺の働いている会社クリスタは自動車、ゲーム、ロボット、セキュリティなどあらゆる分野で最先端をいく大企業だ。
それもそのはず、神と繋がっているからな。
ちなみに会長はレイティアだ。
「フリュウは何頼むんだ」
「俺は天ぷら定食にしたかったが……ここ最近天ぷらがねえ」
「なんでもエビの不漁らしくてな」
「食事くらい好きなの選ばせろってんだ」
仕方ないか、別のやつを……あれ。
「海鮮丼ももちろん」
「魚介類は全滅だとよ」
だよなぁ。
「俺はいつもカツカレーだが、フリュウはどうする」
「和食も全滅って、ここほんとに日本かよ」
「日本だ。そんなに和食食いてえなら店いけばいいじゃねえか帰りに」
気軽に言ってくれるなよ天罰神。俺の家計に外食できるような余裕はないんだよ。
「おごってくれるなら行く、それに作って待っててくれるミコトに申し訳ない」
「従者なんか連れてくるから生活に余裕がねえんだよ」
だってにぎやかなほうが楽しいじゃん。
生活費に余裕がなくなっても寂しいよりはいいだろ。
俺としては一人で永遠に生きるような神の思考は理解できないんでな。気の合う仲間や家族ってのは絶対必須だぜ。
「そうだよ余裕がねえんだよ!アラステッド、お前晩飯一人で食べるの寂しいだろ?食材持ってきてうちで食べようぜ」
「前向きに考えておこう」
やっぱお前寂しいんだろ?
構ってほしくて夜中に窓ガラスから入ってきやがったもんなぁ?
「で、フリュウは何にするんだよ。俺が払ってやっから」
「ここに神がいる……」
「実際神だからな、はよ答えろ」
「カツカレーと焼肉定食で」
「遠慮しろよ」
だって俺永遠の17歳だから、つまり永遠の成長期なんで、永遠の食べ盛りなんだよ。
「やっぱ和食食いてえな」
「おごってやったんだから文句言うなよ」
「文句なんて誰が言うか」
ふぅ。今日も1日疲れたな。
机仕事で座りっぱなしだし、ちょっとマッサージとかしてほしい。
エレベーターから踏み出してうちの明かりが見えた。
安心する。疲れも吹っ飛ぶような家族が待っている。
「ただいま」
「お帰りなさいませ!ご主人様!」
え?
ここほんとに俺の家?
家の扉を開けたら突然マティルダからメイドカフェみたいな言葉が飛び出した。
でもマティルダはメイド服ではなく和服だ。花柄の可愛らしい桃色の和服だ。
「……どうした」
「……えっ……あー……」
マティルダ、言ってから恥ずかしがらないでくれよ。
たぶんこれマティルダの黒歴史に永遠に刻まれるぞ。
「ちょっと!?違うよマティルダ!」
「だってミコトさんが『ご主人を出迎える日本の女性』って言うから!」
「それ日本の女性じゃないよ!?」
「日本ですよ!」
「日本でもごく一部にしか生息していない女性だよ!和服を着てるんだから察してよ!」
「じゃあミコトさんがすればよかったじゃないですか!フリュウさんの前でやりたくないからって!」
喧嘩が始まってしまった。
ほかっといても仲直りするだろうが、帰っていきなり二人の関係が悪化していたら安心して休めないな。
とりあえず止めておくか。
「ただいまマティルダ、ミコトも、似合ってるよ」
「ふぇ!?……ありがとうございます」
「そうかなフリュウさん。……マティルダ続き」
「あっ……はい!こちらへどうぞ!お客様がお待ちです」
喧嘩はまぁ簡単に止められた。それはよかった。
で、客って誰だよ。
「ずいぶんと仕事熱心だな破壊神は」
「やっぱりお前か天罰神」
「どうぞこちらへ、荷物は私が預かります」
テーブルにはアラステッドが座っていた。どうやら俺を待っていたらしい。
ムラマサが椅子を引いてくれて荷物も持っていってくれる。
なんか、三人ともどうしたんだ。
「御注文が決まりましたらキッチンに向かって叫んでください」
「叫ぶのか……お店の再現かと思ったら突然家庭的だな」
「だって近いですし」
マティルダがお品書きを持ってきてくれた。
天ぷらしかないじゃないか。
「約束したからな、食材もってきてやったぞ。さぁ叫べ」
「……天ぷら2人前」
いいサプライズじゃないか、ありがとう。
しばらくすると天ぷらが運ばれてきた。
エビ天はもちろんとして、カボチャにミョウガにシイタケ、あとよくわからない山菜。
少し欠けている食材もあるし、ミョウガってなかなか食べる人少ないんじゃないかな。
「美味いな、暇があったらまた食材もってきてやるから作ってくれよ」
「ほんと美味しいよ」
「やりました」
「イエーイ」
「ああ」
キッチンではマティルダとミコトがハイタッチして、ムラマサが静かに笑って頷いている。
「そうだフリュウさん、私の作った天ぷらわかります?」
「もちろんだとも。どうせこれだろ」
そう言ってエビを口にいれる。
美味しいぞ、形はあれだが。
「下手くそだからすぐにわかったよ」
「なんですとー!」
料理初心者がエビなんかにチャレンジするからそうなるんだよ。
ま、美味しければ問題ないんだろ。
なんか微笑ましくていいじゃないか。
「ありがとうな」
久しぶりの和食がこれでよかった。
お店に向かってたらこんな美味い天ぷら食べられないからな。