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第七話 猫のおひげ亭

 エマさんに連れられ、俺は裏通りにあるという彼女の宿へとやってきた。


 二階建ての、こじまんりとした宿屋だ。


「ようこそ、『猫のおひげ亭』へ」


 満面の笑みでエマさんが言って、店の中へ入っていく。俺も後ろに続いた。


 店内は、がやがやと騒がしい。


 どうやら一階部分は、酒場になっているようだ。


「こっちへどうぞ」


 エマさんに案内され、俺は奥のカウンター席に座る。


 ……なんだか他の客――特に冒険者風の男たち――から睨まれているような気がするな。どうでもいいけど。


「なにか食べたいもの、あります?」


 カウンターの向こうから、エマさんがそう訊いてくれる。


 困った。俺はこの世界の食べ物のことを、まったく知らない。


 それとなく他の客のテーブルに視線を走らせる。


 うーん、あんまり元の世界と料理なんかは変わらない感じ……かも?


 茹でた麺にソースがかかったパスタみたいなものとか、スープ、ステーキ、ミートパイっぽいものなんかが並んでいる。


 ただ注文しようにも、料理の名前がわからん。


「じゃあ、おすすめを」


 とりあえず、そんな感じで濁しておく。


「わかりました、ちょっと待っててくださいね」


 そう言うと、エマさんは厨房へと消えていった。


「遅いぞ、店主。ちょっとそこまで買い出し行くのに、どれだけ時間かかってるんだ」


「ごめんごめん、途中でタチの悪い冒険者さんに絡まれちゃって……」


「なにっ!? ……大丈夫だったのか?」


「うん、通りすがりの人が助けてくれたから。それでね……」


 厨房から、そんな会話が聞こえてきた。

 俺はカウンターから、厨房の奥を覗き込む。


 エマさんと話しているのは……たぶん料理人だろうか。頭にコック帽みたいなのかぶってるし。

 性別は……たぶん声からして女性だ。犬っぽい顔をした獣人だから、パッと見じゃわかりづらいけど。



 しばらく待っていると、エマさんが料理を運んできてくれた。


「お待たせ、シロウさん」


「ありがとうございます……おぉ」


 俺の前に置かれた皿には、具材たっぷりのソースと絡めたパスタっぽい料理が山盛りのっている。

 見た目的には、ナポリタンって感じ。


「い、いただきます!」


 やっとありつけた異世界初の食事だ。

 俺はフォークを手に取り、麺の山を崩しにかかった。


 フォークで麺を巻いて、口の中に入れる。

 うん、美味い。


「どうですか?」


「おいしいです、すごく」


「ふふっ、よかった……って、私が作ったんじゃないですけど」


 エマさんが、ぺろっと小さく舌先を出す。くそ、かわいい。


「シロウさんは、異国のかたなんですよね?」


「え、まぁ……そうですね」


「ちなみに今夜の宿は、お決まりですか?」


「いや、まだですね……」


 野宿するしかないよなぁ、もう。


「よかったら、うちに泊まっていきません?」


「そうしたいとこなんですけど……実は今、無一文で……」


 なはは、と俺は頭をかく。


「なに言ってるんですか。助けてもらったお礼ですよ。お代はいただきません」


「……ほ、本当ですか?」


「ええ」


 ふんわり微笑むエマさん。


 なんてこった……ここにも聖母が!


 もう俺は泣きそうだ。


「そ、それじゃあ、お言葉に甘えて……」


「はい、後でお部屋に案内しますね」


 そう言って、エマさんは仕事にもどっていった。

 俺は食事を再開する。

 ふと、近くにいる客の会話が耳に入ってきた。


「そういや近々、騎士団がプリムス砦に攻撃を仕掛けるそうだぜ」


「あぁ、魔王軍に奪われた砦だろ? そのために王都から精鋭部隊が派遣されてきたらしいじゃねえか」


 ……騎士団か。

 俺の頭には、リーゼさんの顔が思い浮かんでいた。

 リーゼさんも、なんたら砦とやらを奪い返す戦いに参加するんだろうか。


 なんか心配だ。明日、前線基地ってところに会いに行ってみようかな。


 そんなことを考えながら、俺は食事を続けた。




 食事のあと少し休んでから、俺はエマさんに宿屋の二階部分にある客室へと連れて行ってもらった。


「簡易的ですけど、お風呂もありますよ」


 とのことなので、ベッドで休んでから入浴した。


 その風呂がまた、本当に簡易的だった。


 大きな桶に、お湯を張っただけのものだ。

 それでも十分、リフレッシュできたけど。


 というかタダで泊めてもらっているのだから、文句を言ったらバチが当たる。


 部屋にもどると、俺はすぐ床についた。

 こうして、俺の異世界転生初日は終了したのだった。



        ◆



 夜が明けた。


 身支度を整えてから部屋を出て、一階の酒場におりる。

 酒場はすでに、他の客でにわかに賑わっていた。


「おはようございます、シロウさん」


 さっそく、エマさんがにこやかに出迎えてくれた。癒される。


「昨夜はよくお眠りになられましたか?」


「はい、まあ……」


 実は、あんまりよく寝た気がしないのだけど。


 原因は、俺のチートスキルだ。


 たしか〈シャロウ・スリープ〉だったか。


 どうも俺のチートスキルは、俺が眠ると自動的に発動してしまうらしい。


 つまり俺は一晩中、周囲の様子を知覚しながら眠ったわけだ。


 まぁ、感覚的には夢みたいなものなんだけど……どうにもなれないせいか、違和感が残る。


 なんとかスキルを発動させずに眠れるようにできないもんか……それより先に身体がなれてしまいそうで怖いが。


「シロウさん。朝ご飯、食べますよね? ……あ、もちろん奢りですよ?」


「いや、さすがにそこまで甘えるわけには」


「遠慮しないでください。シロウさんには、とっても感謝しているんです」


 いいから待っててくださいと告げて、エマさんは厨房へ入っていった。


 ありがたいけど、なんか申しわけないよなぁ。この恩はいつかきっちり返そう。


 エマさんに言われたとおり、俺は大人しく待っていようとカウンター席に腰かけた。

 ちょうどそのときだ。


 バンッ、と宿屋の扉が乱暴に開かれ、ひとりの男が駆け込んできた。


「た、大変だ! 騎士団の前線基地が魔王軍に襲撃されてるってよ!」


 駆け込んできた男がもたらした報せが、宿の客たちの間に動揺を走らせる。


「ほ、本当かよ! いよいよこの街もやばいんじゃないのか︎!?」


「なぁに、王都から精鋭部隊がきてんだろ? だったら魔王軍なんざ、返り討ちにしてくれるさ」


 ……大丈夫かな、リーゼさん。

 

「シロウさん、お待たせしました……って、あら? なんだか騒々しいですね?」


「エマさん!」


「は、はいっ︎!?」


 朝食を運んできたエマさんの手を、カウンター越しに掴む。


「な、な、シロウさん……そんな大胆な……でもシロウさんなら……」


 なにやら赤面しながらもにょもにょ言っているが、今はそれどころではない。


「エマさん」


「は、はい……」


「騎士団の前線基地って、どこにあるかわかりますか?」


「はい?」


 なんかエマさんが、すっごい白けたような表情になってる。どうしたんだろう?


「街を出て、南西の方角だったと思いますけど……」


「ありがとうございます!」


「あっ、ちょっと朝ご飯は︎!?」


 エマさんの声を背に、俺は宿屋を飛び出した。

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