第六話 クズと美女
ギルド一階の受付で、俺は愕然としていた。
冒険者になるには資格が必要で、しかも次回の試験は約一年後まで行なわれないらしい。
もちろん資格がなければ、ギルド発行の依頼は請けられない。
「ここだけの話、資格を持ってない野良の冒険者もいるにはいるにゃ。けど、犯罪に関わるような仕事が多いみたいだし、報酬もかなり足元見られるそうだから、おすすめはしないにゃ。大人しく、一年後に試験を受けるにゃ」
「そんなに待ってられるかよ……」
「……すぐにでもお金が必要なのかにゃ?」
「まぁ、わけあって無一文なもので……宿もないし」
猫耳受付嬢が唇に指を当て、うーんとなにやら考える。
「よかったら、私がどこか住み込みで働ける場所を紹介しようかにゃ? もちろんギルドの依頼に比べたら、ものすっごーく報酬は低いけどにゃ。人間、真面目に地道に働くのが一番かもしれないにゃ」
「お、お姉さん……」
なんて優しいんだ。
俺の胸は感動に打ち震えていた。
受付嬢の温かな心が、染み入るようだ。
目の前にいる猫耳のお姉さんが、まるで聖母さまのように見えてきた。
ああ、後光がさしている……
――しかし、だ。
「だが断る」
「なんでにゃ!?」
「俺は普通になんて働きたくないっ!」
「こいつ最低にゃ!?」
なんとでも言ってくれ。
どうして異世界に来てまで、地道に働かなきゃいけないんだ。
浪漫がなさすぎる!
「さよならっ!」
「あっ、待つにゃ!」
俺は逃げるように冒険者ギルドから走り去った。
◆
「ああ、アホか俺は……」
リベルタスの夜道を、俺は途方に暮れながら歩いていた。
受付嬢の厚意を無下にしてしまったことを、いまさらながらに悔やむ。
「まじでどうしよう……」
このままじゃ、野宿決定だ。
「……あれ?」
とぼとぼ歩いているうちに、俺はいつの間にか大通りから外れてしまっていたらしい。
なんたが怪しい雰囲気の漂う裏通りに迷い込んでしまった。
「ちょっと、やめてくださいっ!」
ん、なんだ?
どこからか、女性の鋭い声音が俺の耳朶に響いてくる。
声がしたほうに足を運ぶと、そこには――
「へっへっへっ、いいじゃねぇかよ、エマちゃーん。俺たちと遊ぼうぜぇ?」
うわー、わっかりやすいクズっぽい男がいる。
「嫌! はなしてください!」
なんというか……むさい男三人に囲まれている美女を発見してしまった。
男のうち一人が、エマと呼ばれた美女の腕を無理やり掴んでいる。
近くに酒場あるっぽいし、たぶん酔払いなんだろうなー、あの男たちは。
なんというか、お約束な感じではあるけど。
ほっとけないよなあ。
「おい」
俺は男たちと美女に近づき、声を投げかけた。
両者の視線が、一気にこちらへ集まる。
「あぁ、なんだテメーは……? なんだか知らねぇが妙な格好しやがって。異国のやつか? ガキはすっこんでろ!」
美女の手を掴んでいる男が、そう凄んでくる。
「そうだそうだ! オイラたちゃ、冒険者さまだぞ!」
別の男がそう声高に発した。
なんというか、いかにも下っぱといった感じのやつだ。よし、下っぱAと呼ぼう。
しかしなるほど、冒険者か。
宿屋のおばちゃんがロクでもないとか言ってた気がするけど……こういうやつらのことを指してんだろうな、きっと。
「おい聞いてんのかよ、小僧ォッ!」
また別の男が、なんかわめいてる。
うん、こいつは下っぱBだな。
「あ、ごめん。聞いてなかった」
「テメー、舐めてんのかコラァ!」
おー。美女の腕を掴んでる男がブチ切れてる。たぶん、こいつがリーダーだな。
リーダーは青筋を立て怒りながら、俺まで詰め寄ってきた。
その後ろでリーダーが手ばなしてしまった美女を、すかさず下っぱ二人が確保してる。
抜け目ないなあ。
「テメー、覚悟はできてんだろうなぁ?」
俺の前に立ち、リーダーは酒くさい息を吐きながら言った。
冒険者というだけあって、なかなか鍛えられた身体つきをしている。
ただ、装備はしょぼい感じだ。
なんか安そうな皮の鎧に、武器は使い古していそうな剣を腰に提げている。
下っぱたちも似たような出で立ちをしていた。
「なに黙ってんだコラ、いまさらビビっても遅いんだよ」
「おえー……酒くさい。喋らないでくれます?」
これみよがしに顔をしかめ、俺はリーダーを刺激してやる。
「て、テメェ……もうブッ殺す!」
腰の剣を抜き、リーダーは俺に斬りかかってきた。
こいつ短気すぎるだろ。いや、狙い通りなんだけど。
「おらぁぁぁぁっ!」
幅広の剣が、俺に向かって振り下ろされる。
俺はまったく微動だにせず、リーダーの斬撃を真正面から受けた。
バキンッ!
俺の身体に刃が届いた瞬間、そんな音を立ててリーダーの剣が折れた。
いやー、この異常な防御力、便利だなあ。
「んななぁぁぁぁっ⁉︎」
「ひょんげぇぇぇぇっ⁉︎」
驚愕するリーダーと下っぱたち。
なんかちょっと愉快だな、こいつら。
「まだやる?」
「ぐぐぐぐ……くそっ! 覚えてやがれ! おい、行くぞテメェら!」
「へっ、へいっ!」
「オ、オイラを置いてかないで!」
すたこらさっさとリーダーと下っぱたちが逃げていく。
しっかし、いかにも小悪党って感じの捨て台詞だったな。
「あ、あの……」
「ん?」
冒険者たちが走り去っていくのを眺めていたら、横から声をかけられた。
「ありがとうございました」
そう頭を下げたのは、冒険者たちに絡まれていた美女だ。
胸の辺りまである、まっすぐな栗色の髪。年齢は、俺より上っぽい。二十代前半ぐらいだろう。
それよりなにより目を奪われるのは……
たゆん。
と、揺れる立派な胸元である。
こりゃあ、男に絡まれるわけだ。
「あー、怪我とかないですか?」
「ええ、大丈夫です」
にっこり微笑む、お姉さん。
「そりゃよかった」
「私は、エマといいます。近くで宿屋を経営している者です……貴方は?」
おお、若き女主人きた!
「俺はシロウです。一応、旅をしているという設定で……」
「設定、ですか?」
首を傾げるエマさん。たゆん。
「や、今のは気にしないでください」
「はぁ、わかりました。……そうだシロウさん、もう今夜の夕食はお済みですか?」
「いえ、まだですけど……?」
「あら、よかった。それなら、うちで食べていきません? 助けてもらったお礼に奢っちゃいま……」
「ぜひお願いします!」
俺は食い気味で即答していた。