第三十五話 二人目の転生者
メルジーネは愉快そうに、あの少女――義妹の正体について語りはじめた。
〈能力封殺〉は義妹のスキルであり、あの子こそが転生者なのだと。
俺と同じ、別の世界から転生した存在。
「あの子が道具だっていうのは、どういう意味だ?」
「え、そのまんまだけど?」
メルジーネは俺の疑問が馬鹿げているとでも言いたげだ。
「アタシが使ってあげてるのよ、スキルしか能のないあの子をね」
「お前……」
「……抑えろシロウ」
固く拳を握りしめた俺に、イングさんが囁いた。
わかってる。
むかつくけど、ここは落ち着こう。
なにせメルジーネに危害を加えたら、義妹の命が危ないとかなんとか言ってたし。
本当かどうかはわからないが……
「なぜ少女をシロウや私たちに接触させた? まさか偶然ではないだろう?」
「ええ、もちろん。アタシの差し金よ」
しれっと答えるメルジーネ。
「あの子のスキルはね、あの子自身が相手の名前と顔を直接『見る』必要があるの。それが〈能力封殺〉の発動条件だから」
顔はともかく、名前を見るってどういうことだ?
あれかな。死○の目みたいに、頭上に名前が見えるとかかな。まあいいけど。
「でも、貴方たち……というかシロウちゃんに懐いたのは嬉しい誤算ってやつね。こうして盾として役に立ってくれているんだから」
「こいつ……最悪ね」
レオナが吐き捨てるように言う。
まったくもって同感だ。
「さあ、出てきなさい!」
天幕に向かって、メルジーネが呼びかける。
「ほら、早く出てきなさい! じゃないとみーんな殺しちゃうわよー?」
天幕から、リーゼに支えられた義妹が姿を現した。
やはり息が荒く、頬には汗が伝い、かなり辛そうな様子だ。
「あら、随分とへばってるじゃない。ちょっとスキルを連発しすぎたかしら?」
苦しそうな義妹を目にし、メルジーネは肩をすくめる。
「でもま、まだイケるわよね。さ、早く〈能力封殺〉を発動させなさい」
「そんな無茶です! これ以上、負担になるようなこと……!」
そう声を上げたのは、義妹を支えるリーゼだ。
「雑魚は黙ってなさい」
メルジーネがリーゼを睨み、殺気を飛ばす。
「なんなら、貴女から殺しちゃおうかしら」
「……望むところです」
まったく臆さず、リーゼはメルジーネを睨み返す。
「……ま、まって。わかったから。スキル、使うから……」
苦しげに、義妹が口を開く。
「だから……おねがい。お兄ちゃんたちは見逃してあげて……」
「……ま、いいわよ。この先アタシの邪魔をしないなら、この場にいる人たちは見逃してあげる。取引ってやつね。念のために能力は封じさせてもらうけど。さぁ、早くしなさい」
「うん……」
義妹は瞳を閉じ、息を吸う。
すると義妹の全身が淡く輝きはじめた。
このままじゃ、また〈能力封殺〉が発動されてしまう。
俺は義妹の腕をそっと掴んだ。
「お、お兄ちゃん?」
「なんでだよ」
「え?」
「なんだって、あんなやつの言いなりになってるんだよ」
俺はメルジーネを指さしながら、義妹に問い質した。
「んまー、シロウちゃんてば失礼しちゃうわね。お姉さん泣いちゃう」
「勝手に泣いてろ」
「んふふ、冷たいんだから。……ねえ、シロウちゃんに教えてあげたら?」
メルジーネは目を細め、義妹にそう促す。
「それは……」
だが義妹は顔を伏せ、口を閉ざしてしまった。
「あらら……しょうがないから、アタシから話してあげるわ」
なんかこいつ、説明するのが好きなんじゃないか?
◆
メルジーネの口から語られた義妹の事情を簡単に纏めるとこうだ。
義妹は魔族に転生した元人間……だそうだ。
両親は不明で、まだ赤子だったころに捨てられているのをメルジーネに拾われたらしい。
数年経過したころ、メルジーネは義妹が持つ能力――そして義妹が転生者であることに気がついた。
当時、魔王軍の雑兵にすぎなかったメルジーネは、義妹の力を利用することによって今の立場……師団長まで成り上がった。
どうして義妹は、大人しくメルジーネなんかに従っているのか。
拾ってもらった恩義も、多少はあるのだろう。
だけどそれ以上に、義妹は『あるもの』が欲しくて、というより知りたくて、メルジーネの言うことを聞いているみたいだった。
「――その子にはね、前世の記憶がないのよ。その子は自分が何者なのか知りたいみたい。アタシはね、それを知っている……だからアタシが目的を達成するまで力を貸せば、教えてあげるって約束したの」
「目的だ?」
「そ、アタシはね……魔王軍の頂点に君臨したいの」
ドヤ顔でメルジーネはそう語る。
なんというか……わかりやすい目的だな。
とにかく、どうして義妹がメルジーネの言いなりになっているのかは理解した。
理解したけど、なんか胡散くさいんだよなぁ……。
「さ、もういいでしょ。さっさと〈能力封殺〉を発動させてちょうだい」
「……ほんとに、お兄ちゃんたちは傷つけない?」
「なによ、疑ってるの? あんたを育ててやったこのアタシを?」
メルジーネの口調に、苛立ちが見えはじめる。
「はぁ……ま、いいわ」
メルジーネがうっすらと酷薄な笑みを浮かべる。
「どのみちシロウちゃんたちは、アタシに手出しはできないんだから。〈能力封殺〉なんてナシでもね」
メルジーネは自信満々にそう豪語する。
「もしアタシが死ねば、その子も死ぬことになる……そういう呪いをかけているの」
「なるほどね……どこまでも外道だな、あんた」
「んふ、ありがとう」
「褒めてねーよ……」
「あら、魔族的には最高の賛辞よ?」
ああ、そう……。
どうでもいいや。
「なあ……本当にそんな呪いってあるの?」
俺は小声で、仲間たちに訊ねる。
「わからん……私は聞いたことがない」
「あたしも知らないわ」
「すいません、わたしもです……」
誰も答えを持っていないようだ。
もしかしたら魔族が使う禁忌の魔法には、そういうものがあるのかもしれない。
しかし、どうにもメルジーネの話からは疑惑を拭えないんだよな……。
なんというか、都合が良すぎるというか。
なにか嘘をついているような気がしてならない。
ただの直感だけど。
……もし、相手の嘘を見破れるような能力が俺にあれば――
そのとき、俺の脳内で『なにか』が弾けた。
あ。この感覚、久しぶりかも。




