第三十三話 追撃の魔女
爆炎をともなったレオナの槍による刺突が、メルジーネの胸を貫いた。
「――やった!」
たしかな手ごたえを感じたのか、レオナは快哉を上げるが――
槍で刺し貫かれたメルジーネの身体が水の塊に変化し、飛沫を上げながら弾けた。
「ざんね~ん。今のは水の魔法で作った傀儡でしたぁ~。あはっ、おっかし~」
せせら笑うメルジーネの声が辺りに響く。
「どこに消えたのよ!?」
レオナは素早く周囲に視線を走らせる。
「後ろだ、レオナ!」
そう叫んだのはイングさんだった。
声を上げると同時、レオナの背後に出現したメルジーネに猛然と斬りかかる。
魔力の雷を帯びたイングさんの斬撃が、メルジーネを正中線から真っ二つにするが――二つに分かれたメルジーネの肉体は、水の塊になって爆ぜた。
「ちっ」
イングさんは忌々しげに舌打ちをこぼす。
「それも傀儡でしたぁ~。本物はこ・こ」
嘲りを吐きながら、メルジーネはイングさんとレオナの正面に姿を現した。
といっても、本当に本物なのかはわからないけど。
「はぁ、なんだか思ったよりも退屈ね」
これみよがしに肩を落としながら、メルジーネはそんな台詞を口にする。
戦闘開始から数分。イングさんとレオナは、メルジーネによって弄ばれていた。
くそっ、なにもできない自分が腹立たしい……。
相変わらず俺の能力は封じられたままだ。
「うーん……貴女たち、もういいわ」
なにげない口調で微笑を浮かべながら、メルジーネはパチン、指を打ち鳴らした。
次の瞬間――
「なにっ……」
「ちょ、なんで!?」
イングさんの装備一式が首飾りに、レオナの槍が指輪にと、その姿を変えてしまった。
間違いなく〈能力封殺〉だ。
「ふふっ、なにもチートだけを封じる能力じゃないのよん。精霊魔法に禁忌の魔法……ありとあらゆる『能力』を封じる……それが〈能力封殺〉ってわけ」
なんだよそれ。本気でチートじゃないか。
――けど、なにか弱点があるはず。あるいは使用条件とか。
好き放題に相手の能力を封じられるなら、メルジーネが師団長なんかに収まっているのは、なんか変な気がする。
それこそ魔王に取って代わることだってできそうなものだ。
まぁ、魔王に心酔してるとかなら話は別だけど……
今はそんなことはどうだっていい。
ともかく、なんとか突破口を見出さないとマズイぞ。
「シロウ、レオナ、ここは私に任せて逃げろ」
イングさんが決然と俺たちに告げる。
「ひとりで格好つけないでよ、隊長。あたしも残る」
「じゃあ俺も」
「お前らな……」
「あははははっ」
俺たちのやり取りを見ていたメルジーネが、腹をかかえて笑い出した。
「ふふ、安心して。三人仲良く逝かせてあげるから」
ひとりも逃がしはしない――と、メルジーネの嗜虐的な目が暗に語っている。
マジでこれ、どうしよう。
能力を封じられた俺たち三人は、思わず顔を見合わせた。
三人が一斉に、バラバラの方向へ逃げる――なんとなく、考えが通じ合った気がした。
俺、イングさん、レオナは、無言でうなずき合う。
バラバラに散れば、全滅は免れるかもしれない。望みは薄そうだけど。
「それじゃあ、愉快な女騎士さんとシロウちゃん、さようなら~」
メルジーネが俺たちへと手をかざす。
その手に魔法陣が浮かび上がり――
いきなりメルジーネが口から血を吐き出した。
「かっ……はっ……え?」
メルジーネの背後に黒い影がゆらりと現れる。
その影は、メルジーネの腹部に剣を突き立てていた。
「だ……だれ……?」
瞠目しながら、メルジーネは背後を、自らを刺し貫いた相手を確認する。
「……こんにちは」
囁くような声で場違いな挨拶を口にした黒い影の正体――俺はその人物と、一度だけ会ったことがある。
「あれは……」
たしかプリムス砦にいたときに少しだけ顔を合わせた、存在感の希薄な女騎士だ。
「副隊長、いたの!?」
レオナが驚きの声を上げる。
え、あの人、副隊長なの?
「さすが影が薄いだけある。見事に敵の不意を突いたな!」
よくやったぞ、とイングさんは嬉しそうにガッツポーズする。
もうそれ褒めてんのか貶してんのか、わかんねーな。
「……今のうち、隊長、レオナさん、シロウさん……は、逃げてください……」
副隊長の後ろには、さらに数名の騎士たちが控えていた。
「……ここは、私たちが食い止めます……」
ぼそぼそとした喋り方で言いながら、副隊長はメルジーネを羽交い締めにする。
「……すまん、頼んだぞ」
口惜しそうに唇を噛みながら、イングさんは副隊長に背を向けた。
「シロウ、レオナ、一時撤退だ」
「……了解」
不承不承といったふうに、レオナがそう返す。
俺たちは忸怩たる思いで、戦場を後にした。
◆
野営地へと帰還した途端、慌てた様子のリーゼが俺たちのもとへ駆け寄ってきた。
「来てください、大変なんです!」
俺の手を掴み、天幕へと引っ張っていく。
中に入ると、リーゼが慌てていた理由はすぐに判明した。
天幕の中央に敷かれた寝床に、義妹が仰向けに横たわっている。
その息は荒く、とても辛そうな表情を浮かべていた。
まるで高熱でもあるような――
そっと義妹の額に手を触れてみる。
……やっぱり、かなり熱い。
「おい……いったい、どうしたんだ?」
「わ、わたしにもわからないんです。シロウが戦場に行ってしばらくしてから、急に苦しみだして……」
問いかける俺に、リーゼは力なく首を横に振る。
原因不明……らしい。
なんなんだ、どうなってるんだ。
「……シロウ、こんなときになんだが、我々はこの場をどう乗り切るか考えねばならない。少女のことも心配だが……」
イングさんが俺の肩に手を置き、静かに語りかけてくる。
――そうだ。メルジーネをなんとかしないと。
あいつはきっと、この野営地まで追いかけてくる。
だけど、どうすればいい。
やつの〈能力封殺〉にどうやって対抗すれば……
そのとき、天幕の外から騒然とした気配が伝わってきた。
「なんだ?」
イングさんが警戒するように表情を強張らせる。
「……まさか、もう追いついてきたんじゃない?」
レオナが不安になるようなことを言う。
「さ、さすがにそれは、いくらなんでも早すぎるんじゃないか?」
俺の言葉は、自分でもわかるぐらいに空々しかった。
「……リーゼは少女を頼む」
「は、はいっ」
「レオナ、シロウ、外の様子を見に行くぞ」
イングさんに無言の首肯を返し、俺たちは天幕の外に出た。
外に出ると案の定、野営地にメルジーネが攻め込んできていた。
応戦するイングリット隊の騎士たちが、次々と倒されていく。
しかし、騎士たちを薙ぎ払っているのはメルジーネ本人ではなかった。
メルジーネを取り囲み、守護するかのような存在が数名――そいつらが騎士たちと戦い、蹴散らしている。
そしてそいつらは――どういうことか、こちら側と同じくイングリット隊の騎士だった。
なぜか、イングリット隊の騎士同士が争っている。
「どういう状況だよ、これ……」
俺は呆然とそう呟く。
野営地は、混乱の極みだった。
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