第三十二話 〈能力封殺〉
突然、スキルが解除されてしまった。
いったい、俺の身になにが起こったのか。
メルジーネがなにかを仕掛けてきたのは間違いないんだろうけど。
「おい、なにしやがった」
そんな簡単に教えてくれはしないだろうと思いつつ、俺は一応メルジーネに問う。
「ふふ、これがアタシの切り札」
あ、教えてくれるんだ?
「チートを封じるチート……その名も〈能力封殺〉よん」
なぜかメルジーネは身体をくねらせ、俺に向けて投げキッスをよこす。
そういうのいらないんだけど……。
チートを封じるチート?
なんじゃそりゃ。本当にチートじゃねぇか。
いや……そんなことより、ちょっと待て。
「メルジーネ、あんたも『そう』なのか?」
「んー、なにかしら?」
おかしそうにクスクスと、メルジーネは口元に手を当てる。
「とぼけんな。あんたも転生者なのか」
俺はリーゼと最初に出会ったときの、魔族に関する会話を思い出していた。
魔族のなかには、俺のような不可思議な力を使う者がいる――たしかリーゼは、そんなことを口にしていたはず。
俺のような力――つまりはチートスキルを使う魔族……
まさにそれが、このメルジーネなんじゃないか?
「どうかしらねぇ……そんなことを気にするより、シロウちゃんは自分の身を心配したほうがいいんじゃないかしら?」
「あ?」
「だって今のキミ、力を封じられてるのよ? それがどういうことか、ちゃんと理解してるかしら?」
……理解してるに決まってる。
力を使えない俺なんて、ただの子供だ。
……待てよ。俺のあの異常なまでの防御力――あれもチートに含まれるのだろうか。
そのへん、いまいち不透明なままだからな……
もしあの防御力もチートなのだとしたら、そしてそれが封じられているのだとしたら……
万事休すだ。逃げられる気なんてしない。
あっさり殺されて、はい終わり。二度目の人生が早くも終了してしまうことになる。
悔しいけど、それが純然たる事実ってやつだ。
しかし、もしあの頑丈さが『体質』なのだとしたら……。
まだ望みはある。メルジーネの攻撃に耐えて、この場をしのぐことはできるだろう。
根本的な状況打破にはならないけど、死ぬよかマシだ。
とはいえ、確認する手段がない……いや、あるにはある。
簡単な方法だ。相手の攻撃を受けるか、自分で自分を傷つけるかすればいい。
前者は危険だよな……そのまま死亡とかいうこともあり得る。笑えない。
そうなると、自分で確認してみるしかないか。
おあつらえ向きに、刃物はそのへんにいくらでも転がってるし。
俺は手近にあった短剣を拾い上げた。
「あら、武器なんか手に取って、まだ戦うつもり?」
メルジーネは嘲るような口調だ。
「でもいいわ。そういう子、嫌いじゃない……ううん、そういう子を嬲るの大好きなの」
うわぁ……やばいやつだよ。
爛々と目を輝かせるメルジーネをよそに、俺は短剣で自分の手を軽く切ってみた。
「つっ……!」
痛みが走り、血が流れる。
あ、これ駄目なやつだ。
あの防御力もチートの範疇だったらしい。
たぶん〈眠る強者〉、〈シャロウ・スリープ〉、〈神魔法〉とはまた別の、なんらかのスキルだったんだろう。
なんにせよ俺は今、本当にただの人間というわけだ。
「なにしてるの? 怖くておかしくなっちゃった?」
俺の行動をメルジーネは不思議がっている。
「かわいそうに……大丈夫よ、すぐに逝かせてあげるから」
ちっとも哀れみなんてない、残虐性しか感じられないような微笑を浮かべ、メルジーネは俺に向けて手をかざした。
そこに青く輝く魔法陣が浮かび、水の塊が生み出される。
――待てよ。
なにか違和感を覚え、俺は自分でつけた掌の傷に目を落とす。
おかしい。なんで『切れた』んだ?
どういうことか俺の『攻撃』は、〈眠る強者〉を発動しない限り、いっさい通らなかったはずじゃないか。
自分自身への攻撃……自傷行為は例外だってことか? 本当に?
あれもチートによる、なにかしらの作用だったんだとしたら?
それも今は無効になってるってことじゃないのか?
つまり――と、俺はまだ握っていた短剣を見やる。
今なら俺にも攻撃できるんじゃないか、あのメルジーネを。
もちろん、普通の戦いなんて素人の俺に倒せるなんて思いはしないが……
なんとか生き延びることぐらいはできるかもしれない……いや、やってみせる。
「じゃあバイバイ、シロウちゃん。貴方との戦い(プレイ)、ちょっとだけ楽しかったわ」
メルジーネの手から、水の塊が俺へと向けて放たれた。
猛然と迫る水球――どうやら俺の目は『戦い慣れ』してくれていたらしい。
なんとか動きを目で捉え、俺は水球を紙一重で回避した。
「えぇ、ウソでしょっ!?」
目を剥くメルジーネの懐に飛び込んで、俺は短剣を突き立てた――
「……やっぱ無理か」
「ふふ……けど、びっくりよ……」
短剣の刃はメルジーネの身体に届く寸前で、やつの手によってガッチリと握られてしまっていた。
「ああ……シロウちゃんてば、最後の最後に最高に楽しませてくれたわ。殺しちゃうのが惜しいぐらい」
「じゃあ見逃してくれ」
「それは駄目よ。キミをほっといたら、大変なことになりそうだもの」
なんだそりゃ。
メルジーネが短剣の刃を握り潰す。
「シロウちゃんはよくがんばったわ。それじゃ、おやすみなさい――」
「そうだな、シロウ、よくがんばったぞ」
「ええ。そこは、あたしも同感ね」
どこからともなく飛んできた火球と電撃が、メルジーネを真横に吹き飛ばした。
ああ、くそ……
安堵からか、俺は情けなくも地面に尻餅をつく。
こんな場面で出てくるとか、主人公かよ。おいしすぎるだろ。
もはや聞きなれた二つの声に、不覚にも俺は泣きそうになっていた。
俺がヒロインならもう完璧に落ちてるぞ、これ。
「レオナにイングさん、なんでここに?」
地面にへたり込んでいた俺の前に、二人が歩み寄ってくる。
「なんでって……あ、あんたがその……あれよ」
なぜかしどろもどろになりながら、レオナは俺に手を差し伸べてくれる。
「悪い……」
レオナの手を掴んで、俺は起き上がった。
「シロウが心配だったんだよ、主にレオナがな」
「ちょ、ちょっと隊長!」
「もちろん私も、リーゼもな。リーゼも来たそうだったが……あいつには、あの少女を守ってもらわなくてはだからな」
「二人とも……ありがとう。でも野営地を抜けてよかったんですか?」
まぁ、もう他の魔物は残ってなさそうだけど。
「ああ、隊員たちに任せてきた。おそらく大丈夫だろう……問題は、あいつだ」
そう言って、イングさんは俺から視線を転じる。その先には――
「驚いた……まさかここで助っ人が出てくるだなんて、ありきたりすぎて逆に想像がつかなかったわ、アタシ」
無傷のまま、艶然とたたずむメルジーネの姿があった。
「こっちも驚きよ。なにその破廉恥な格好、というか胸」
そこかよ。レオナ、最後に本音が出てるぞ。
「あらあら、もしかして羨ましいのかしら、小さなお嬢さん?」
メルジーネがレオナの胸元を見て、皮肉っぽい笑みをもらす。というか、鎧の上からでもわかるの?
「……よし、こいつ燃やすわ! 力を貸してフサッグァ!」
レオナの右手親指にはめられた指輪が赤く光り輝く。そうして炎を放ち、肥大化したかと思えば、真紅の長槍へと形を変えた。
その隣でイングさんも剣と盾を構え、戦闘態勢を取る。
「ふうん……精霊武具の使い手が二人、か」
メルジーネは頬に手を当て、「こわーい」などとわざとらしくしなを作った。
なんだこいつ。
「とかとか、ウソだけどねん」
メルジーネは悪戯っぽくペロッと舌を出す。
「なんなのよ、こいつ……あたしたちを馬鹿にしてるの?」
「まあ、そうだろうな……主にレオナの胸回りのこととかな」
「……もしかして隊長、あたしのこと嫌いなんじゃない?」
「いや、むしろ好きだぞ? いじりがいがあって」
「あー、はいはい」
はぁ、と嘆息してレオナはメルジーネを睨みつけた。
「あんまり人間を舐めないでよ?」
「うむ、その通りだ。もっと言ってやれレオナ」
俺が言うのもなんだけどイングさん……少しは緊張感を持ってくれないかな。




