第二話 異世界転生のクーリングオフは可能ですか?
女騎士を助けようとした俺だったが、やっぱりやめた。
なんとなく、必要なさそうだし。
ここは、なりゆきを見守ることにしよう。
「やあっ!」
凛とした声とともに、金髪の女騎士が細身の剣を振るう。
「グゲエ!」
女騎士の放った刺突が、ゴブリンを貫く。
それを皮切りに、女騎士は疾風のごとく剣を閃かせる。
五匹いたゴブリンは、あっという間に地に沈んだ。
「おーすげぇ」
やっぱり俺の助けは要らないようだった。
とはいえ、かなり疲れてるっぽいけど。
戦闘を終えた美少女騎士を、あらためてよく見てみる。
年齢は、たぶん俺と同じぐらい。一五、六ってところだろう。
背丈は160センチほど。
流れる金髪はセミロングで、肌は白くてみずみずしい。
なんというか、めっちゃ触りたい。
身に纏っているのは、銀色の軽そうな鎧だ。
ゴブリンを屠った武器は、細い刀身の剣。細剣ってやつだろうか?
女騎士は細剣を一振りし、剣に付着したゴブリンの血を払う。
それから腰元の鞘に収めようとして、動きを止めた。
理由はすぐにわかった。
「ギシャアアアアッ!」
新手の魔物が現れたからだ。数は一匹。
「なっ、レッドキャップ! どうしてこんな場所にっ!」
女騎士が驚いたような声を上げ、細剣を構えなおす。
レッドキャップ。
それが新たに現れた魔物の名称らしい。なんか、聞いたことある気がするな。
外見はゴブリンと似ている。っていうか、ほとんどそのまんまだ。
子供みたいな体躯に、凶悪そうな面がまえ。
大きな違いは、その名の通り頭にかぶった赤い帽子ぐらい。
あとは……武器が違う。
俺が倒したゴブリンが装備していたのは短剣だった。女騎士が片づけたやつらは、棍棒とか持ってるのもいたけど。
レッドキャップが携えているのは、赤錆にまみれた斧だった。
「グッギャアアアアッ!」
レッドキャップが斧を振り上げ、女騎士に襲いかかる。
斧による一撃を避ける女騎士の動きは、どこか鈍く見えた。
どうやら、かなり疲弊しているっぽい。
今度こそ俺は駆け出し、レッドキャップと女騎士の間に立ちふさがった。
「な、なんですか貴方は!?」
「ただの通りすがりさ……なんて、これ一度は言ってみたかったんだよな」
「は?」
ぽかんとする女騎士さん。
しかし、すぐにかぶりを振って我に返る。
「だ、誰だか知らないけれど危険です! 下がりなさい!」
「いや、下がりません」
「な、ちょっ……危ない! 前! 前っ!」
女騎士が叫ぶ。
前を向くと、レッドキャップの斧が目前に迫っていた。
ギィン!
金属同士がぶつかったような、甲高い音が響く。
レッドキャップの斧が、俺の額に直撃した音だ。
もちろん、俺はノーダメージである。
むしろ、斧のほうが砕け散っていた。
赤い双眸を見開き、レッドキャップは戦慄したかのように顔を歪める。
「そ、そんな……っ!」
そう口にしたのは女騎士だ。
「よし、反撃だ。俺は寝る」
「え……ね、ねる?」
「……ぐう」
スキル発動。またあの妙な感覚だ。
たしかに眠ったはずなのに、周囲の状況が知覚できる。
「ほ、本当に寝た!? 正気ですか!?」
いちいち狼狽える美少女騎士。かわいいなぁ。
そんな彼女を尻目に、俺はレッドキャップを瞬殺した。
◆
レッドキャップを片づけたあと、俺たちは互いに自己紹介しあうことにした。
というか、女騎士から誰何されたのだが。
「俺はシロウ。なんというかまぁ……旅をしています」
俺が違う世界から転生したことは一応、伏せておく。
簡単に言ってしまっていいのかわからないし。
あの女神、まじで説明不足すぎる。
「そう、ですか。わたしはリーゼ。見ての通り、オリエンス王国騎士団の者です」
「はぁ、リーゼさん」
なにが見ての通りなのかよくわからん。
たしかにまぁ、騎士なのは一目瞭然だけど。
「助けていただき、どうもありがとうございました。実は……ちょっと危なかったんです。体力も精神力も尽きかけで……本当にありがとう」
リーゼさんが、ぺこりと一礼する。
「いやいや、リーゼさんみたいな美しい女性を助けるのは当たり前ですよ」
「な、ななななっ、う、美しい!?」
リーゼさんは両手を頬に当て、耳まで真っ赤に染めている。
やばい、かわいい。モロ好みかもしれない。
「お、おほん」
わざとらしく咳払いをして、リーゼさんは口を開く。
「……シロウは、どこから来たのですか?」
「えぇと……日本ですね」
「ニッポン?」
あ、しまった。つい普通に答えてしまった。
「ふむ、聞いたことのない地名ですね……オリエンス王国からは遠いのですか?」
「ま、まぁ、かなり……」
むしろ異世界です。
「そうですか……しかし、こんな時勢に旅とは変わった人ですね」
こんな時勢? どういう意味だろう。
「あの、こんな時勢って?」
「嫌だな……シロウも知っているでしょう。今このエリシアが、どういう状況にあるのか」
いや、知らないぞ。
そんな「言わせんなよ恥ずかしい」みたいなリアクションされても困る。
よくわからんが、なにやら不穏な空気が漂ってきたぞ……嫌な予感しかしない。
できれば聞きたくないが、そういうわけにもいかないよなぁ。
「あのー……どういう状況なんですか?」
おそるおそる、俺はリーゼさんに訊ねてみた。
「ほ、本当に知らないのですか?」
怪訝な表情を浮かべるリーゼさん。そりゃそうだ。
すいません、本当に知らないんです。
「もしかしてニッポンというところは辺境なのでしょうか……シロウの服装、かなり変わっていますし」
「ま、まぁ、そんな感じっすね」
「そうですか……なら無理もないのかもしれません。この世界エリシアが、魔王軍の侵攻によって滅びかけていることを知らなくても」
……な、なんだって?
「ほ、滅びかけ? この世界が?」
「はい、残念ながら」
あのボクっ娘女神……!
そんなこと一言も言わなかったじゃないか!
滅亡しかけの世界で、のんびりスローライフなんてできるわけがない!
「転生詐欺だ……」
異世界転生のクーリングオフは可能ですか……?