第二十七話 魔王軍第四師団、動く
セクンドゥムの宿屋一階にある食堂は、夕飯時のせいか混雑していた。
騒がしい店内を、獣人のウェイトレスが忙しなく駆け回っている。
……もふもふしたいなぁ。
隅っこにあるテーブル席から店の中を……ていうかウェイトレスを眺めていた俺は、そんなことを思っていた。
異世界に来てからいくらか日にちが経ったけど、可愛い獣人をもふもふするという夢はまだ叶っていない。
「おいシロウ、これから話を始めようというのに余所見して給仕に見惚れているやつがあるか。気持ちはわかるが」
俺の右斜め前に座るイングさんが、そうたしなめてくる。
あ、気持ちはわかるんだ。
「やだやだ、いやらしー」
イングさんの隣……俺の正面にいるレオナが、呆れたような半眼を向けてきた。
「あはは、すいません」
笑って誤魔化しつつ、俺は居住まいを正す。
「シロウは獣人の女の子が好きなんでしょうか……」
なにやら俺の隣でリーゼが真剣そうに考え込みだしたが、とりあえずスルーだ。
ちなみに獣人の女の子が、というより、俺は可愛いものはすべて好きだ。どうでもいいけど。
「さて、こうしてテーブルを囲んだのは、お互いに話があったからなわけだが……」
イングさんがそう切り出す。
そう。俺は……いや、俺とリーゼは、イングさんに相談したいことがあったのだ。
そんなときちょうど、俺とリーゼに報告したいことがあったらしいイングさんが、レオナを連れて宿屋にやってきたのである。
「どちらから先に話をする?」
「イングさんからどうぞ。こっちの相談は、ちょっと込み入りそうな気がするんで……」
そう言い添えて、俺は順番を譲る。
「ふむ……まぁ、私のほうは単なる報告みたいなものだからな」
「単なる報告、ですか? じゃあどうしてレオナもここへ?」
リーゼさんが首を傾げながらレオナのことを見やる。
「ふっ……それはな、リーゼ」
なにやらイングさんは、含みのある笑いを見せる。
「ちょっとシロウたちに報告へ行くと言ったら、自分もついていくと言って聞かなくてな。おおかた、リーゼとシロウのことが気に――」
「わー! ちょっとやめてよね隊長!」
いきなりレオナが大声を上げ、イングさんの言葉を遮った。
「話、脱線してるし!」
レオナがイングさんを睨む。
「わかったわかった」
イングさんは降参だとばかりに両手を挙げた。
なんなんだ、いったい。
「それで報告だが……魔王軍第四師団が本拠地からここ――セクンドゥムに進軍を開始したそうだ」
隣のリーゼが息を呑む。
まぁ、そりゃそうだろうな。
副師団長が倒され、街を奪還されたんだ。そんなもん黙っているわけがない。
「偵察部隊によれば、かなりの戦力が投入されているみたいだ。これはシロウの存在を知られてしまったかもしれんな……」
まぁ、俺は別に構わないんだけど。
「このままだと、やつらは数日の内にセクンドゥムへ到達してしまうだろう……そこで、だ。我ら騎士団も、やつらを迎撃するべく進軍することが決定した」
「ちょっと疑問なんですけど」
「なんだ?」
俺は前々から疑問に思っていたことを、この機会に訊ねてみることにした。
「なんというか……こう、一瞬で遠くに移動できる魔法とかって存在しないんですか?」
いわゆる転移魔法ってやつ。
もしあれば、奇襲とかやりやすそうなのに。
人間も、魔族も。
「大昔にはあったみたいよ」
答えてくれたのはレオナだ。
「もう失われちゃってるみたいだけど」
「ああ、魔族どものほうにも、その類の魔法は存在していないと思われる。もしあったなら、我々はとっくに敗北しているかもしれない」
イングさんがそう補足した。
たしかに、それもそうか。
「おそらくは、やつらの本拠地とセクンドゥムの中間にあたるテルティウス平原で会敵することになるだろう。シロウ、また私たちに力を貸してもらえるだろうか?」
イングさんは真剣な眼差しで、俺の意思を確認する。
「今さらでしょう。もちろん、俺も一緒に戦います」
そう決めたんだ。意思は変わらない。
「そうか――ありがとう。出立は明日の早朝だ。よろしく頼む。リーゼとレオナもな」
イングさんは全員の顔を見渡しながら、そう告げた。
「あたしの新しい力、さっそく披露するときがきたわね」
「わたしも精一杯、支援します!」
レオナとリーゼも、それぞれやる気を見せる。
「――それでシロウ、そっちの相談というのはなんだ?」
イングさんが話題をシフトする。
「ああ、それは……」
「えっとですね……」
俺とリーゼは顔を見合わせた。
「はっ、お前らまさか……晴れて恋仲になったとかそういう……」
「いや絶対にないってわかってて言ってますよね?」
冷めた口調で俺はそう返してやる。
「あとレオナは俺に剣を向けないように」
店が騒然となってるから。
リーゼが周りにペコペコ頭下げて謝ってるから。
王女になにやらせてんだよ。
「とりあえず……連れてくるんで待っててください」
「連れてくる?」
「どういうことよ? というか、なにをよ?」
揃って眉根を寄せるレオナとイングさんをよそに、俺は席を立つ。
それから、『あの子』を連れに二階の部屋へと向かった。
◆
「――ふむ。つまり宿屋の前で行き倒れていたのを介抱してやったということか」
俺とリーゼによる説明を聞き終えたイングさんとレオナが、うんうんと首を縦に振る。
「で、なぜか『その子』はシロウとリーゼに懐いちゃったわけね」
レオナは、俺とリーゼの間に視線を向ける。
そこには質素な布の服を着た少女が、ちょこんと椅子に座っていた。
青みがかった伸びっぱなしの長い髪に、痩せた身体と白い肌……少女の特徴はそんな感じだ。
年齢はたぶん、十四、五歳ぐらいだと思う。
この子は昼間、宿屋の前に倒れていた少女だ。
あのとき――慌ててリーゼが駆け寄り少女を診たところ、どうやら空腹で動けなくなっていただけらしい。
俺とリーゼは、そのまま少女を宿屋の食堂に連れていって、ご飯を食べさせた。
で、ひと息ついたところで事情を訊いてみたのだが――
「名前も家もわからない……か」
「はい、そうみたいで……シロウとわたしとで近くでも聞き込みをしてみたんですけど……」
少女を知る人物は見つからなかった。
それで、イングさんに相談してみようってことになった次第である。
ふむ、と片目を瞑り、イングさんは少女をジッと見つめる。
「……このおばさん、こわい」
少女が、ぎゅっとリーゼにしがみつく。
「お、おば――っ!?」
おお、イングさんが石化した。
この少女、なんてことを言いやがる。無邪気って恐ろしいな……。
「ぬああああっ!」
裂帛の気合いとともに、イングさんが復活する。
「ま、まあまあ隊長、落ち着いて」
「私は冷静だが……?」
なだめるレオナに、イングさんは低い声音でそう返す。
「だ、駄目ですよ。この人はおばさんじゃなくて、お姉さんですよ?」
リーゼが小声で少女にそう言い聞かせる。
少女はこくりと小さく頷いた。
「ごめんなさい、お姉さん」
少女がイングさんに謝る。
「うむ、わかればいいんだ」
面倒くせえなぁイングさん……とは口が裂けても言えない。
「聞き込みをしても手掛かりなしということは、この街の子ではないのだろう……冒険者ギルドには行ったか?」
「はい……けど残念ながら、迷子の捜索依頼などは出されていませんでした」
リーゼは悲しげに眉を下げながらそう答えた。
「そうか、困ったな……」
うぅむ、とイングさんが腕を組んで唸る。
「こっちで冒険者ギルドに依頼を出せば?」
レオナがなにげなく提案する。
「そうだな……屋敷に帰りがてら、私が依頼を出しておくとしよう。それはそれとして、どうするんだ?」
「なにがですか?」
いきなり俺を見てきたイングさんに、俺は首を捻ってみせた。
「いや、この子は今晩、どこで寝かせるつもりなんだ。リーゼ、屋敷に泊めてやるのか?」
「いえ、それが……」
リーゼが困ったような、なんともいえない笑顔を浮かべる。
「やだ。アタシ、どこにもいかない」
うおっ。
少女がいきなり俺に抱きついてきた。
「この通りなんです。この子どうしてか、シロウから離れたがらなくて……」
そうなんだよな。
さっきも部屋で待つように説得するの、かなり苦労したんだ。
控えめに見ても可愛らしい少女から、こんな風に懐かれるのは嬉しいのだが……疑問も拭えない。
なんでそこまで俺に懐いてんだ?
「なら、シロウの部屋に泊めるのか」
「まぁ、俺はそのつもりですけど……」
「ちょ、大丈夫なのそれ?」
なぜ疑いの目で俺を見る、レオナよ。
「シロウ、襲ったりするなよ?」
「イングさんまで!? ってか、さすがにしねえよ!」
もしかして俺、信用されてない?
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次回の更新は10/31以降の予定です。
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