第二十六話 遠い国から来たりし勇者たち
朝飯――ちなみにメニューは白身魚のソテーっぽいのとスープ――を食べ終えたあと、しばらく休憩してから俺は、リーゼと一緒に街へ繰り出した。
目的は特にない。
街の目抜き通りや、中央広場を適当にぶらぶらと歩く。
リーゼからのお礼をどうするか考えながら歩いていたら、いつの間にか商店街までやってきていた。昨日、レオナとさんざん店巡りをした場所だ。
しまった。考え事に集中しすぎて、リーゼと会話すらしてなかった。
ちら、と横を見る。
俺の隣を歩くリーゼは特に気にした様子もなく、辺りの店を眺めている。
なんにせよとりあえず、話題を振らないと。
「リーゼは、なにか趣味とかあるの?」
そんな質問をぶつけてみる。
なんだこれ。お見合いかよ。
「趣味……ですか。そうですね」
うーん、とリーゼは真剣に考えてくれる。
「剣術と、読書……ですね。ごめんなさい、なんだか普通で」
「いや、普通でいいんだけど」
そこで奇天烈な趣味とか披露されても、対処に困りそうだし。
「しかし読書かー。なんか難しそうな本ばかり読んでそうだよな」
「あら、そんなことありませんよ? たしかに精霊を研究した本など複雑なものも読んだりしますけど、大衆向けの文学を読むこともあります。あと、英雄の物語だって好きですし」
要するに小説みたいなのも読むってことか。
「そうだ。シロウはどうなんですか?」
「え?」
「趣味ですよ、シロウの」
興味津々といった様子で、リーゼが質問を返してくる。
趣味か……あんまり考えたことなかったな。
昼寝……は違うし。いや、好きだけど。
テレビゲームはどう説明すればいいかわからないし……
「まー……俺も読書、かな?」
俺が読んでたのは、せいぜい漫画かライトノベルなんだけど。
あとゲームの攻略本とか、設定資料集だな。なんか、ああいうの読んでると楽しい。
「そうなんですか?」
リーゼが嬉しそうに声を弾ませる。
「シロウも読書が好きなんですね。それじゃあ今度、わたしのおすすめをお貸ししますね」
「あ、ああ、うん」
どうしよ。めっちゃ分厚い本とかおすすめされたら。
ん、待てよ。もしかしてこの流れ――
「そうだ! シロウへのお礼は、なにか本を贈るなんてどうでしょう?」
やっぱりそうきたか。
◆
「はい、どうぞ」
リーゼは満面の笑顔で、俺に小包を手渡した。
目の前にある書店でリーゼが購入してくれた本である。
店内には俺も同行したけど、リーゼがなにを買ったのかはまだ知らない。
「ありがとう」
まるで賞状でももらうかのように、俺は厳かに小包を受け取った。
なんか、思ったよりも重量感がある。
「開けてみてもいいか?」
「もちろんです」
なるべく丁寧に、俺は小包を開封した。
中から出てきたのは、立派な革装丁の分厚い本だ。辞書ぐらいはある。
「なんか高そうなんだけど……よかったのかな」
「命を救ってもらったお礼ですよ? むしろ足りないぐらいです」
「ううむ……それで、これってなんの本?」
表紙には金色の文字で『遠い国から来たりし勇者たち』と記されているけど。
「シロウにおすすめの本です。その昔、エリシアに実在したとされる英雄たちの物語ですよ」
なるほど、いわゆる英雄譚ってやつか。
「誰も知らない遠い国からやってきて、不思議な力で戦う勇者たち……まるでシロウのようでしょう?」
「そう言われてみると……」
俺は本のページをめくり、軽く目を通してみた。
随所に勇者とやらが、不思議な力を使っている場面が見られる。
なんというかそう……チートっぽい力だ。
もしかしてこの本に出てくる勇者たちって、俺みたいな転生者のことなんじゃないだろうか?
イングさんが、昔からエリシアには転生者が現れていたとか話していたし。
そうだとしたら結構、興味深い本かも。
「ありがとうリーゼ、大切にするよ」
「はい。あ、読み終わったら感想を聞かせてくださいね」
ぜひ語り合いましょう! とリーゼはやや興奮ぎみに話す。
うーん、どうやらかなりの本好きらしい。
これは、ちゃんとしっかり読まないとな。
「さて……これからどうする?」
なんだかんだで時間は経って、もうすぐ昼になる頃合いだ。
「ちょっと早いけど、一緒に昼飯でも食べに行こうか?」
「そうですね……特に予定はないですし、行きましょう」
あ、そうだ。
俺はふと、今朝がた立てた当初の予定を思い出した。
港というか、海が見たかったんだよな。
けどまぁ、いいか。
もうしばらくセクンドゥムにいることになりそうだし、また明日にでも行こう。
「どこで食べるんです?」
「うーん、宿屋の食堂でいいんじゃないか?」
俺が滞在している宿の食堂は、なかなか美味い料理を食べさせてくれる。今朝もそこで食べたし。
「リーゼも食べたがってただろ?」
俺が朝飯を食べているとき、しきりに「おいしそう」と口にしながら目を輝かせていたし。
「あ、はい……実はその、屋敷で出る料理があまり口に合わなくって」
バツが悪そうに、リーゼは声をひそめて言う。
そういやリーゼというか騎士のみんなは、セクンドゥム町長の屋敷に滞在しているんだっけか。
なんで俺だけが宿屋かっていうと、屋敷の部屋数の都合で誰かと相部屋にならざるを得なかったからである。
寝るとスキルが発動する俺は、全身からオーラが出てるからな。
そんな状態で誰かと相部屋っていうのはちょっと気まずいものがある。
だから俺は、自分から宿屋に泊まると進言した。ひとりのほうが気楽ってのもあるけど。
「じゃ、宿屋にもどるか」
「ええ」
とりとめのない会話をしながら、俺とリーゼは宿屋の前までもどってきた。
いざ入り口をくぐろうとして、俺もリーゼも動きを止める。
「シ、シシシ、シロウ、これって……?」
隣にいるリーゼが、アワアワと俺を見上げてくる。
宿屋の扉の前にいる『それ』を目にして、かなり狼狽えているようだ。
いや、俺もかなり困惑しているんだけど……。
そんな俺とリーゼの視線の先には――
宿屋の入り口をふさぐようにして、見知らぬ女の子がうつぶせで倒れていた。
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