第二十四話 浄化
「火の精霊よ、我にその力を! 火炎耐性!」
澄んだ声音で、レオナは精霊魔法を唱える。
彼女の全身が、淡く赤い輝きに包まれた。
火への耐性を高める精霊魔法らしい。
「気休め程度でしょうけど、ないよりはマシでしょ!」
剣を構えたレオナが、フサッグァに攻撃をしかける。
フサッグァは俺を警戒しつつ、レオナを迎撃する。
レオナの剣とフサッグァの槍が衝突し、洞窟内に甲高い金属音を響かせた。
◆
「あ、暑い……」
流れる汗を拭いながら、俺は呻く。
レオナとフサッグァの激しい戦闘によって、洞窟内の温度は急上昇していた。
レオナは精霊魔法で火を使うし、フサッグァは火そのものだもんな……無理もない。
暑いの苦手な俺には辛すぎる……。
さて、現在の戦闘状況はというと――
「アアアアアアアアアアアアアアッ!」
フサッグァが叫び、槍を回転させる。
巻き起こる炎の旋風。
それを回避し、レオナはフサッグァの懐に飛び込んで一閃。
フサッグァに斬撃を浴びせるものの、ノーダメージだ。
反撃に槍で薙ぎ払われ、吹っ飛んだレオナは洞窟の壁に背中から激突した。
壁面に亀裂が走り、レオナが苦痛の声を漏らす。
「うっぐ……」
表情を歪ませながら、レオナは身を起こす。
フサッグァを睨むその眼差しは力強く、諦めの念など微塵もないことを物語っているかのようだ。
しかし、そんな意思とは裏腹にレオナの身体は悲鳴を上げていた。
不意にふらりとよろめき、レオナは地面に片膝をつく。
肉体的なダメージもあるだろうけど、それ以上に精神力の疲弊が激しいんじゃないだろうか。精霊魔法を連発していたし。
「レオナ!」
「平気……大丈夫よ」
呼びかけた俺に、レオナは弱々しく笑みを返す。
いや、まったく大丈夫そうじゃないぞ。
「くっ……」
懸命に立ち上がろうとするレオナだが、思うように力が入らないらしい。
敵がそんな隙を見逃すはずはなかった。
「アアアアアアアアアアアアアアッ!」
槍を構えたフサッグァが、レオナに向かって突進する。
「くそ、見てられるかよ!」
そう吐き捨て駆け出した俺は、レオナの前に立ち塞がった。
「シ、シロウ……」
「文句なら後でいくらでも聞くって」
なにか言いたげなレオナの声を背に、俺はフサッグァの刺突を片手で受け止める。
そのまま槍を引っ張ってフサッグァをこちらに引き寄せながら、俺は〈眠る強者〉を発動させた。
「オラァァァァッ!」
寄ってきたフサッグァの顔面を思い切り殴りつける。
「――ッ!?」
声にならない叫びを発しながら、フサッグァはもんどり打って地に伏した。
あれ、なんか様子がおかしい。
炎が燃え盛っていたフサッグァの身体が、いきなり普通の人間っぽいものに変質した。
「う、ううっ……」
か細く呻き、フサッグァは殴られた頬を手で押さえながら、こちらに顔を向ける。
「ひ、ひどいですわ!」
涙目で訴えるその顔は、なんと美少女だった。
レオナと同じ……いや、それよりもっと深い色をした長い赤髪をツインテールにしている。
肌の色は透き通るように白く、ちょっと病的にも見える感じだ。
「乙女の顔を思いきり殴りつけるなんて! この外道! 鬼! 悪魔!」
うわー……なんか面倒くさそうなの出てきたなー。
「わ、悪かったよ……?」
いや、俺が悪いのか?
襲ってきたんだから、正当防衛じゃない?
なんて思いつつ、俺はつい謝ってしまう。
「ていうかこれ、どういう状況?」
「……よいしょ」
おもむろに、フサッグァが立ち上がる。
一糸纏わぬ姿で、腰に手を当て仁王立ちになった。
「ちょっ、ちょっと! シロウ、目を閉じなさい!」
レオナが慌てふためく。
「いや、もう閉じてるんだけど」
俺は今、スキル発動してるからね。
「なにを騒いでいるんです?」
フサッグァがツインテールを揺らし、小首を傾げる。ついでに魅惑の双丘も揺れる。
どうでもいいけど、恥ずかしげもなく裸体を晒すようなやつに乙女とか言われても、あんまり説得力がないな……。
「気にしないでくれ。ところで……暴走が収まったのか?」
「そうみたいですわ」
俺の問いに、フサッグァは首を縦に振る。ついでに魅惑の双丘も上下に揺れる。
「嘘……いきなりどうして……?」
レオナが不思議そうに呟く。
「この方が放っているオーラのおかげでしょう。その点に関しましては、お礼を言いますわ。ありがとうございます!」
「え、あ、うん。どういたしまして」
フサッグァは、いきなり姿勢を正して俺に頭を下げる。
なんだよ、このテンション。なんかやりづらいよ。
「どうやら貴方のオーラが、わたくしの穢れを浄化してくれたようですわね」
「へー」
よくわからんが、便利だなー。
「ときにそこの貴女」
フサッグァが俺の背後にいるレオナに視線を向ける。
「……え、あたし?」
「混濁する意識の中で見させてもらいましたが……貴女、なかなか良い戦いっぷりでしたわね」
お、よかった。
『意識はあるけど身体がいうことを聞かない』パターンのやつだ。
「え、えっと、ありがとうございます」
レオナは畏まり、フサッグァに礼を述べる。
なるほど。エリシアの人は、精霊を敬っているんだな。
「貴女、わたくしと契約を結びたいのでしょう?」
「あ、その、はい……」
「よろしくてよ!」
ビシッと変なポーズを決めながら、フサッグァは高らかに宣言する。
「――なぁ、精霊って、みんなこんな感じなのか?」
「そ、そんなことない……と思うわよ?」
「さあ、契約ですわ!」
かくしてレオナは、火の中位精霊フサッグァと直接契約を交わした。
契約の証として、レオナはフサッグァが使っていた槍を授かったみたいだ。
なんと、フサッグァによれば普段は指輪にしておける優れものらしい。
いやだから、アピールポイントそこか?
まぁそんなわけで、俺とレオナの迷宮探索は無事に幕を下ろした。
余談だが、レオナが殴り倒した冒険者は、セクンドゥムに帰る途中でちゃんと俺が回収しましたとさ。
とりあえず、セクンドゥムの冒険者ギルド前に放置しといたけど……
まぁ、大丈夫だろう。たぶん。きっと。
お読みいただき、ありがとうございます!
よろしければ感想、ブクマ、評価など、よろしくお願い致します!




