第二十二話 思いがけない再会
武具屋の糸目店主からダンジョンの場所を教えてもらい、俺とレオナはセクンドゥムの近くにある小さな洞窟へとやってきた。
「ここね」
狭い入り口から、レオナは洞窟内部を覗き込む。
その背に俺は声をかけた。
「なぁ、本当によかったのか?」
レオナは顔だけ振り返り、ジロリと俺を見た。
「しつこいわね、大丈夫だってば」
俺が心配しているのは、無断でセクンドゥムの外に出てきたことだ。
いくら自由時間だからって、街の外に出てダンジョンに潜るってどうなんだ?
「自由時間なんだから、なにをしようがあたしの自由でしょう?」
「なにそのお嬢様みたいな発言」
「あら。あたしは一応、お嬢様だけど?」
そういや、そうだっけ。
「そんなことよりほら、さっき買った地図を出して」
「はいはい」
俺は肩にかけた荷袋から、このダンジョンの地図を取り出した。
ちなみにこの地図は、武具屋の糸目店主に勧められ、レオナが購入したものである。
あの店主、ちゃっかりしてるよなぁ。
他にも迷宮探索に必要だろうからと、なんだかんだ買わされていたし。さすが商売人だ。
そして、それらを気前よく買ってのけるレオナは、さすがお嬢様って感じだった。
俺の持ってるこの荷袋も中身も、すべてあの武具屋で買ったものだし。
「それじゃシロウ、地図役をお願いね」
「え、俺が?」
「あたし、地図を読むのって苦手だから」
たしかに地図を読めない女性が多いってよく聞いた気がするけど、それって異世界でも通じる説なの?
てか、あの説って嘘なんじゃなかった?
ぶっちゃけ男女っていうより、個人の問題だと思うんだけど……
いやそもそも、地図が読めないとか騎士としてどうなんだ?
まぁ別にいいんだけど。
「それに……あたし溜まってるのよね」
「え? 痴女なの?」
うわ引くわー、みたいな感じで、俺はレオナとの距離をやや開く。
「ばっ……! 違う違う! そういう意味じゃないわよ!」
レオナは焦ったように両手を忙しなく振る。
「なんだ、違うのか。俺を洞窟に連れ込んでアレコレするのかと思った」
「……馬鹿じゃない?」
「で、なにが溜まってんの?」
「……ほら、あたしセクンドゥムの戦いじゃなんにもできなかったでしょ?」
「ああー……」
ヴィントの魅了にかからないよう、イングさんが恐ろしく速い手刀で気絶させたもんな。
結局、レオナとリーゼが気を取り戻したのは、魔王軍が一掃されてからだった。
つまるところレオナは、実戦でストレスを発散したいってことだろう。
「じゃあ地図は俺が見るから、魔物の相手は全部レオナがよろしく」
「なんで全部なの!?」
「え? 戦いたいんじゃないの?」
「そうだけど、さすがにあたしひとりで全部とか無理。あんたや隊長じゃあるまいし……」
なんかさりげなくバケモノ扱いされているような。
「わかったよ。じゃあ適当に手伝うってことで」
「ええ、行きましょう」
俺は丸められた地図を広げ、レオナとともに狭い入り口から洞窟の中へと進んだ。
◆
当たり前だが、洞窟の中は暗かった。
俺は、レオナが糸目店主から購入したランタンに灯をともす。
オレンジ色の光が、洞窟の闇を照らした。
ゴツゴツとした岩肌に、漂う湿っぽい空気……ザ・洞窟だなぁ。
俺は、腰のベルトにランタンを引っかける。
「……ふと思ったんだけどさ」
「なによ?」
「なんか辺りを照らす精霊魔法とかないの?」
ミ○ワ的なやつ。
「そりゃ、あるわよ」
「あるのかよ。じゃあランタンいらないんじゃないの?」
「いやいや、いるわよ。だって精霊魔法を使っている間、ずっと術者の精神力が削られるのよ?」
「ああ、なるほど……それなら物理的な光源を用意した方がいいよな」
その分、攻撃とか他のことに精神力を使うべきだろう。
「シロウが納得したところで……さぁ、サクサク進むわよ!」
意気揚々とレオナが歩き出す。
二手に分かれた道の向かって左側へ、迷いなく突撃した。おいおい……。
「そっちは行き止まりだぞ」
地図を見ながら、俺はポツリと告げた。
「……道案内、よろしく」
レオナが気まずそうに戻ってくる。
「とりあえずこっちだ」
俺たちは、もう一方の道に進んだ。
横幅の狭い道を先頭がレオナ、後ろが俺という隊列で進行していく。
「グルルァ!」
「ギシャァ!」
突然、魔物が俺たちの行く手を遮った。
現れたのは子供のような身体をした醜悪な魔物……ゴブリンが二匹だ。
「あんまり手応えはなさそうだけど……」
レオナが腰の剣を抜く。
「行くわよ!」
素早く駆け出し一閃。
返す刀でもう一閃。
二匹のゴブリンは両断され、あっけなく散った。
「ふん、余裕ね」
レオナは「どうよ?」みたいな表情を俺に見せてくる。
「うーん、リーゼのほうが優雅だったな」
「……忌憚のない意見をありがとう!」
レオナが引きつった笑みを浮かべる。
いかんな。
どうにもレオナのことは、ついついイジりたくなってしまう。
なんでだろ?
その後も現れるゴブリンを退治しながら、俺たちは順調に洞窟の奥へと進んでいった。
「地図によれば、そろそろ広い空間に出るっぽいけど……」
「……本当ね、もう見えてきた――なにか様子が変だわ」
「どうした?」
と、そのときだ。
「ヒェェェェ! お助けぇ!」
なんとも情けない叫びが聞こえてきた。
レオナと二人で急行する。
地図通り、少し広い場所に出た。
で、そこではさっきの悲鳴の主と思われる男が魔物に襲われている真っ最中だった。
「ガアアアアッ!」
吠え声を放ったのは、ゴブリンによく似た魔物だった。
決定的に違うのは、その身体の大きさだ。
筋骨隆々で、身長も二メートル弱ぐらいある。
もしかしてホブゴブリンってやつか?
襲われている男は、たぶん冒険者だ。
粗雑な皮の鎧に、刃こぼれの酷い長剣……あれ、なんか見たことあるような?
ホブゴブリンが手に持った棍棒を振りかぶる。
「大変! 助けないと!」
レオナが両目を閉じ、右手をホブゴブリンに向けた。
「火の精霊よ、我にその力を! ファイア・ボール!」
レオナの手から火球が放たれる。
砲弾のような勢いで射出された火球がホブゴブリンの頭部を消し飛ばす。
やや間があってから、ホブゴブリンの身体がドスンと倒れた。
「ヒ、ヒェェェェ!」
襲われていた男が、地面を這いつくばって俺たちのところまでくる。
「大丈夫?」
「あ、あぁ……すまねぇ……助かった……ぜ」
レオナが声をかけると、男は息も絶え絶えといった感じに顔を上げた。
「って、ゲェェェェッ! お前は!?」
冒険者風の男がいきなり俺のことを指さして跳ね起きる。
え、なんだ? 俺なんかした?
「まさか、こんなところで会うとはなぁ」
「シロウ、知り合いなの?」
「え、いや……ごめん、誰だっけ?」
「あぁん!?」
冒険者風の男が、目を剥いて信じられないというような面持ちになる。
あれー……マジで誰だっけ。
なんか見たことある気はするんだけど。
「ふざけんなよ小僧! 俺だよ、おれおれ!」
「は? オレオレ詐欺っすか?」
かの犯罪手口は、こんな異世界にまで?
「ほら、リベルタスの街で会ったろ!」
「うーん……?」
俺がリベルタスの街で会って話したことがあるのは……宿屋のおばちゃん、ギルドの猫耳受付嬢、それとエマさんぐらいじゃないっけ?
「お、おいおい本気か? 本当に覚えてねぇのか?」
「ちょ、ちょっとシロウ、思い出してあげなさいよ。かわいそうでしょ……泣きそうよ、この人……」
レオナが小声で囁いてくる。
「そんなこと言われてもなぁ……」
つーか大の男が、それぐらいで泣くなよ。
「うーん……あっ、もしかして露天商のおっちゃん?」
そういえばなんか、会話したような気がする。
「違う! ほ、ほら、路地裏でさ、子分たちと酔っ払って、エマちゃんに絡んでたさ!」
「なにそれ最低じゃない」
レオナが冒険者風の男を軽蔑の眼差しで見る。
「ああ、思い出した! あのときのクズリーダーか!」
「思い出してくれたか!」
男が嬉しそうにガッツポーズする。
いやー、なんか俺もすっきりした。
「シロウ、思い出したところで、さっさと行きましょ」
「ああ、そうだな。じゃあな、おっさん。あんま無理すんなよ」
俺とレオナは男に別れを告げ、先に進む。
「おう、気をつけてな!」
男はにこやかに、手を振って俺たちを見送った。
「なんか嬉しそうな顔してんなー」
「そうね、よっぽどシロウに思い出して欲しかったんでしょ」
「――って待てやコラァ!」
男が猛ダッシュで俺たちの前に回り込んで行く手を遮る。
「お前ら……さては例の噂を聞いてここに来たな?」
「例の噂って?」
いや察しはついてるけど、俺は一応とぼけておく。
「槍だよ、魔物が持ってるっつーすげぇ槍さ!」
「だったらなんなわけ?」
レオナが面倒くさそうに訊ねる。
「はっ、あれは俺様のもん――」
ボカッ!
言い終わる前に、男は殴られて気を失った。
いや、俺じゃないよ?
「おいおいレオナ、いきなり殴り倒すことはないんじゃないか?」
「だって面倒くさいんだもの」
気持ちはわかるけど……。
「どうせロクでもない輩なんでしょ?」
「たぶん」
「だったらいいじゃない。さ、行きましょ」
……いいのか?
かわいそうだから、帰るときにちゃんと拾っていってやろう。
覚えてたら。
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