第二十話 〈眠る強者〉VS〈疾風の魔狼〉
禍々しい魔力を発しながら、ヴィントはイングさんの剣を鷲掴みにした。
「なっ――」
イングさんが瞠目する。
ブンッ――と、ヴィントは掴んだ剣ごとイングさんを投げ飛ばした。
「イングさん!」
放り投げられたイングさんは俺の頭上を飛び越え、後方にあった建物に壁を破って突っ込んでいった。
「どこを見ている? 次は君の番だ」
背後で不気味な声が響く。
いくつかの声が重なったような……まるでボイスチェンジャーを使ったみたいな。
振り向くと、ヴィントの身体に異変が起きていた。
異変というか……変身していた。
狼のような頭に、獣のような足、そして尻尾。
全身は銀灰色の体毛に覆われている。
あのホスト風イケメンの面影はどこにもない。
もしかして、人狼ってやつか?
「グルルル……」
牙の並んだ大きな口から、ヴィントは唸りを発する。
「まさかこの姿を晒すことになるとはね……この僕が〈疾風の魔狼〉と呼ばれる由縁……身をもって知ってもらおうか」
「ああ? 湿布だかなんだか知らなねえけど、よくもイングさんを殺りやがったな」
「おーい、私は死んでないぞー……動けそうにないが」
後ろのほうからそんな声が聞こえてきたが、とりあえずスルーだ。無事そうだし。
「君は……僕を知らないのか?」
なにやらヴィントが意外そうな反応を見せる。
「あ? 魔族だろ? 魔王軍第四師団の副師団長とかなんとか」
「なんだ、ちゃんと知っているじゃないか。ならばどうして、そんなにも平然としていられる?」
「どうしてって……」
「恐ろしくないのか? 僕のこの姿が……人狼だぞ?」
「別に……」
正直、プリムス砦で戦ったドラゴンのほうが迫力あったし。
「そうか……かわいそうに。あまりの恐怖に錯乱してしまっているんだろう」
「してねーよ」
なに言い出してんだ、こいつは。
ポジティブ過ぎるだろ。
「だが大丈夫、一瞬で終わらせてあげよう――」
ヴィントの姿が、俺の前から掻き消えた。
「お?」
「こっちだよ」
背後からヴィントの声。どうやら瞬時に俺の後ろに回り込んだらしい。
……まったく見えなかったぞ。
「さあ、死ぬといい」
ヴィントが鋭利な爪の生えた手で、俺の胸を刺し貫こうと狙ってくる。
が、そんなものは俺のチートな防御力には通じない。
「な、なに!」
逆にヴィントの指がダメージを負っただけだ。
「オラッ!」
お返しに、俺は裏拳を繰り出す。
だがヴィントは驚異的なスピードでそれを避け、俺との距離を取った。
「君は何者だ……? ただの人間じゃないな」
「またその質問かよ……」
いい加減、飽きてきたんだが。
「その力といい、僕の魅了を破ったことといい……まさか君は転生者か?」
お? 魔族も転生者のことを知っているのか?
「さてな、答えてやる義理はないだろ」
「そうか、新たな転生者が出現していたとはね……これは由々しき事態だ」
ヴィントが濃密な殺気を滲ませる。
「なんとしても君を殺さなくてはならなくなった。転生者は危険だ。魔王の邪魔になる」
ヴィントが石畳を踏み、まるでミサイルのように俺へと突撃してくる。
――って、はやっ!
ヴィントの繰り出した渾身の蹴りが、俺の顎を捉えた。
「くっ!」
バギィッ!
思い切り蹴り上げられ、俺の身体が上空に浮かぶ。
続けてヴィントが跳躍し、俺を追い抜く。
そして両手を握り合わせ、ハンマーのように俺へと打ち下ろした。
俺は思いっきり地面に叩きつけられる。
しかしダメージはほとんどない。
さっと立ち上がり、ヴィントの姿を目で追うが……駄目だ。
目の端に黒い影が飛び回るのが見えるけど、追い切れない。
「君に僕の姿を補足することは不可能!」
黒い影が俺の横を猛然と通り抜ける。
「ぐっ!?」
肩に痛みを覚えた。
見ると、かすり傷と少しの流血。
たぶん、牙だか爪だかでやられたっぽい。
「呆れた頑丈さだね……しかし、いつまで持ち堪えられるかな?」
ヴィントの言葉通り、こっちはいつまで耐えられるか未知数だ。
スキルの使用時間にも、たぶん限界はあるだろうし……。
なんとかしてヴィントに攻撃を与えないと、そのうちやられる可能性もある……。
けどあの驚異的な速さ、どうやって捕まえればいいんだ。
などと思考する間にも、ヴィントはヒット&アウェイで俺に傷を負わせていく。
――もう、こういうときはあれだ。
助けて、ボクッ娘女神!
はたして、俺の脳裏でなにかが弾けた。
頭の中に浮かぶチートスキルの説明文。
〈眠る強者〉の項目に、なにやら文章が追加されていく。
『モードチェンジ』
スピードモード……攻撃力、防御力を極限に下げることで、スピードに特化できる。
よし、やってみよう。
「チェンジ、スピードモード!」
なんとなくの感覚で、俺はそう口に出してみた。
お、なんか俺の身体から出るオーラの色が変わった。
これまでは白だったけど、今は赤になってる。
これがスピードモードなんだろうか?
その答えはすぐに実感できた。
さっきまでまるで見えなかったヴィントの動きが、はっきりとわかる。
ちゃんと目で追えている。
「よっと」
俺は軽く身体を動かし、高速で駆けるヴィントの横に並んだ。
「な、なんだと!?」
ヴィントが俺を振り切ろうと速度を増す。
俺は余裕でそれに追従する。
「そんな! この〈疾風の魔狼〉についてくるなんて……認めない! 認めないぞ!」
声を荒げ、ヴィントは禁忌の魔法による風の刃を放つ。
防御力が下がっている今の俺が喰らえば、それなりのダメージを受けるかも。
しかし風刃のスピードは、ヴィント本人よりも数段スローだった。
「お前……自分より遅い魔法とか使ってどうするんだよ」
「あ」
ひょいと風の刃を避け、俺はヴィントの尻尾を掴んだ。
そのまま地面に叩きつける。
「ぐはああああっ!」
ヴィントの姿が、イケメンホストに戻った。
しかし全裸だから、なんかみっともない。
俺は尻餅をつくヴィントを無言で見下ろし、拳をバキボキ鳴らした。
「や、やめろ……顔だけは顔だけはやめてくれ……!」
「美男子死すべし。慈悲はない」
イケメンスレイヤーと化した俺は、ヴィントに拳のラッシュを叩き込む――
主に顔面を狙ったのは言うまでもない。
見るも無惨な顔になったヴィントだが、どうやらまだ意識はあるらしい。
「は……はひゅー……し、しどい……」
うーん、スピードモードだから攻撃力が足りなかったようだ。
「モードチェンジ……ええと、ノーマルモード?」
適当に言ってみると、オーラが赤から白に変わる。
「よし、これで攻撃力も戻ったはず」
「ひ……や、やめ……」
俺は拳を握り、渾身の一撃をヴィントにお見舞いした。
ドーン!
と、まるでロケットの如く、ヴィントは遙か空の彼方まで吹っ飛んでいった。
キラッと星になったかどうかは知らない。
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