第十九話 雷光の戦乙女
俺とイングさんと対峙したヴィントは、怪訝そうに片眉を上げる。
「それにしても……どうして君たち二人には僕の魅了が通じないのか……不思議でならないよ」
あ、それは俺も疑問に思っていた。
俺のほうはまぁ、例によってチート的ななにかが働いているからなんだろうけど。
不思議なのはイングさんだ。
どうしてこの人は平気なんだ?
「そんなものは不思議でもなんでもない。ただ強い精神力で跳ねのければいいだけのこと……要は気合いだ」
えぇ、そんな根性論みたいなのでどうにかなっちゃうの?
「……まぁ、いいでしょう。どうせ僕の興味はそちらで倒れている若い二人です。貴女に魅了が効かなくても問題はない」
ヴィントが「若い」の部分をやたらと強調する。
ぴくっ、とイングさんの表情が引きつったように見えた。
「僕はね、若い娘以外に用はないんですよ。だから貴女のような年嵩の女性には、ここで死んでもらうとしましょう」
ぶちん、とイングさんのこめかみ辺りから聞こえてきたような気がした。
それぐらいの怒気を、イングさんは全身から放っている。
隣にいる俺、めっちゃ怖いんですけど。
そういやイングさんって、いくつぐらいなんだろう?
髪型は紫色のショートボブ、凛々しく整った顔に、抜群のプロポーション。
見た感じ二十代半ばぐらいだとは思うんだが……怖くて本人には聞きたくない。
「ふっ……面白いな、やってもらおうじゃないか」
なんて冷静っぽい口調で言うイングさんだが、やっぱり怒気が半端じゃない。
「そういやイングさん、装備は……?」
たしか武器も防具も荷馬車に積んだままのはず……つまりイングさんは今、丸腰状態だ。
「心配はいらん。私の装備は特別製でな」
イングさんが、そっと首元に手をやった。
そこには金色の首飾りが輝いている。
それを握りしめ、イングさんは瞳を閉じた。
「雷の精霊よ、我にその力を……」
イングさんがそう唱えた瞬間、首飾りが強い光を放った。
まばゆい光がイングさんの全身を包み込み、そして『鎧』を形づくる――
おお、格好いい。
イングさんは商人の姿から、あっという間に見慣れた騎士姿へと変身していた。
片手剣と円盾も、ちゃんと装備している。
「これはとある精霊から授かった装備一式でな。なんと、普段は首飾りにしておける優れものなんだ」
いや、優れてるのそこか?
精霊から授かったってとこじゃないのか?
「その金色に輝く全身鎧……片手剣に盾を持つ女騎士……もしや貴女が噂の『雷光の戦乙女』かい?」
「そう呼ばれているらしいな、どうも」
淡々と返すイングさんに、ヴィントは笑みを深くする。
「そうか……これはいい。オリエンス王国屈指の魔法剣士と名高い人と戦えるとはね! 今までと違って退屈しなさそうだ!」
なにやらヴィントが魔力っぽいものを身体から漲らせる。
涼しい外見してるくせに、意外と好戦的だなぁこいつ。
しっかし、イングさんってそんなにすごい人だったのか。
王国屈指の魔法剣士……真顔でしょうもない冗談をかますだけの人じゃなかったのか。
いや、強いっていうのは知っているつもりだったけど。
「シロウ、お前は見ていろ。こいつは私がやる」
ざっ、とイングさんは一歩前に出る。
「ちょ、イングさん冷静になってください! 年齢のこと言われて、かなりキレてません!?」
「なんだと?」
ギン、と睨まれる。
怖えよ。
「い、いや、もう最初の作戦とかどこいったんですか」
「こいつさえ倒せば予定は変わらんだろう」
イングさんが剣と盾を構える。
ああもう完全に一人でやる気だ。
こういう人って、なに言っても聞かないんだよなぁ。
「ふふ、まるで僕を簡単に倒せるとでも考えているような口振りですね?」
お前もそんな挑発的な感じで煽るなよ。
「さてな、見たところ余裕そうだが?」
「僕の能力を魅了だけだと思わないでくださいよ?」
なにこの小学生の意地の張り合いみたいなやり取り……。
当人たちはいたって真剣なんだろうけど。
不敵に笑い合うヴィントとイングさん、そして――
ドン、と二人は同時に地を蹴った。
俺から少し離れた場所で、イングさんの剣とヴィントの拳が激突する。
広場にいる群衆が、一斉にヴィントへと声援を送り始めた。
――そうだ、どうすんだよこれ!
こんな周りに人がいっぱいいる中で戦うとか大丈夫なのか?
「喰らうがいい!」
ヴィントが手をかざす。
そこから強烈な風が吹き荒れ、イングさんを襲った。たぶん禁忌の魔法だ。
盾で直撃は免れたイングさんだったが、風圧によって後方に吹き飛ぶ。
ヴィントが続けざまに攻撃を繰り出した。
「斬り裂け、風の刃!」
ヴィントの手から、連続で魔法が発射される。
着地し体制を整えたイングさんは、迫り来る風の刃を横に飛んでなんとか回避した。
「――くっ!」
が、次々に風の刃がイングさんへと殺到する。
イングさんは地面や建物の壁を縦横無尽に駆け回って魔法を避ける。
「はははは! いいですよ! みっともなく逃げ回る姿!」
ヴィントは嗜虐的な表情で、イングさんを嘲笑う。
ビュンビュン飛び回る風の刃たち。
あ、やばい。
風の刃が、広場に集まる人たちにまで飛んでいく。
「言わんこっちゃない!」
俺は飛び出し、群衆に迫る風の刃を受け止めた。
「おい、あんたら!」
振り返り、俺は人々に声を投げかける。
「ここは危険だ! どっかに避難しろ!」
「きゃー! 戦うヴィント様も素敵ー!」
駄目だこりゃ。
完全に聞こえてない。
というか、俺のことなんて眼中にすらないっぽい。
そうこうするうちに、またもヴィントの魔法がこちらに飛んでくる。
「ああもう!」
俺はそれを手で弾く。
どうすればいいんだ?
なんとかして、広場にいる人たちを避難させる方法は――
必死に考える俺は、いつの間にか目を閉じていた。
あ、つい癖で眠り入ってしまう。
そのときだった。
スキルが発動し、俺の身体から発せられるオーラが、群衆の中にいたひとりの女性にたまたま触れてしまった。
「……あ、あれ、私……なにをして……?」
きゃーきゃー騒いでいたその女性が、急に戸惑い始める。
もしかしてこれ、正気に戻ってる?
試しに、俺は別の人にも触ってみた。
「……えっ、あれ、ここは?」
――間違いない。
どういう理屈か、俺のオーラに触れた人は魅了の魔法が解けるらしい。
といっても、この人数をいちいち触ってる暇はないよな……。
こう、オーラを広範囲に拡散するようなイメージを――
したらできた。
拡散されたオーラに触れた人々が次々と我に返っていく。
正気を取り戻した人々に、俺はとにかくここから離れるように呼びかけた。
ヴィントとイングさんの戦いを目の当たりにし、群衆は我先にと逃げ出していく。
そして中央広場からは誰もいなくなった。
とりあえず、これでよし。
「ぐはああああっ!」
と、その間にも戦いは進んでいたようだ。
苦悶の声を上げながら、ヴィントがズシャッと石畳の上に転がる。
俺が見ていない間に、なんかズタボロになってるなヴィントのやつ。
衣服は黒焦げだし、髪なんかチリチリだ。
どうやらイングさんの勝利で終わりそうな雰囲気だな。
「ぐぐぐ……」
辛そうに上体を起こすヴィント。
その鼻先に、イングさんがヒュンと剣を突きつける。
「ここまでだな、魔王軍第四師団・副師団長ヴィント」
冷ややかにイングさんはそう告げた。
「くそっ……許さんぞ! 人間風情が! この僕に!」
ヴィントがギリギリと激しく歯噛みする。
その全身から、禍々しくドス黒い魔力がゆらりと立ち昇った。




