第一話 〈眠る強者〉
意識を取りもどす。
どうやら俺は草原っぽいところに立っているようだ。
本当に異世界に転生した……のか?
ふと、空を見上げてみる。
「おお」
青空に月とよく似た衛星らしきものが二つある。
俺がいた世界に、あんなものは存在しなかった。
つまり俺は本当に、異世界に転生したらしい。
「ま、まじでか……!」
これからの異世界ライフに俺の胸は高鳴りはじめた。
正直言って、前世にまったく未練はない。
あんなつまらない世界、もどりたいとも思わない。
俺はこの世界で、気ままに暮らしていくんだ。
どこかのどかな場所で、スローライフを送ろう。
――って、あれ、そういえば?
はた、とあることに気がつき、俺は首を傾げる。
それから俺は、自身の姿を確認してみた。
「……なんにも変わらなくない?」
俺の姿は、転生前となんら変化がないようだった。
身体も手足も、どうやら人間だ。
身長もそのまま。性別も変わったりしていない。
鏡がないから顔は見られないが、おそらく変化なしだろう。多分、年齢も。
それどころか、服装も転生前とまったく同じだ。
高校の制服……黒い学ランである。
「……もしかしてこれ、異世界『転生』じゃなくて異世界『転移』なんじゃ?」
いやしかし、女神曰く俺は死んだ。
そのうえで、この世界に蘇生(?)されたわけだから、転生でいい……のか?
「うーん……」
冷静になって考えてみると、あの女神の話には納得のいかない点が色々あった。
「……まぁ、いまさらしょうがないか」
とりあえず、移動しよう。
俺は適当に歩きはじめた。
◆
しばらく草原を進んだ俺の前に、それは唐突に現れた。
「グルルルアァ!」
「グルイイイィ!」
人間の子供のような背丈をした、醜い外見の怪物が二匹、草むらから飛び出してくる。
「も、もしかしてこいつら、魔物か?」
キーキーと耳障りな声を発する二匹の魔物の手には、鋭い短剣が握られていた。
たぶんこいつらあれだ、ゴブリンだ。見た目的にそんな感じだろう。
じりじりと、二匹のゴブリンが俺へとにじり寄る。
やばい。向こうは完全にこっちを殺る気だ。
ど、どうする? 戦うのか? でも、どうやって?
当然だが、俺は武器なんて持ってない。丸腰だ。
女神は俺にチートスキルを授けるとか言っていたが、それがどんなものなのかも、肝心の使い方もわからない。
そうこうするうち、一匹のゴブリンが俺に飛びかかってきた!
ゴブリンの短剣が、俺めがけて振り下ろされる。
「おわわわわ!」
俺は咄嗟に、素手で刃を掴んでいた。
「ガィッ!?」
ゴブリンが驚愕したような声を上げる。
俺はそのまま、掴んだ短剣ごとゴブリンを前にぶん投げた。
「アギャァッ!」
不様に地面へと叩きつけられるゴブリン。
もう一匹のゴブリンが、それを助け起こしてやる。
俺は短剣を掴んだ手を見た。
傷ひとつない。まったくの無傷だ。
「どうなってんだ?」
もしかして俺の身体、めっちゃ頑丈になっているとか?
これ、勝てるんじゃないか?
自信がついた俺は、一歩踏み出す。
「今度はこっちの番だ!」
そう高らかに発し、地面を蹴った。
瞬時にゴブリンへと接近、その醜悪な顔めがけて蹴りを繰り出す。
見事にクリーンヒット!
したのだが――
「グルァ?」
「あ、あれぇ……?」
ぴんぴんしてる。俺が蹴りを入れたゴブリン、ぴんぴんしてるよ。
不思議そうに、ぽりぽりほっぺた掻いてやがるよ。こっちが不思議だよ。
二匹のゴブリンが顔を見合わせる。そしてニヤリと嫌な笑みを浮かべあった。
「あ、ちょ、たんま!」
「ギシャアアアア!」
「グガアアアアァ!」
ゴブリンは二匹仲良く俺を攻撃する。
俺は慌てて後退し、ゴブリンどもと距離をとった。
どうなってるんだマジで。
敵の攻撃はまったく効かなかったけど、俺の攻撃も相手にまるで効果がないっぽい。
下卑た笑みを見せながら、俺に迫るゴブリンたち。
どうする? なにか攻撃手段はないのか!?
焦る俺の脳内で、なにかが弾けるような感覚があった――
〈眠る強者〉
寝れば寝るほど強くなる。
〈シャロウ・スリープ〉
眠りながらにして、周囲の状況をまるで夢でも見ているかのように知覚できる。
簡単に言うと、めっちゃすごいレム睡眠。
――な、なんだ今の?
脳裏に浮かんだ謎の文章に、俺は戸惑う。
もしかして、チートスキルの説明……か?
「寝れば寝るほど強くなるって言われても……」
この状況で寝ろというのか?
……いやまぁ、できなくもないけど。
いかなる状況でも俺は、五秒で眠りにつくことができる。
こいつは俺が、元から持ってる特技だ。の○太くんには及ばないが。
しかし本当に大丈夫なのか?
この局面で寝るって、よく考えるまでもなく気が狂ってるとしか思えない。永遠の眠りにつくコースだぞ。
ええい! うだうだやっててもしょうがない!
俺は覚悟を決め、きつく両目を閉じた。
一秒、二秒、三秒、四秒、五秒……
「ぐう」
俺は眠りに落ちた。
たしかに、そういう感覚があった。
しかしどういうわけか俺の意識は、はっきりと覚醒していた。
閉じたはずの視界が、眼前に迫るゴブリンを捉える。やつらは今まさに短剣を俺に突き立てようとしていた。
そんなゴブリンどもを、俺は回し蹴りで薙ぎ払う――
そうイメージした瞬間、俺の身体は勝手に動き、思考通りにゴブリンたちに回し蹴りをお見舞いした。
蹴りを喰らったゴブリンたちの首がもげる。
「うわグロ!」
そう叫びながら、俺は目を覚ました。
しかし起きても、悪夢的な光景は消えていなかった。
俺の足下には、頭部があり得ない方向に捻れたゴブリンの死体が二つ転がっている。
「勝てた……のか」
ひとつ息を吐くと、俺は近くに転がっていた大きな石に座り込んだ。
もう一度、スキルの情報を反芻する。
するとさっきと同じように、脳内に文章が浮かんできた。
〈眠る強者〉
寝れば寝るほど強くなる。
〈シャロウ・スリープ〉
眠りながらにして、周囲の状況をまるで夢でも見ているかのように知覚できる。
簡単に言うと、めっちゃすごいレム睡眠。
なんなんだ、このふざけたチートスキルは。
この適当な説明、いかにもあの女神っぽい。
俺は女神の台詞を思い出す。
『ときにシロウは、眠るのが好きなんだよね?』
『ふふ。そんなキミにぴったしなスキルを授けてあげるよ』
たしかに俺は寝るのが好きだよ。
常日頃から、「あー寝ながら行動できたらなー」とか思ってたよ。
ある意味、理想的なスキルかもしれないけども。
だからってこれはちょっと……いや、かなり微妙じゃないか?
◆
女神からもらった妙なチートスキルに釈然としないまま、俺は草原をゆく。
「お?」
俺のやや前方に人影――というか、群がる魔物と戦っている人間を見つけた。
第一異世界人、発見。
さっき俺が倒したのと同じ種類の魔物――ゴブリン五匹ほど――が、ひとりの人間を取り囲んでいる。
囲まれているのは……なんと剣を構えた金髪の美少女だ。
鎧を纏っていて、いかにも女騎士といった風体だ。
「これは……助けに入るべきだよな」
俺は女騎士に加勢するべく駆けだした。