第十八話 暗殺とはなんだったのか
セクンドゥムの中央広場は熱狂の渦に包まれていた。
「みんな、今日も僕のために集まってくれてありがとう!」
自身を象った石像の頭頂部に立つホスト風のイケメンが、広場にいる群衆に向けて投げキッスを放つ。
なんか……吐き気を催してきた。
しかし広場は大盛況である。
もしかしてエリシアじゃ、あんなのがウケるとか?
「おえ……なんなのよ、あいつ」
「薄ら寒いな」
「あれ……なんだか鳥肌が」
レオナ、イングさん、リーゼも、同じような心境らしい。
よかった。俺の感性がおかしいわけじゃないようだ。
どうでもいいけど『今日も』って……あいつ、いつもこんなことやってんの?
暇なのかな?
「じゃあ、歌います」
しかも歌うのかよ……。
人々が待ってましたとばかりに歓声を上げる。
もうなんだこれ。
「それでは聴いてください……『麗しのヴィント』……鳴呼~! 麗しの~!」
……うん。
あえて表すなら『ボエ~!』って感じの歌声だった。
だが、観客たちはウットリしてる。
中には感動のあまりか、涙を流している人までいた。
マジかよ。
魅了の魔法、怖すぎだろ。
なんだよ麗しのヴィントって。
どこに泣く要素があるんだよ。
「やはり術者は、あのヴィントのようだな」
下手くそな歌に顔をしかめながら、イングさんが確信したように言う。
「探そうと思っていたら向こうから派手に登場してくれたけど……どうすんの?」
レオナもまた不快そうな表情をしている。
「予想外だったが、これは好機だろう。この場で隙をうかがって……ッ!」
イングさんは途中で言葉を切り、俺たちに目配せをした。
「やつがこちらを見ている」
小さな声で、そう告げる。
まさか、気づかれたのか?
たしかに、ヴィントの視線はこちらを捉えていた。
けど、敵意みたいなものは感じない。
やがて歌い終わると、ヴィントは石像の頭から飛び降りた。
また大歓声が巻き起こる。
「みんな、ちょっとごめんよ。通してくれるかな」
にこやかにヴィントがそう言うと、観客がモーゼの十戒よろしく海のように割れる。
そうしてできた通り道を、ヴィントは悠然と歩き出した。
その先にいるのは――俺たちだ。
ヴィントが目の前までやってくる。
イングさん、リーゼ、レオナ、そして俺は身構える。
「やあ、君たちは初めて見る顔だね?」
そんな俺たちに、ヴィントは爽やかに笑かけてきた。
輝く白い歯が、なんとなく癪に触る。
……前髪はさらりと長く、頭頂部の毛は逆立った髪型。
色白で、くっきりとした目鼻立ちにシャープな顔のライン。
襟の立ったシャツに、白いスーツのような衣服……
近くで見ると、本当にホストっぽい。
しかもイケメンだ。なんか腹立つ。
こんなやつが、本当に副師団長なのか?
「初めまして、僕はヴィント」
名乗りながら、ヴィントは女性陣に近づく。
俺には目もくれないんですけど。
「魔王軍第四師団・副師団長で、みんなのアイドルです。以後お見知りおきを、美しいお嬢さんたち」
なに言ってんだこいつ。
みんなのアイドルて。
「ついでに君もね」
ヴィントが俺を一瞥する。
ついでかよ。わかりやすいやつだな。
なんかもう、ブン殴ってもいいだろうか?
「お嬢さんたちは、どこから来たのかな?」
ヴィントはなぜかリーゼに近寄り、そう訊ねた。
「え、えぇっと……王都からですが……」
あぁ、そっか。
そういやリーゼたちは王都から派遣されてきたわけだから、まるっきり嘘ではないな。
「へぇ、そうなんだ。観光……なわけないよね。もしかして行商かなにか?」
ヴィントは俺たちの背後にある荷馬車を見やる。
「ええ、まあ……」
うなずくリーゼ。
「そうか。ところで君、綺麗だね。とても美しい髪だ」
ヴィントがリーゼの金髪に触れようと手を伸ばす。
「おい」
俺は反射的にヴィントの腕を掴んで、それを阻止した。
ヴィントが微かに顔を歪め、俺を睨めつける。
「……なんだ君は、無礼なやつだな」
「お前に言われたくねぇよ。いきなり女の子の髪に触ろうとするとか、行儀が悪すぎだろ」
「やれやれ……面倒だな」
呟いて、ヴィントは薄ら笑いを浮かべた。
くそ、ムカつく顔してやがる。
イケメンは敵だ。こんなやつなら遠慮なくブッ飛ばせそう。
「そろそろ、その手を離してもらおうか」
ヴィントが俺の手を振り払い、カッと両目を見開く。
なんだ?
大きく開いたヴィントの双眸から、妖しい光が放たれた。
「……む、いかん!」
イングさんが咄嗟に、リーゼとレオナの首に手刀を喰らわせる。
リーゼとレオナが、ばたりと倒れた。
恐ろしく速い手刀。
俺でなきゃ見逃しちゃう……か、どうかはわからないが。
って、そうじゃなくて!
「なにやってんですか、イングさん!?」
「さっきの眼光、あれが魅了の魔法だ」
そうだったのか。
「……いやいや、だからってどうして二人を気絶させたんですか!」
「シロウ、お前はこんなやつに魅了されてしまったリーゼやレオナを見たいのか? 私は見たくない!」
「……たしかに見たくないですね」
「うむ、そうだろう。だから術にかかる前に意識を奪った」
イングさんは得意げに言う。
とんでもないな。
レオナは後で絶対に怒るぞこれ。
「君たちは……どうやらただの商人じゃないみたいだね」
ヴィントがこちらを警戒するように、じりじりと後退する。
あ、今さら気づいたのか。
てっきり正体わかってて話しかけてきたんだとばかり思っていた。
え。ということは、こいつただ単にリーゼをナンパしにきただけだったのかよ……。
なんて野郎だ。ふざけてる。
「何者かは知らないが……異物は排除させてもらうよ」
ヴィントが口端を吊り上げる。
どうやら、こっちと戦う気らしい。
「この街は僕の輝く舞台なんだ……君たちのような無粋な輩に邪魔はさせないよ」
なんかキザったらしい口調とポーズで、ヴィントが俺の神経を逆なでしてきやがる。
「予定がかなり狂ってしまったな……まぁいいだろう。シロウ、やるぞ」
イングさんが不敵な笑みを浮かべ、油断なく身構えた。
えぇ、本当に戦うの?
暗殺するんじゃなかったの?
いったい、作戦とはなんだったのか。
まぁ、遭遇してしまった以上はやるしかないか。




