第十七話 セクンドゥム潜入
セクンドゥムの街が見えてきた。
モルス樹海を抜けた先にある村から、馬車で街道を行くこと一日ばかり。
セクンドゥムは、海に面した大きな街のようだ。魔王軍に奪われる前は、他国との交易が盛んな街だったらしい。
リーゼに教えてもらった知識だけど。
しかし、荷馬車の御者席から遠目に見るぶんには、魔王軍に支配されてるって雰囲気はどこにもないな。
そういや、リベルタスと違って結界に覆われてない。
「セクンドゥムって、リベルタスみたいな結界はないんですか?」
隣で馬の手綱を持つイングさんに訊ねる。
「ある……いや、『あった』と言うべきか。魔王軍に破られてしまったんだろう。だからこそ街を奪われてしまっているわけだが」
鎧を脱ぎ、商人の衣装――木綿かなにかでできた服――を着たイングさんが答えてくれる。
結界って言っても、万能じゃないってことか。
ガタゴトと音を鳴らしながら、馬車は街道に敷かれた石畳を進んでいく。
イングさん同様にリーゼとレオナ、そして俺も、予定通りに商人に変装していた。
後ろの荷台にいるリーゼとレオナは、袖の上腕部が膨らんでるワンピースっぽい服を着ている。
イングさんと俺は、ともに動きやすそうな上着とズボンだ。
しかし――
俺は横目でイングさんを見る。
鎧を着ているときはわからなかったけど、イングさんは立派な胸の持ち主だった。
なんかもうシャツがキツそうだ。はちきれんばかりである。
馬車が揺れるたびに、イングさんの胸も揺れる。
もう何時間も目にしているけど、まったく飽きない。
「……シロウ、そろそろ到着するぞ。私の胸元にばかり気を取られているなよ」
「あ、はい」
まぁ、しっかりばれてたよね。
そんなこんなで、俺たちの乗る馬車はセクンドゥムの入り口――街を守る門の前まで辿り着いた。
「止まれ止まれー!」
さっそく門番らしき兵士が制止してくる。
「あれ……人間?」
魔王軍の兵士なら、てっきり魔物かなにかだと思ったのに。
「おそらく、元から街にいた我が国の兵士だろう」
イングさんが小声で教えてくれる。
つまり、そのまま魔王軍に使われてるってことか。
大人しく兵士に従い、イングさんは手綱を引いて馬を止めた。
兵士がすぐそばまで寄ってくる。
「お前たち何者だ!」
「私たちは旅の商人です」
イングさんが淡々と返す。
「よし通れ!」
えぇっ、いいの!?
警備がザルすぎじゃない?
「待て待て!」
もうひとり、門のそばに控えていた別の兵士が呼び止めてくる。
「念のため、荷台の中を確認させてもらおう!」
うん、だよな。普通そうするよね。
「どうぞ」
イングさんが、あっさりと了承する。
荷台にはリーゼとレオナ、それからカモフラージュ用の商品……武具や食料などが積んであるだけだ。
見られて困るようなものはなにもない。
兵士が馬車の後ろに駆け足で回り込んでいく。
ややあってから、
「問題ない! 通ってよし!」
こうして俺たちは、セクンドゥムへの潜入に成功した。
◆
門を通ってセクンドゥムの中へと入った俺たちは、街の中央広場までやってきた。
馬車から降りて、周囲を眺める。
街の中は魔王軍によって占領され、人々は奴隷として虐げられていた――
なんてことはなく。
むしろセクンドゥムは活気に満ち溢れていた。
「どうなってんのよ、これ……」
まるで祭でも開かれているかのように騒がしい中央広場を見渡しながら、レオナが呟く。
広場では、あちこちに様々な露店が並び、たくさんの人でごった返していた。
「本当に……魔王軍に占領されているんですよね?」
誰にともなくリーゼが確認する。
ふと、俺は中央広場の真ん中にある妙な石像のことが気になった。
「なんだありゃ」
高さは十メートルくらい。
たぶん人……男っぽいシルエットをした石像だ。
なんと表現すればいいのか……
やたら襟の立った、やけに胸元の開いたシャツを着ていて……顔はイケメンだ。
髪型は前髪や横の髪が長くて、逆立ってる感じ。
……そう、簡単に言うとホストみたいな。
そのホストみたいな石像の周りには人々が群がっている。
「ヴィント様ー!」
「素晴らしいヴィント様ー!」
「麗しのヴィント様ー!」
「我らが支配者ー!」
「結婚してー!」
石像の周りに集まった人たちは、そんなことを口にしていた。
「なにあれ……なんかの宗教か?」
「いや……たしかヴィントというのは、魔王軍第四師団副師団長の名前だ」
と、イングさん。
「じゃあ、あの変な石像が副師団長様なわけ?」
レオナが困惑気味に石像を指さす。
「なんだって街の人たちが、魔族を褒め称えてるんだ?」
様子を見るに、無理やりやらされてるって感じでもないし……
みんな、本気であのヴィントとかいうやつに心酔しているかのような表情をしている。
「おそらく、禁忌の魔法だろう。街の人間に魅了を施しているのかもしれん……厄介だな」
イングさんが苦虫を噛み潰したような表情を浮かべる。
「これでは、街の中で協力者を得ることができないぞ……」
そうか、敵に操られてるってことは街全体が敵みたいなもんだよな。
なにそれ、完全に孤立無縁じゃん……。
「街全体を魅了するほどの魔法だ。おそらく術者はヴィントと見て間違いないだろうな」
「なんだっていいわ、やることは変わらないでしょ。さっさとそのヴィントってのを見つけ出してこ……」
「レオナ、あんまり迂闊に口に出さないほうが……」
剣呑な台詞を口走りそうだったレオナを、リーゼがやんわりと注意する。
まあ、誰が聞いてるかわからないしな。今さらな気もするけど。
と、そのときだった。
ポロロン……
なにか弦楽器のような音色が聞こえた。
中央広場にいる人たちがざわつき始める。
「今の音は……リュートでしょうか?」
俺に向かって小首を傾げるリーゼ。いや、俺に訊かれても困る。
リュートってたしか、なんか琵琶みたいな楽器だよな?
ポロロン……ポロロン……
また音が鳴った。
それに合わせ、広場にいる人たちのざわつきも高まる。
なんだなんだ、なにが始まるんだ。
「ヴィント様よ! この美しい音色はヴィント様に間違いないわ!」
群衆の中、ひとりの若い女性がそう叫んだ。
それが呼び水となって、他の人も次々と「ヴィント様」と声を上げはじめる。
え、なんだこれ。
アイドルのコンサートかよ。
黄色い声と野太い歓声が入り混じったヴィントコールが巻き起こる中、リュートの音が鳴り響く。
ポロロン……ポロロン……
「見て! ヴィント様はあそこよ!」
ひとりの女性が、石像の上を指さした。
次の瞬間、大歓声が轟く。
石像の頭頂部に、ひとりの男が立っていた。
手にリュートを持つその男が、リュートの弦を爪弾く。
みょーーん。
間抜けな音がした。
だが、広場の人たちはめっちゃ盛り上がってる。
「やあ、みんな」
リュートを持った男が、群衆に向かって爽やかに笑いかけた。
そこかしこで黄色い悲鳴が上がり、失神する者まで出はじめる。
いやだから、アイドルのコンサートかって。
現れた男の見た目は、ホスト風イケメンの石像と瓜二つだ。
つまり、どうやらあいつが副師団長のヴィントらしい。
いきなり遭遇かよ……。




