第十六話 ハルツィナツィオーン
リーゼを加え、俺たちは迷宮(?)を進み続ける。
「シロウ、またスライムよ!」
「シロウ、壁や床にも気をつけて!」
スライムや、壁とか床から飛び出してくる触手を蹴散らしつつ通路を歩いていく。
「……ねぇ、思ったんだけど」
「どうした?」
「あたしたち、同じところをグルグル歩いてない?」
「わたしも思っていました」
……マジで?
「同じような景色が続いているから、そう錯覚してるだけ……とか?」
「だって、ほら」
「あれを見てください」
レオナとリーゼが指をさした先には、さっき俺たちが倒した触手の残骸が転がっていた。
うん、これは完璧に同じところ通ってるわ。
「けど、他に道なんかあったっけ?」
「……あたしは気がつかなかったけど」
「見落としているか、もしかしたら隠し通路があるのかもしれません。今度は、よく調べながら行きましょう」
リーゼの言葉に従い、俺たちはどこかに別の道などがないか念入りに調べていく。
しかし、それっぽいものは発見できなかった。
レオナやリーゼがいたのと同じような広間で、俺たちは途方に暮れる。
「……どうする?」
「うーん……」
考え込むレオナとリーゼさん。
なにか脱出できるような精霊魔法はない……んだろうなあ。
リレ○トとか、トラ○スト的な。
つーか、あったらとっくに使ってるよな。
「だー、もう! 面倒くせぇ!」
俺は目を瞑り、眠った。
〈眠る強者〉を発動させると同時に、手にオーラを集中させる。
「ちょっとちょっと、なにする気よ!」
「シロウ!?」
「ぶち抜く」
手に溜めたオーラを、俺は眼前の肉壁に放った。
巨竜を倒した〈神魔法〉とかいう能力だ。
もっとも、あのときよりずっとずっと威力は低めにしてあるが。
サッカーボールぐらいの大きさをしたオーラの塊が、肉壁にぶつかり風穴を開ける。
俺は連続でそれを繰り返し、広間の天井や壁に手当たり次第で穴を開けまくった。
すると――
『やめんかぁ!』
どこからともなく、そんな怒声が轟いた。
なんか、聞き覚えあるな。
もしかして……
「今の、あの変態じじいじゃない?」
「ああ、俺もそう思った」
「もしかして、『お前の心を覗いている』とか言っていた?」
どうやらリーゼも遭遇していたようだ。
『誰が変態じじいじゃ!』
うお、聞かれていたらしい。
『まったく……もう少し弱らせてから、ゆっくりおなごどもを嬲ってやろうと思っとったのに……むちゃくちゃやりおるわ、小僧めが!』
「やっぱり変態じじいじゃねーか!」
あのスライムといい触手といい、どうにも怪しいと思ってたんだ。
『やかましいわ! こうなりゃもう一気にカタをつけてくれる!』
変態じじいが切れた。
いや、めっちゃ理不尽じゃないか?
『死ね、小僧! ヒハハハハッ!』
うわぁ……なんかもう、すっごい小物っぽいし……。
『出でよ、肉人形どもよ!』
じじいが叫んだ途端、広間の壁や床――いたるところの肉が隆起し、人型となった。
うん、まさしく肉人形だな。酷いネーミングセンスだけど。
やつらは全身が赤黒く、顔には目も鼻も口もない。
背丈や体型はまちまちだ。
「き、気持ち悪っ!」
「不気味です……」
レオナとリーゼが顔を青くする。
たしかに、なんというか生理的な嫌悪感を覚える敵だ。
『さあ、やれぃ! 肉人形ども!』
じじいの号令とともに、無数の肉人形たちが一斉に俺たちへと襲いかかってきた。
すでにスキルを発動済みの俺は、片っ端から肉人形を攻撃していく。
リーゼとレオナも武器を取り、それぞれ応戦する。
二人とも気味悪がっていたが、さすが騎士だ。
そうして戦うこと数分――無数にいた人形どもは、あっという間に肉の塊と化した。
『ば、バカな! ワシの人形が簡単に!』
じじいのザ・小物発言に磨きがかかってきたぞ。
『くっ、ならばワシ自らが相手をしてくれるわ!』
「そういう台詞を使うやつって、だいたい弱いんだよなぁ……」
「調子に乗るでないぞ、小僧ども!」
うお、いつの間にか俺たちの目の前に、変態じじいが姿を現していた。
長く白い髪と髭に、魔法使いのようなローブを纏った老人……間違いない。
「我が名はハルツィナツィオーン! 誉れ高き魔族の幻術使いよ!」
変態じじいが名乗りを上げる。
「うるせぇよ。あんたなんか変態じじいで十分だろ」
「ぐぬぬ、小僧がぁ!」
「幻術師ハルツィナツィオーン……!」
「まさかそんな大物だったなんてね……」
リーゼとレオナが、じじいの正体に驚いている。
どうやら知っているみたいだけど……てか大物?
「いや、どこからどう見ても小物じゃないか?」
「シロウ、油断しないでください!」
リーゼに叱られてしまった。
だが悪くない。
「リーゼ、もっと頼む」
「はい!?」
「どっちが変態よ……」
いやいや、俺は違うし。
あんなじじいと一緒にされたくないし。
「ええい、ワシを無視するな! 小僧め、貴様に幻術をかけてくれる!」
口角泡を飛ばして、変態じじいは手に持っていた杖を振りかざした。
「かああああっ!」
杖の先端が妖しい光を放ち、俺の視界を眩ませる。
「ククク……小僧、貴様には仲間のおなごどもがワシの姿に見えるよう幻術をかけた!」
「な、なにぃ!」
野郎、なんておぞましい術を使いやがるんだ!
美少女が、醜い変態じじいの姿に見えてしまうなんて!
「シロウ……?」
「シロウ、どうしました?」
レオナとリーゼの声に、俺はおそるおそる二人を見た。
「――って、あれ?」
別に普通だった。
リーゼもレオナも、あのじじいの外見なんかじゃない。
「おい変態じじい、なんともないぞ」
「ばっ、バカな! ワシの幻術が効かんじゃと!?」
どうなってるんだ?
と思ったら、もはや毎度お馴染みになりつつある女神によるスキル説明が、俺の脳裏に浮かび上がる。
〈シャロウ・スリープ〉での視界には、幻術などによるあらゆる視覚的効果が無効らしい。
まるで取って付けたみたいな説明だな……。
だけどまぁ、助かった。
「さて変態じじい、覚悟はできてるか?」
「ヒ、ヒィィィィッ!」
さんざん苦労させられたんだ、きっちり礼をしないと――
◆
変態じじいこと幻術師ハルツィナツィオーンをボコったら、あっさりと元の場所――モルス樹海に帰ってこられた。
「お前たち、無事だったのか!」
出迎えてくれたイングさんに、ここまでの経緯を説明する。
「なるほどな……幻術師ハルツィナツィオーンか。やつはたしか、魔王軍には属さない、はぐれ魔族だったな」
「あれ、そうなんですか? でも『あのお方に報告』とかなんとか言ってましたけど。リーゼもレオナも、同じこと聞いたみたいですし」
「ふむ……やつの背後には何者かがいるということか……? なんにせよここからは、さらに用心深く進まねばな」
しばらく何事か考え込んだ後、イングさんは「ところで」と急に顔を上げた。
「お前たち、なんだか異空間に飲み込まれる前より距離が縮まってないか?」
そう口にしながら、イングさんは意味ありげな視線を俺に向ける。
「な、なんですか?」
「いや、中々に手の早いやつだと思ってな」
「なんか誤解してません?」
「まあまあ、気にするな」
そっと俺に近づき、イングさんが耳打ちしてくる。
「昔から転生者は、異性と仲良くなるのが早いと聞く」
「なんですか、その情報……」
まったく必要ないな。
「まーたなんか二人でコソコソ話してるし」
「なんだレオナ、嫉妬か? 私とシロウの仲に妬いちゃってるのか?」
「なっ――違います! 誰がっ!」
その後は何事もなく、俺たちは無事にモルス樹海を抜けたのだった。




