第十五話 触手とリーゼさん
俺はレオナと二人、不気味な迷宮(?)の中を進んでいた。
レオナを発見した広間っぽいとこから続いていた狭い道を、たまに出てくるスライムを倒しながら歩いていく。
「リーゼさんとイングさん、無事だといいんだけどな」
「そうね。ま、隊長は大丈夫でしょうけど。あの人、かなり強いし」
「そうなのか?」
まあ、隊長っていうぐらいだもんな。
「あはは、あんたにはピンとこないかもね。隊長すら、ひとりじゃ手に負えないようなドラゴン倒しちゃったんだし……」
「いや、あれは俺ひとりでも無理だったし」
イングさんたちが隙を作ってくれなきゃ、スキル発動できなかったからな。
「……心配なのは、リーゼね。隊長と一緒だといいんだけど……」
「リーゼさんの実力って、率直に言ってどんなもん?」
初めて会ったときの戦い振りを見るに、弱くはないと思うんだけどな。
「決して弱くはない……わよ? ただ、あの子はどちらかというと支援役だから。使える魔法も回復とか身体強化系が多いし……誰かと組んでこそ、なのよね」
なるほど。それは心配だ。
「こうしちゃいられない、早くリーゼさんを見つけよう!」
「ちょ、いきなり走るな! そもそもリーゼがここにいるとは限らないでしょうが!」
俺はピタリと止まる。
追いついてきたレオナが、やれやれと頭を振る。
「まったく……闇雲に突っ走らないの。なんか罠でもあったらどうすんのよ」
「おお、なんかお姉さんぽい!」
俺は、なんとなく感動する。
勝気な女子に叱られるのって、なんかこう、いいよね?
「あんたね……そういえば、シロウって歳いくつなの?」
「ん、一六だけど?」
いや、ちょっと待てよ。
俺は転生したわけだから、本当は〇歳なのかも?
……まあ、なんかややこしくなるので一六で通させてもらおう。
「ふぅん……リーゼと同い年か」
「ほほう」
リーゼさんは俺と同じ一六歳なのか。
見た感じ、それぐらいだろうなとは思っていたけど。
「ちなみに、あたしは十九よ!」
薄い胸に手を当て、レオナが主張する。
「へー」
「……もうちょっと興味持ってくれてもよくない?」
しゅんとレオナが項垂れる。
そんなこと言われても。どう反応すりゃいいんだ?
「……ねぇ、ちょと気になってたんだけど」
「ん?」
「あんたって、もしかしてリーゼのこと、その……す、す、す、す……」
なぜかレオナがどもりだす。
が、勘のいい俺は彼女がなにを言いたいのか悟った。
鈍感系男子ではないのだ。
「ああ、そうだな」
「えっ! ……やっぱり?」
「うん。初めて見たときから、そう思ってる」
そう、俺はリーゼさんのことを――
「素敵だなって」
「……は?」
「え?」
「素敵……って、それだけ?」
「それ以外になにがあると?」
凛とした気品と柔和な優しさを兼ね備え、しかも姫騎士!
素敵以外にどう形容しろと?
「……なんか、もういいわ」
ゲンナリした様子で、レオナが投げやりに手を振る。
なんだってんだ、いったい?
そんなやり取りを交わしつつ通路を進んでいると――
「きゃああああっ!」
いきなり悲鳴が聞こえてきた。
って、またこのパターンかよ。
俺とレオナは顔を見合わせる。
「今の悲鳴って、もしかして……」
「リーゼの声だわ!」
俺たちはうなずき合うと同時に駆け出した。
◆
またぞろ広間のような場所に駆けつけた俺とレオナの目に、とんでもない光景が飛び込んできた。
肉の床から伸びる赤黒い触手たちがリーゼさんの身体に絡みつき、彼女を上空へと持ち上げている。
「や、やめて……っ! 離しなさい!」
恥辱を堪えるように、リーゼさんは唇を噛み締める。
粘液を滴らせながら、リーゼさんの身体を這いまわる触手が彼女の足を開かせようと――
「って、やめなさい!」
レオナが床を蹴り、高く跳躍する。
そのまま腰の剣を抜き、リーゼさんに絡みつく触手を切断した。
落下したリーゼさんを、すかさず俺がキャッチする。
いわゆる、お姫様だっこの形で。
「まさか本当のお姫様をお姫様だっこする日がくるとは……」
「シ、シロウ……?」
謎の感慨に耽る俺を、リーゼさんが腕の中から見上げてくる。
「よかった……無事だったんですね……」
「リーゼさんこそ」
「ちょっとー、いつまでそうしてるつもりよ?」
「レオナも無事だったのね!」
俺は喜ぶリーゼさんをそっと床に立たせる。
見たところ、怪我なんかはなさそうだ。よかったよかった。
「隊長は一緒じゃない……みたいね」
言いながら、レオナは剣を鞘に納める。
たしかにイングさんの姿は見当たらない。
「もしかしたら、イングさんはこの妙な場所には来てないんじゃないか?」
「どういうことよ?」
「さっきリーゼさんを捕らえてた触手って、たぶん俺たちをここに引きずり込んだやつだよな?」
「おそらく、そうだと思いますけど……」
モルス樹海で突如として開いた謎の黒い穴。そこから飛び出してきた無数の触手によって、俺たちはこの気味の悪い場所へと引っぱり込まれたんだと思う。
「あのとき、イングさんだけは触手を防いでいたから……」
「そっか……シロウの言う通りだとしたら、隊長は今もモルス樹海にいるのかもしれないわね」
まあ、あの後に触手に捕まってしまった可能性もあるんだけど。
「レオナ、イングさんはかなり強いって話してたし、もしかしたら……」
「そうね、そうかも! そういう前向きな考え方は嫌いじゃないわ!」
バシバシ、とレオナが俺の背中を叩く。
「……あのー」
リーゼさんが遠慮がちに、俺とレオナとの間で視線を行き来させる。
「なんだかシロウとレオナ、仲良くなってませんか?」
「え?」
「は、はぁ!?」
かっ、と顔を赤くしたレオナが、わざとらしく俺との距離をあける。
「き、気のせいよ! 別に普通でしょ普通! ねぇ、シロウ!?」
「いや、俺に振られても……」
「ほら!」
我が意を得たりとばかりにリーゼさんが声を上げる。
「レオナ、いつの間にかシロウのことを名前で呼んでいるじゃない。それにさっき、シロウもレオナと呼んでいましたよね?」
「え、ああ、呼びましたけど……」
「やっぱり、仲良くなってますよね?」
「そ、それは別に仲良くなったとかじゃなくて……」
リーゼさんに詰め寄られたレオナが、わたわたとなにやら焦っている。
「ずるいです」
かと思えば、今度は俺のほうを向いてそう呟いた。
なんか目が据わってるんですけど……。
「は、はい?」
「わたしだけ『さん』付けだなんて、なんだか距離を感じてしまいます」
どこか拗ねたような口調で――というか実際、拗ねているのかもしれない――リーゼさんは言った。
「シロウ、どうかわたしのことも呼び捨てにしてください」
えぇ……妙なとこにこだわるなぁ。
ちょっと意外な一面かもしれない。
「わ、わかりました」
「敬語もやめてください」
「はい……じゃなくて、ああ」
じっ、と俺に期待の眼差しを注ぐリーゼさん。
あ、これ実際に呼ばないと駄目なやつか。
「え、えぇと……リーゼ?」
「はい!」
俺が名を口にするとリーゼさん――ではなくリーゼは嬉しそうに満面の笑みを浮かべた。




