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第十三話 精霊魔法と禁忌の魔法

 準備を終えた俺たちは、プリムス砦を出立した。


 つっても、俺は特にやることはなかったんだが。着の身着のままだ。


 あ、二日分の食料と水は持たせてもらったけど。


 道中、襲ってくる野生の魔物を倒しながら進んでいく。


 そんなこんなで休憩を挟みつつ数時間かけて、俺たちはモルス樹海までやってきた。


「……え、これが樹海?」


 眼前に広がる光景に、俺は当惑する。


 樹海と聞いて想像していたのとは、まったく違うというかなんというか……。


 モルス樹海の木々は、まるで石のように枯れ果てていた。

 緑なんてどこにもない。すべてが灰色だ。


「驚きましたか、シロウ?」


 俺の隣に立つリーゼさんが、どこか沈んだ声音で言う。


「この樹海がこんな風になってしまったのは、魔王軍との戦いが原因なんです」


「正確には、あいつらが使う『魔法』のせいよ」


 レオナが忌々しげに呟いた。


「どういうこと?」


「……あんた、妙に物を知らなさすぎじゃない?」


 レオナが訝しむように俺を見る。


 そういや俺が異世界から転生してきたことは、まだイングさんしか知らないんだよな。


 あんまり迂闊に質問とかしないほうがいいのかもしれない。

 いや、俺は別にバレてもいいんだけど。なんとなく。


「教えて、イングさん」


 そっとイングさんに小声で話しかける。


「うむ、我々エリシアの人間が使う魔法は、精霊魔法と呼ばれていてな」


 そういやドラゴンと戦ったとき、イングさんたちは精霊がどうのとか唱えていたっけ。


「エリシアには、マナという物質が存在する」


 おお、マナ! ファンタジーの定番だな。


「マナは精霊や魔法、そしてあらゆる生命の源でもあるんだ」


 うんうん、なんか聞いたことある。


「我々エリシアの人間は、誰もが精霊と交信することができる」


「精霊と交信……?」


「ああ、個人によって程度の差はあるがな。精霊と交信して、彼らに『お願い』するんだ。力を貸してくださいとな。それが精霊魔法の正体だ」


 なるほど、なんとなく理解した。


「精霊魔法は、いわば自然の力だ。だからマナを穢すことはない。だが……魔族が行使する魔法は違う。あれは……唾棄すべき禁じられた魔法だ」


 スッと、イングさんは目の前に広がる枯れ果てた樹木を指さす。


「モルス樹海があんな姿に成り果てたのは、マナが汚染されてしまったからだ。魔族が使う魔法は、大気中のマナを体内に吸収して吐き出す……という原理らしい。そうやって吐き出されたマナは、酷く穢れている」


 なんか、空気と二酸化炭素みたいな話だな。


「その穢れたマナが、清浄なマナを汚染し、生命を蝕んでいるんだ。この樹海の木々たちみたいにな」


 そんなやばそうな魔法を、魔族の連中はバンバン使っているわけだよな……


「もしかしてエリシアが滅びそうなのって……?」


「ああ、マナの穢れが直接的な原因だ。ここ同様、穢れに汚染された場所が、エリシア各地でいくつも確認されている。戦いが長引けば、やがては人間や精霊……いいや、この世界そのものが汚染されてしまうだろう」


 ……思っていたよりも、かなり深刻な状況なんだな。


「ちょっと、さっきから二人でなにコソコソ話してんのよ?」


 レオナがジト目でこちらを睨んでくる。


「なんだ、気になるのかレオナ?」


 からかうような口調のイングさん。


「べ、別に?」


「実はな……私とシロウは、愛を囁き合っていたんだ」


 またこの人は、真顔でしょうもないことを……。


「あ、愛っ!?」


「な、なななな! 隊長とシロウはそのような……!?」


 リーゼさんもレオナも間に受けてるし。


「そんなわけないでしょうが」


「シロウ、そんな嫌そうな顔で否定しなくてもいいんじゃないか……?」


「なんだ……また隊長の冗談か」


「びっくりしました……」


 レオナとリーゼさんが、どこか安心したように、ほっと息を吐く。


「さて、そろそろ休憩は終わりだ。ここからは一気にモルス樹海を抜けるぞ。モタモタしていると日が落ちてしまうからな」


 イングさんの一声に、リーゼさん、レオナ、俺の三人はうなずきを返す。


 反則的な防御力を持つ俺が先頭に立ち、その後ろにレオナ、リーゼさん、しんがりがイングさんといった隊列を組んだ。


 いざ樹海に進み入ろうとした、そのとき。


「シロウ、樹海に入る前にひとつだけ」


 後方から、イングさんが声を飛ばしてくる。


「なんですか?」


「モルス樹海の中はマナが汚染された影響で、精霊の力が弱くなる。私たち三人は、戦力が半減されるも同然だ」


 まじかよ。いきなり責任重大じゃないか。


 たぶん、俺にはなんの影響もないはず。


 つまりは俺が、彼女たちを支えなければ。


「わかりました。俺がしっかり守ります」


 イングさんは「ああ、任せたぞ」と俺に笑いかけた。


「ふん……別にあんたなんかに守ってもらわなくても、あたしは平気だし」


 レオナは面白くなさそうにそっぽを向く。


 こいつ、いちいち突っかかってくるよなぁ……。俺なんかしたっけ?


「よろしくお願いしますね、シロウ」


 リーゼさんが俺に柔らかく微笑んでくれる。


「はい、もちろんです!」


 なんかもう、なにが出てきても負ける気がしないな!


「じゃあ、俺は寝ます」


「だからなんなのよ、それ……」


 レオナが脱力したように言う。


「シロウの力は、眠らないと発動しないみたい」


「それはあたしも聞いたけど……どういう理屈なの?」


 俺も知らん。


 リーゼさんとレオナの会話を耳にしながら、俺は眠りに落ちた。



      ◆



「オラァ!」


 ドゴッという鈍い音が、朽ち果てた森林に響く。


 狼のような魔物の眉間に、俺の右拳がめり込んだ音だ。


 魔物は物言わぬ屍となって、ぐらりと地面に崩れ落ちた。


 狼にしちゃどっしりとした体格で、大きさは一メートル半ぐらい。

 この魔物は、カニス・ディルスと呼ばれているらしい。


「やああああっ!」


 鋭い声とともに、レオナが長槍を振るう。

 瞬く間に数匹のカニス・ディルスが刺し貫かれ、地に沈む。


 ――すごいな。


 レオナの戦いっぷりに、俺は素直に関心していた。


 レオナの身長が一六〇センチ後半ぐらいで、槍の長さも同じぐらい。

 ほとんど身の丈ほどある槍を、あそこまで自在に操るなんて、かなりすごい。


 いいなー、俺もなにか武器を持とうかな。

 いまさらだけど素手で魔物を殴るのって、あまり気分が良くないし。


「っ……はぁ……はぁ……きっつい……」


 槍を杖代わりに、レオナは肩で息をする。

 頬には汗が伝い、かなり辛そうだった。


「大丈夫か?」


「平気よ平気!」


 俺が声をかけると、レオナはがばっと背筋を伸ばし、ずかずかと歩き出した。


「おいレオナ、隊列を乱すな」


 すかさずイングさんの注意が飛んでくる。

 けどその声にも、どこか疲労の色が滲んでいた。


 リーゼさんも、顔色が悪い。


 俺以外は、みんな辛そうだった。


 これが、穢れたマナによる汚染の影響か……。


 早くこの樹海を抜けないとな。

 どれぐらい進んだんだろう。

 行けども行けども同じような景色で、時間の感覚が正常に働いていない気がする。


 ――グニャリ。


 ああ、なんかもう視界まで歪んできたし――って、うん……?


 いいや、違う!


 前方の空間が、実際に歪んでるんだ!


「気をつけろ、なんかおかしい!」


 俺がみんなに注意を呼びかけると、各々が武器を取った。


 歪んだ空間が、ビキビキと音を立てながら割れる。


「な、なんだこれ……?」


 虚空にぽっかりと、黒い穴が穿たれていた。

 そこから、無数の『なにか』が勢いよく飛び出してくる。


「うおっ!?」


 飛び出してきたなにかが、俺の身体に絡みつく。


 まさかこれ、触手か!?


 くそ、みんなは……!


 周囲に顔を巡らすと、リーゼさんもレオナも無数の触手に四肢を絡め取られていた。


 唯一、イングさんのみが剣と盾で触手を防いでいる。


 ちくしょう、なんとかしないと!


 そう思ったのも束の間、俺は無数の触手によって虚空に穿たれた黒い穴の中へと引きずり込まれた――

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