第十二話 イングリット隊の新たな任務
翌朝、俺は知らない騎士に起こされた。
「シロウ殿、イングリット隊長がお呼びです。執務室までお越しください」
それだけ告げて、騎士はさっさと行ってしまう。
俺はのそのそとベッドを下りて、あくびをひとつ。
やはりスキルのせいか、いまいち寝た気がしない。別に身体が疲れてるとかはないけど。
「えぇと……執務室だっけ」
それどこだっけ?
昨日、イングさんと話した部屋ってことはわかるけど、場所まで覚えてないぞ。
ま、誰かに訊けばいいか。
身支度をして、俺は部屋を出た。
そこら辺にいた騎士に、執務室まで連れてきてもらった。
木の扉をノックして、返事を待ってから部屋に入る。
「おはよう、シロウ」
「おはようございます、シロウ」
「……ふん」
執務室には、イングさんの他にリーゼさんとレオナもいた。
「おはようございます」
「すまないな、いきなり呼び出して。まあ座ってくれ」
イングさんに言われ、俺は昨日と同じ長椅子に着席した。隣にはリーゼさん、さらにその隣にはレオナも座っている。
「よし、これで揃ったな」
俺たちの対面で、イングさんが満足そうにうなずいた。
「それで隊長、話ってなに?」
どこか不機嫌そうな声で、レオナはイングさんに問う。
「ああ、まずはレオナとリーゼに言っておくことがある。実はシロウには、我らイングリット隊に協力してもらうことになった」
「はぁ!?」
レオナが素っ頓狂な声を上げる。
「本当ですか、シロウ?」
「はい、リーゼさん」
「それは心強いですっ!」
ああ、やっぱリーゼさんは優しいなあ。朝から癒やされる。
「隊長、なんでこんな素性もよくわからないようなやつ!」
レオナが腰を浮かし、びしっと俺を指さす。
「レオナ、シロウの力は見ただろう。彼がいれば、魔王軍との戦いは格段に楽になる」
「っ……それは……そうだけど」
萎れるように、レオナは椅子に座り直した。
「それに、だ。新たな任務はシロウ抜きでは到底、達成できないようなものだからな」
新たな任務というイングさんの言葉に、リーゼさんもレオナも居住まいを正した。
「王都から命令が?」
と、静かにリーゼさんが確認する。
「ああ、昨夜遅くにな。『魔王軍第四師団によって支配されたセクンドゥムの街を解放せよ』だとさ」
イングさんが淡々とそう述べる。
「そっか、セクンドゥムは第四師団の本拠地に近いものね。そこを足がかりにして、第四師団を叩こうってわけね」
「ああ、レオナの言う通りだろう」
「それで、他所からの増援は?」
レオナの質問に、イングさんは緩やかに首を振った。
「なしだ」
「なっ……援軍出さないって正気なの!?」
「さあな。ただ、兵を出さないというよりは出せないんだろう。セクンドゥムの攻略には何度も挑んで、ことごとく失敗している。すでに被害は甚大だ。どこも余裕がないということだろうな」
「だからって、あたしたちだけでなんて無茶にもほどがあるでしょ……王都のやつら、リーゼに嫌がらせしてんじゃないの?」
リーゼさんへ嫌がらせ? どういう意味だろう。
「正確には我らイングリット隊とリベルタスの駐留部隊で、だがな」
「それでも無謀だっての……」
レオナが呆れたように天井を仰ぐ。
「……冒険者の手は借りられないんでしょうか?」
リーゼさんの発言に、イングさんは微苦笑を浮かべる。
「金がないんだよ。基本的にギルドは――冒険者は報酬がなければ動かんからな」
世界の危機だってのに、なんだそりゃ……。
俺の中で、どんどん冒険者のイメージが悪くなるぞ。
それにしても、騎士団が何度も挑んで全敗とか……セクンドゥムってのは、どんだけ難攻不落なんだ?
「あのー……セクンドゥムってとこは、そんなに危険なんですか?」
俺はそう口にしながら、おずおずと挙手した。
「セクンドゥムには、魔王軍第四師団の副師団長がいるみたいなんです」
リーゼさんが答えてくれる。
「これがどうもかなり強力な魔族らしくてな。ほとんど、そいつひとりにやられているみたいだぞ」
イングさんがそう補足する。
なるほど。要はその副師団長が無双してるせいで、セクンドゥムって街をなかなか奪還できないわけだ。
「そこで――」
イングさんの目線が、俺を捉える。
「シロウの出番というわけだ」
あ、やっぱり。
いや、なんとなくそんな気はしてたけど。
「セクンドゥムの奪還が成らないのは、やはり副師団長の存在が大きい。だから我々は、少数精鋭でセクンドゥムへ潜入……副師団長を暗殺する」
凛とした声音で、イングさんは作戦を説明する。
「少数精鋭……ですか?」
と、リーゼさん。
「ああ、そうだ。それ以外の部隊は、セクンドゥムの近くで待機させておく。副師団長が討たれとなれば、セクンドゥムの魔王軍は混乱するだろう」
「そこへ待機させておいた部隊で、一気に攻め込むってわけね?」
ほー、なるほどなあ。
「街に潜入する少数精鋭というのは? ひとりはシロウで決まりでしょうけど……」
え。リーゼさん、なにゆえ断定的なんですか?
「うむ、もちろんそうだが」
イングさんが首肯する。もちろんそうなのかよ。
「セクンドゥムに潜入するのは……ここにいる四人だけだ」
イングさんの宣言に室内がシーンとなる。
「……本当に大丈夫なの、この作戦?」
そう口火を切ったのはレオナだった。
「ああ、大丈夫だ」
イングさんは力強く肯定する。
「こちらにはシロウがいるからな。成功の見込みは高い」
「そうですね、わたしたちにはシロウがついています!」
ぐっ、と両手を胸の前で握りしめるリーゼさん。
「どんだけ信頼度高いのよ……」
レオナが溜め息混じりに呟くのが聞こえてくる。
うん、それは俺も思ってるよ。
――しかしなんというか、期待してくれるのは嬉しいんだけど、プレッシャー感じちゃうよなぁ……。
でもまぁ力を貸すと決めた以上、きっちりやらないとな。
「イングさん、潜入って具体的にはどうやるんですか?」
まさか四人とも、このままでってことはないだろう。
イングさん、レオナ、リーゼさんは鎧なんか着てたら騎士って丸わかりだ。
俺だって、この世界じゃ奇妙に見える学ラン姿だし。
そんなもん、目立つどころの話ではない。
だから当然、なにかしらの変装が必要になると思うんだけど……。
「セクンドゥムの警戒は厳重なようだからな……当たり前だが、潜入時には変装をする」
「ま、そりゃあそうよね。それで、あたしたちはなんに化けるわけ?」
「無難だが、商隊だな」
ん? それって、人間の……だよな?
「あの、魔王軍に占拠されてる街に、人間の商隊が入れるんですか?」
「入れるさ。人間の中には、魔王軍相手に商いをする輩も少なからずいるからな」
いわゆる死の商人みたいなやつか……異世界も大変だなー。
「そういえば、ここからセクンドゥムに向かうとなると……モルス樹海を抜けないといけませんよね?」
リーゼさんが、ふと思い出したようにそう言った。
「ああ。モルス樹海を抜けた先にある村に、変装に使うものと馬車を手配するよう、伝令してある」
「あたしたちの出立はいつ?」
「今日の正午だ」
おお、随分と急だな……
「ここからセクンドゥムまで歩けば丸二日はかかるからな。急ぐに越したことはない」
俺の戸惑いを見てとったのか、イングさんはそう付け加える。
「馬とかはいないんですか?」
さっき馬車とか言ってたし、この世界にも馬はいるんだとばかり思ったが。
「……私たちの馬は、昨日の戦いですべて失われてしまった」
イングさんは沈痛な面持ちを見せる。
「そうだったんですか……」
きっと、ドラゴンにやられてしまったんだろう。
「そういうわけだから出発は正午。各自、それまでにしっかりと準備を整えてくれ。では、この場はこれで解散とする――」




