第十一話 姫騎士と不機嫌なお嬢様
オリエンス騎士団――というより、イングさんたちに協力することになった俺は、プリムス砦内にある宿舎へと案内された。
意外にも、宿舎は魔王軍の魔物たちにより荒らされたりしてはおらず、そのまますぐにでも利用できるらしい。
イングさんの部下である騎士のお兄さんに、寝室まで案内してもらう。
「シロウ殿は、こちらの部屋を好きにお使いください。食堂と風呂は一階にあります。それでは自分はこれで」
騎士のお兄さんが一礼する。
「あ、はい。ありが……」
俺が言い切る前に、騎士のお兄さんはキビキビとした動作で去っていった。
「うーん……」
なんというか、微妙に壁を感じる対応だ。
どっか怖がられているような。
無理もないのかもしれないけど。俺なんて向こうからしたら、いきなり出てきて巨大なドラゴン倒した正体不明の輩だもんな……。
警戒されて当たり前だ。
ま、気にしてもしょうがない。
とりあえず、部屋の中を見渡してみる。
本来ならそこそこ広い空間なのかもしれないが、両サイドに設置された二段ベッドのせいで、やや窮屈に感じる部屋だった。
「いやここ、四人部屋じゃん」
他に、俺にあてがうような部屋がなかったのかもしれない。
「別にいいけど……」
この砦に長居するわけでもないだろうし。
さて、退屈になってしまった。
「とりあえず寝るか……」
いや、待てよ。
リーゼさんに会いに行ってみよう。
たぶん、彼女もこの宿舎のどこかにいるはずだ。
というわけで、俺は宿舎内を適当にぶらつくことにした。
プリムス砦の宿舎は二階建てで、二階はほぼ寝室。一階には各種施設があるらしい。
俺が今いるのは二階。とりあえず部屋を出て、一階に下りてみる。
一階では騎士たちが慌ただしく駆け回っていた。なんやかんや後処理があるんだろう。
ご苦労さまでーすと思いながら、俺は騎士たちの邪魔にならないよう宿舎の廊下を歩く。
うろついている時点で邪魔だろ、という気がしないでもないが。
しばらく散策していると、食堂らしき場所の向かいに休憩室というのを見つけた。
中を覗いてみる。
そこにはいくつかのソファとテーブルがあり、騎士たちが思い思いにくつろいでいた。
部屋の端々に本がぎっしり詰まった棚や、酒瓶が並んだ棚、果実が詰まった樽などが置かれてある。
いわゆるラウンジってやつか。
部屋の一番奥のテーブルに、俺はようやく彼女の姿を発見した。
「リーゼさーん!」
手を振りながら、俺はリーゼさんのいるテーブルまで小走りで近づく。
「げっ」
そんな呻きを上げたのは、二人掛けのソファでリーゼさんの隣に座っていた赤い髪の女騎士だ。たしか……レオナだっけ。
いかにも嫌そうなしかめっ面で、俺を見上げてきやがる。
サイドでまとめられた、ゆるくウェーブがかった赤い髪。勝ち気そうな、やや吊り目がちの瞳も同じく赤い。
改めて見ると、整った顔立ちをしている美人だった。
だが、貧乳だ。
「ちょっとあんた、今すごく失礼なこと考えてない?」
ギロリと睨まれる。鋭いな。
「いや、胸が小さいなって」
「はっきり言うな!?」
胸元を庇いながら、レオナは怒る。
そういや、休憩中だからかリーゼさんもレオナも、今は鎧を着けていない。
二人とも青い長袖のシャツみたいな姿だった。だから胸元が見られるわけだ。
ちなみにリーゼさんは……うん、小さくも大きくもなく、ちょうどいいサイズだった。
「シ、シロウ……?」
俺の視線に、リーゼさんは頬を朱に染め身じろぎする。
「ちょ、邪な目でリーゼを見ないで、この変態っ!」
「レッ、レオナ、落ち着いて……?」
ムキーッ、と今にも暴れ出しそうなレオナを、リーゼさんが苦笑しながらなだめる。
「っていうか……なによ、あんたなんの用?」
「は? そっちに用はないけどな。俺が話したいのリーゼさんだ」
「腹立つわね、こいつ!」
レオナは頭を抱え、左右に振る。怒りを堪えているらしい。変なの。
「シロウ、わたしに用事が……?」
リーゼさんが可愛らしく首を傾ける。
「いや、用事というか、お礼を言おうと思って。リーゼさんたちの援護のおかげで、あのドラゴンを倒せたから。ありがとうございました」
「そんな……お礼を言うべきなのは、むしろこちらです。貴方がいなければ、今ごろどうなっていたことか」
「……ちょっと、あたしもその援護に参加してたんですけど?」
「だからリーゼさん『たち』って言ったじゃん」
「あんたリーゼとあたしで対応に差がありすぎない!?」
そうだろうか?
「……ま、しょうがないけど。実際、リーゼとあたしじゃ身分が違うもんね」
「ちょっと、レオナ……」
「は? 身分?」
なんのこっちゃ。
きょとんとする俺に、レオナもまた不思議そうな表情を浮かべる。
「え、あんた……もしかして知らないの?」
「なにが?」
「リーゼの本名はね、アンネリーゼ・イゾルデ・ヴァイスハントっていうの」
なぜかレオナは得意そうに人差し指を立てる。
「ふーん」
そういや、前線基地にいた騎士が、アンネリーゼ様とか呼んでたっけ?
「あ、あれ……ここまで言ってもわからない? あんた異国人みたいだけど、どんな田舎から来たわけ?」
ケンカ売ってんのかな、こいつ。
「いい?」
がしっ、とレオナがリーゼさんの両肩に手を置く。
「きゃっ……レオナ?」
「この子はね……なんと! オリエンス王国の王女なのよ!」
ドーン!
という効果音が聞こえたような気がした。
「なるほど、リーゼさんはお姫様だったのか……」
言われてみれば、流れる金糸のような髪に、玉のように白くなめらかな肌……どことなく気品の漂う所作……たしかに王族というのも納得できる。
前線基地の騎士が『様』付けで呼んでいたのも、そういうわけか。
「そんなっ……姫といってもヴァイスハント家はあくまでオリエンス王家の分家で……わたしなんか、ぜんぜん大したことなくてっ」
「はーいはいリーゼ、また悪い癖が出てる。そうやってすぐに自分を卑下しない」
そう言いながら、レオナはリーゼさんの両肩を揉む。
「んあっ……」
リーゼさんの口から、妙に艶っぽい声が漏れた。
おいやめろ。
俺は健康な十代男子だぞ。
おかしなこと考えちまうだろうが。
「ふと疑問に思ったんだけど」
「どうしました、シロウ?」
「なによ?」
「お姫様であるリーゼさんと、やたら親しげなそちら様はいったい?」
俺が問うと、レオナは待ってましたとばかりにニヤリと口角を上げ、薄い胸に手を当てた。
「ふっふっふっ、あたし? あたしはね、このオリエンス王国一の武勇を誇る、エーデルフランメ家の――」
「あ、もう大体わかったからいいよ」
「最後まで言わせさいよ!」
要するにレオナは貴族令嬢――お嬢様なわけだ。
「もうなんなのこいつ! 無礼にもほどがあるわよ!」
レオナがぷりぷりと怒る。
「いやいや、他人のこと言えないでしょ。そっちもリーゼさんにめっちゃ無礼じゃん!」
呼び捨てだし、タメ口だし。
「あたしはいいのよ! この子は妹も同然なんだから!」
「あ、あの……二人とも少し落ち着いて……」
俺とレオナに挟まれ、リーゼさんは困ったように微笑む。
妹も同然……か。
たしかにリーゼさんとレオナの間には、強い絆みたいなものを感じるような気がする。
お姫様と、お嬢様か――
ん? お姫様……?
「てことはリーゼさんは姫騎士なんだ!」
「姫……騎士?」
「は? なによそれ?」
リーゼさんとレオナが、揃って首を捻る。
「姫で騎士だから、姫騎士だよ!」
「姫騎士……それはなんだか良い響きですね、シロウ!」
ぱん、と両手を合わせ、リーゼさんは花が咲いたように笑う。
「リ、リーゼ?」
その横でレオナが「マジかよ」みたいな表情をリーゼさんに向けていた。
「談笑中に……失礼……しま……す」
「うおっ!」
いきなり横合から囁くような声がした。
びっくりしたー。見ると、ひとりの女騎士が、いつの間にか俺の真横に立っている。
なんか、影が薄いな……いや、なんていうか存在自体が希薄だ。
「……アンネリーゼ様に……レオナさん……お風呂が空きました……から、入浴を済ませてください……」
「わかりました」
「はいはーい」
希薄な女騎士に、リーゼさんとレオナはソファから腰を上げながら返事をする。
「それではシロウ、わたしたちはこれで」
「ああ、はい。ええと……また話しましょう」
俺はおずおずと手を上げ、リーゼさんを見送る。
そんな俺に、リーゼさんは小さく手を振ってくれた。
「はん、お断りよ」
「いや、そっちには言ってないし」
「……こいつっ!」
「ほらレオナ、早く行きましょう」
踵を返して俺に向かおうとするレオナをリーゼさんが引っぱりつつ、彼女たちは休憩室からいなくった。
「しかし……風呂か」
「……男の人は……交代の時間まで入っちゃ駄目……ですよ」
希薄な女騎士が、俺にそう教えてくれる。
ていうか、まだいたのか。
どうやら風呂は、男女交代制のようだ。
しかしリーゼさんの入浴か――
はっ、いかんいかん。
ついつい、いけない妄想をしてしまいそうになる……
じー。
希薄な女騎士が、無言で俺を凝視している。
なんか見透かされているような気分だ。
じー。
いやいや、覗かないよ?




