第十話 転生者
プリムス砦は静寂で満ちていた。
誰も彼もが、巨竜の消えた空を見上げている。
え、なにこの雰囲気――
とにかく、リーゼさんたちの援護でなんとかなったんだ。お礼を言わないとな。
俺はリーゼさんに歩み寄る。
すると、いきなり眼前に槍の切っ先が突きつけられた。
「ちょっと、あんたいったい何者?」
赤髪の女騎士レオナが、それこそ槍のように鋭く俺を睨めつけてくる。
「レ、レオナ……やめて!」
慌ててリーゼさんがレオナに槍を引っ込めるよう訴えた。
不承不承って感じで、レオナは槍を下ろす。
「……リーゼ、こいつと知り合い?」
「ほ、ほら、話したでしょう? みんなとはぐれたときに助けてくれた……」
「ああ、あのレッドキャップを瞬殺したとかいう……ふぅん、本当にいたんだ」
「疑っていたの!?」
「いや、だって……ねえ? でもま、あんなの見ちゃった以上は信じるしかないけど」
レオナは俺を頭のてっぺんから爪先まで、じろじろと観察する。
「結局、こいつ何者なの?」
「え……いや、それはわたしも詳しくは……」
「……怪しいわよね。変な格好だし」
ジト目で俺を見るレオナ。なんか俺、嫌われてる?
「ちょっとあんた、黙ってないでなんとか……」
「落ち着け、レオナ。今は彼のことよりも、負傷者の治療と砦の制圧だ」
イングリット隊長がレオナの肩に手を置いてそう告げた。
「……はーい」
「よし。リーゼは負傷者の治癒を」
「は、はい!」
リーゼさんが駆け出してく。
ああ、お礼を言えなかった! というかもっと会話したかった!
後でゆっくり話せるといいけど……。
「レオナは動けるようになった者を連れて、砦内の安全を確保してくれ。魔物の生き残りがいるかもしれんから気をつけろ」
「わかったわ」
「それから……」
イングリット隊長が俺に目線を合わせる。
「シロウ殿、だったか。君とは二人で話したいことがある。付いてきてくれるか?」
「わかりました」
特に断る理由もなかったので、俺はうなずいた。
◆
イングリット隊長は俺を、プリムス砦の執務室ってところに連れてきた。
「さて、とりあえず座ってくれ」
そう促され、部屋の中央にある長椅子に俺は腰を下ろす。
イングリット隊長はテーブルを挟んだ対面側に座った。
「シロウ殿、まずは礼を言わせてくれ。君のおかげで助かった、ありがとう」
「いやいや、こちらこそ。あ、そんな畏まらないでください。殿とか付けられると、なんか気恥ずかしいんで」
「そうか? ではシロウと呼ばせてもらう。私のことも気安くお姉様とでも呼んでくれ」
「はい、お姉様……お姉様!?」
なに言ってんだ、この人。
「冗談だ。まあ、好きなように呼んでくれていいぞ」
なんか真顔でおかしなこと言うよな、この人……冗談かわかりづらいって。
「ええと……じゃあイングさん、話したいことってのは?」
「ああ、そうだったな。それではシロウ、衣服をすべて脱いでくれ」
「わかりました」
俺は淡々と答え、下から脱ごうとする。
「ま、待てっ! 冗談だ冗談! 本当に脱ぐやつがあるかっ!」
イングさんは顔を赤くして狼狽える。
なにがしたいんだよ、この人は。
「まったく、君には冗談が通じないのか?」
「いや、冗談だとわかってたからこそ、脱ぐ振りをしたんですけどね」
まさか本気で脱ぐわけがない。変態じゃあるまいし。
「はあ……どうにも君は調子が狂うな」
知らんがな。
やれやれと頭を振るイングさん。
それはむしろ俺が取りたいリアクションなんですけど。
「まあいい。ここからは単刀直入にいかせてもらうが――」
スッと、イングさんは目を細める。
「シロウ……君は別の世界から来た――『転生者』だな?」
「な――」
俺は硬直した。なんでこの人それを?
沈黙を肯定と見なしたのか、イングさんは得心したように微笑する。
「やはりか。あの途方もない力、そうでないと説明がつかんと思った」
「ちょ、ちょっと待ってください」
「うん?」
イングさんに質問したいことがいくつか浮かんだが、とりあえず……
「ああいう俺みたいな力、イングさんは見たことがあるんですか?」
「ああ、ある」
「それってつまりその、俺以外にもいるってことですよね?」
異世界から、このエリシアに転生した者が。
「どうだろうな」
「え?」
「私が『転生者』に会ったのは何年も前……まだ私が幼い頃のことだからな。今でも『あの人』が、この世界に存在しているのか……私にはわからん」
昔を懐かしむように、イングさんはどこか遠い目をする。
なんにしても、俺以外にもその『転生者』がエリシアにいる可能性はあるってことか。
「この世界の人たちは……知っているんですか? 俺みたいな存在のことを」
「一部の者たちはね。各国のお偉方や、かつての敵対者たちは知っているだろう。私の場合は両親が『あの人』の仲間だったからな」
なるほど。すべての人が認知しているわけではないのか。
たしかにリーゼさんやレオナ、他の騎士たちは知らなさそうだったもんな。
「それ以前にも、この世界にはたびたび『転生者』が現れていたみたいだがな」
「へぇ……」
それらもすべて、あのボクッ娘女神の手によるものなんだろうか?
だからなんだって話だけど。
「それはさておきだ、シロウ」
ここからが本題だとばかりに、イングさんは身を乗り出す。
「君はこのエリシアの現状を、もう?」
「ええ、リーゼさんに教わりました」
魔王軍の侵攻により、滅亡の危機にある……だったよな。
「そうか、なら話は早い。シロウ……オリエンス王国――いや、このエリシアという世界を救うために、君の力を貸してはくれないだろうか?」
まぁ、そうくるよなぁ。
俺は返答を躊躇う。
力を貸すってことはつまり、俺に魔王軍と戦えってことだよな。
たしかに魔族の連中には腹が立つけど……正直あまり気乗りはしない。
異世界を救うだなんて、俺には荷が勝ちすぎる。
「シロウ、君にはなにか目的はあるのか?」
「え?」
「どういう経緯で君がこのエリシアに転生したのかはわからないが……なにか成し遂げたいことや、やりたいことはあるのかと思ってな」
俺のやりたいこと……か。
改めて考えてみる。
せっかく転生した、この異世界でやりたいこと。
「……のんびり暮らしたいですね、やっぱり」
俺の言葉に、イングさんは目をぱちくりさせる。
それから肩を小刻みに揺らし、くつくつと笑った。
「ふ、ふふ……なんだそれは、おかしな男だ」
「ですかね?」
「ああ、変だ」
そんなにおかしいだろうか?
「……しかしそうか、それならば無理強いはできないな」
「いいえ」
俺は首を左右に振る。
「どういうことだ?」
イングさんは不可解だとばかりに眉を寄せる。
滅亡しかけの世界――そんなところで、のんびりとなんて暮らせない。
俺が望むのは、平穏無事で、夜もぐっすり眠れるような生活だ。
そんな暮らしを送るのに、魔王軍は邪魔だ。
邪魔者は排除する。
幸い、そのための力が、今の俺にはあるんだ。
「俺、イングさんたちに協力します」
のんびりスローライフを送るため、俺はこの世界を救うべく戦うことを決意した。




