プロローグ
ふと目を開けたら、俺は真っ白な場所にいた。
あっちを見てもこっちを見ても、とにかく白い。
辺り一面、白一色だ。目がチカチカする。
「なんだここ?」
謎だ。意味がわからん。
たしか俺は……そうだ、寝ていたはず。
学校から家に帰ってきてとにかく眠かった俺は、速攻で自室のベッドに潜り込んだんだ。
そこまでは覚えてる。記憶がある。
てことはつまり……。
「そうか、これは夢か」
なるほどなるほど。
夢ならなにも不思議じゃない。
こんな真っ白の謎空間が出てくることもそりゃあるだろうさ、うん。
夢にしちゃ、妙に意識がはっきりしているけど……きっとあれだ。明晰夢ってやつだろう。
夢の中で、これは夢だと自覚するとかいうやつだ。
しかしどうせそんな夢なら、もっとこう美少女とかが出てくる夢を見たかった。
そういや明晰夢は、自分で夢の内容を変化させたりすることもできるとか聞いたことがある。
よし――
「美少女美少女美少女美少女美少女美少女……美少女こい!」
俺は強くそう念じた。
「うわぁ……すごい邪念だね」
「うおっ! 本当に出た!」
俺の眼前に、ちょっと呆れているような笑みを浮かべた美少女がいきなり現れた!
艶めく褐色の肌をしていて、長く鮮やかな銀髪は、腰下あたりまである。
なんだろう。やはり夢だけあって、現実感がない。まるで絵に描いたような美少女だ。
「あはは、残念だけどこれ、夢じゃないよ~」
綺麗な琥珀色の瞳で俺を見つめながら、美少女は困ったように頬をかく。
「夢じゃない?」
「そう、夢じゃないの」
なにを言っているんだ、この少女は。
まったく自分の夢ながら意味がわからん。
「……チェンジで」
いやたしかに美少女だけど、なんというかタイプじゃないんだよな。
俺はもっと、自分好みの美少女が出現するように念じた。
「だーかーらー、そんなことしても無駄だって!」
美少女が不満そうに頬を膨らませる。
あ、ちょっとかわいい。
「これは夢じゃないんだってば!」
「いやいやいや、夢だろ?」
「違うんだって! その証拠にボクも消えないし、キミ好みの美少女ってやつも現れないでしょ!」
まぁ、たしかに。
それにしても、こいつボクっ娘か。
ますますタイプじゃないな。
「うるさいよ!」
美少女がぷりぷり怒る。
あれ、もしかして俺の思考、読まれてる?
「ふん、いまさら気づいた?」
美少女は得意げに、なだらかな胸を張った。
「なだらかとか言うな!」
「言ってないよ、思っただけで」
「ぐっ! もうなんなのこいつ! なんでこんなやつ選んじゃったかな……」
美少女は怒りを吐き出すように、長いため息をつく。
選んだとか言ったが、なんだろう。
「それじゃ改めて……」
美少女が背筋を伸ばし、俺をまっすぐ見据えた。
「はじめまして、シロウ。ボクの名前は女神ニルファキエス」
「はぁ?」
俺の口からは、それしか出てこなかった。
いや、いきなりドヤ顔で女神とか名乗られてもちょっと……。
やっぱりこれ夢なんじゃね?
「ああもうっ! いい加減にしてよ! 話が前に進まないよ!」
「知らんがな」
「とにかくこれは夢じゃないの! そこはもう理解して! わかった︎!?」
「あっ、はい」
もの凄い剣幕で迫る美少女……女神ニルなんとかの迫力に圧され、俺はついうなずいてしまった。
というか、顔が近くて不覚にもドキッとしてしまう。好みじゃないけど。
「わかればよろしい」
満足そうに、女神は俺から離れる。
女神だけあって、妙に尊大な態度だ。
「夢じゃないなら、これってなんなわけ?」
「シロウ、落ち着いて聞いて欲しい」
「はぁ……」
「――キミはね……死んでしまったんだ」
え。
「し、死んだ? 俺が?」
女神は無言で首肯する。
「い、いったいなんで……ていうかいつ……?」
「わからないのも無理はないよ。だってキミは眠っている間に死んじゃったんだから」
「なん……だと?」
そんなアホな。
唖然とする俺の肩に、女神がそっと手を触れる。
「でも安心して。ボクがキミを生き返らせてあげる」
「ほ、本当か?」
「もちろん。ただし……異世界に、だけどね」
い、異世界……?
まさかこれって――
「ボクがキミを異世界に転生させてあげる」
「ま、まじでか……よく小説とか漫画とかであるシチュエーションだけど……」
まさか自分がそれを体験することになるとは思わなかった。
「ち、ちなみにその異世界っていうのは、どんな場所なんだ?」
やっぱり魔法とか魔物とか、そういうファンタジックな世界なのだろうか。
「キミを転生させる異世界は、エリシアと呼ばれる世界で——」
◆
どうやら異世界エリシアは、俺が想像した通りの世界らしい。
いわゆる剣と魔法のファンタジーというやつだ。
女神からの説明を聞き終えた俺は、ちょっとだけワクワクしていた。
テレビゲームが好きな男子としては、王道のロールプレイングゲームみたいな世界に憧れてしまうものだ。
「それじゃシロウ、心の準備はいい?」
「ちょ、ちょっと待った」
大事なことを忘れている。
「ん、なに? やっぱり怖くなった?」
「そうじゃない。そうじゃなくって、なにか特別な能力とかもらえたりしないのか?」
いわゆるチート的なスキルだ。
異世界転生には、つきものだろう。
「あぁ、大丈夫大丈夫。ちゃーんと授けるよ」
「おお、やっぱり! で、どんなスキル?」
「それは向こうに行ってからのお楽しみだよ」
「えー」
知りたい。早く知りたいぞ。
「ときにシロウは、眠るのが好きなんだよね?」
「え、ああ……まぁ、好きだけど。暇なときは、だいたい寝てる」
で、ついには寝たまま死んでしまったわけだが。
はははは……は、は……笑えねー。
「ふふ。そんなキミにぴったしなスキルを授けてあげるよ」
女神は、どこか含みのある笑顔を浮かべる。なんか胡散くさいんだよな、この女神……。
しかし俺にぴったりなスキルって?
「ほんと失礼だね、キミ。まぁいいや。もうお別れだし」
女神は瞳を閉じると、俺にむかって右手をかざした。
「それじゃあ、がんばってねシロウ」
「お、おい、まだ訊きたいことが……!」
俺の全身が、温かな光に包まれる。
そして急激に意識が遠のいていった――
09/15 感想欄でご指摘いただいた点を修正しました。