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ステージ8

 翌日の放課後。

 私達は翠先生に連れられて解体中の旧校舎へと来ていた。

 学校から北へ歩いて五分ほどの所、住宅地のど真ん中に突然現れた大きな空き地。その片隅に、全体の三分の二ほど解体が進み、ちょっと大きめのボロアパートみたいになっている木造二階建てが無惨な姿を晒していた。ここ数日は工事が中断しているのか作業員の姿を見かけないが、私有地を示す有刺鉄線の柵が敷地の回りに張り巡らされていて、無言で不法侵入者を威嚇している。

「所々ぬかるんでいますから、足下に気を付けてくださいね」

 翠先生に促されて敷地の中に入った私達は、通路代わりの分厚い敷板を伝って建物へと近づく。視界に入る旧校舎の割合が周りの景色よりも大きくなるにつれ、そのディテールが明らかになっていく。元々は白く塗られていた外壁の化粧板はペンキがひび割れ地肌が剥き出しになっているし、やたらと格子の多い木枠の窓も大半のガラスが割れていて雨風をしのぐ役を果たしていない。

 最早、真っ直ぐ建っているのが奇跡的なほどだ。

 しかし、朋ちゃん先輩の見立ては私の感想とは異なるらしい。昨日の帰り道で泣いていた彼女と同一人物とはとても思えないほどに目をキラキラさせている。

「こういう古い校舎ってのは、見た目はボロっちくても基本的な部分は意外としっかりしてるんだよ。あたしん家の親、建築士だからそういうのはちょっとだけ詳しいんだ」

「では、リフォームは朋子さんのおうちに依頼しましょう。朋子さん、親御さんのお仕事用の電話番号はご存知かしら?」

「あたしからウチの親に連絡しときますよ。その方がウチの親も気合い入ると思いますから!」

 上機嫌でスマホを操作して電話の向こう側と会話する朋ちゃん先輩。普段から声が大きいと思っていたけれど、電話している時は更に大音量になるようだ。年配の男性やオバチャンによくいるタイプだ。

「そうそう、それ、その旧校舎! ちょっと急ぎの仕事になりそうだからさ、直ぐ来てよね! え、風呂入ってんの? 今すぐ上がれ! はあ? そんなのいいからとっとと来る! わかってんの? 理事長先生待たせてんだからね!」

 親子の力関係がどうなっているのか知るのが憚られるが、気合いが入ると言うよりは気合いを入れるの間違いでは。

 気合いが入っているのは寧ろ朋ちゃん先輩の方で、昨日話題に上がった派閥云々の件で少しでも有利な切り札が欲しいのだろう。

 通話が終わりこちらを向いてオッケーサインを出す朋ちゃん先輩に、私達三人は苦笑いで応えた。


「翠先生、ちょっとだけよろしいでしょうか?」

 二人の先輩が旧校舎をさらによく見るために私達から離れた隙に小声で話かけた。昨日のお茶会での出来事で、私にはどうしても翠先生に確かめておきたい事があったからだ。

「何かしら?」

「今度いらっしゃる琉珈さんの件です。ここだけの話、翠先生は私達に敢えて話さなかった事があると思っています。違いますか?」

「あら、それはどういうことかしら?」

 イタズラっぽく私を試すような目をする。

 その表情から確信を得た私は、私が導き出した「正解」を翠先生に話した。勿論最後に「先輩達にはまだ話していません」の一言を付け加えるのを忘れない。

「それにしても良く気が付きましたね。でも、市子さんも結構いい性格してらっしゃいますわ。貴女は空気を読んでくださって、敢えて聞かなかったのでしょう? 私も聞かれればちゃんと説明するつもりでしたけど、あの二人には当日まで内緒にしておいて下さいね。だって、その方が色々と楽しめますでしょう?」

 私はようやく、この上品な老婦人の本性を垣間見た気がした。

 なぜなら、そうおっしゃて口許に手を添える翠先生の笑い声は、限りなく黒くて底意地の悪いものだったからだ。

 私と翠先生は、遠くで無邪気にはしゃいでいる二人の先輩を眺めながら、「あれなら大丈夫」と深く頷いた。



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