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ステージ6

 最初の練習から一週間。

 毎日の特訓の甲斐もむなしく、私と綾乃先輩は未だに自転車に乗れていない。

 私達が今いる福井市というところは、県庁所在地にもかかわらず公共機関の利便性が悪く、成人一人に車一台と言われるほどの車社会だ。

 そんな訳で、自宅から学校までちょっと距離のある中高生は、自転車で通学するのが常識になっている。

 だから私や綾乃先輩のように、家から学校まで数キロしか離れていないのに電車やバスを利用する生徒はほとんどいないし、自転車に乗れないという生徒もまず見かけない。

 私も、せめてママチャリで通学出来るようになれば定期代が浮くので、決して無駄な努力という訳でもないのだ。


 今日の練習は中止ということになったので、綾乃先輩のお家に遊びに行くことになった。

 昨日の練習の後、転びまくったせいで身体中が痛いと訴えた私達二人を見かねた朋ちゃん先輩が、「明日は休養日にしよう」と提案してくれたからだ。

 最初の綾乃先輩の案では部室でお茶会にする予定だった。

 だが、肝心の部室は一週間たった今でも、広さ六畳ほどの空間の半分も片付いていない。

 その上、その整頓されて綺麗になったスペースも、朋ちゃん先輩の自転車(カーボン製のロードバイクで値段がなんと六十万円以上!)と、永らく屋外に放置されていたマウンテンバイクのスコット君を収納したら、ゆっくりとくつろげる場所なんてあるはずもなかった。


 綾乃先輩は一足先に帰ってお茶の用意をするとの事だったので、私は朋ちゃん先輩の通学用のママチャリに便乗している。

「本当は、二人乗りは道路交通法違反なんだからね。今回だけだよ」

 この一週間でわかったことは、ベリーショートの髪型に引き締まったアスリート体型という、ストイックな容姿の朋ちゃん先輩は見た目に違わず真面目な性格だということ。

 でも決して杓子定規な訳じゃなく、ちゃんと融通も利くので、学校での人気も高い。

「今から綾乃ッチんとこ行くんだけど、あの子にはちょっと事情があって、今は理事長先生の家に住んでるんだ。だからあんまりその辺の事情を詮索しないであげてほしいんだ」

「えっと、家族関係の話はダメってことですね」

「そう。悪いけど一つよろしくね」


 そうして到着した家は大きな洋館で表札には蓮池と書かれていた。

「理事長先生の名前だよ」

 そう言って玄関脇の呼び鈴を押す朋ちゃん先輩先輩。

 重厚なドアの向こうから「どうぞ」と聞き覚えのある涼やかな声がした。

 ドアを開けるとなぜかメイド服姿の綾乃先輩がお辞儀をしている。

「いらっしゃいませ」

 一瞬、秋葉原近辺のマニア向け喫茶店が頭をよぎったが、すぐさま我に帰って挨拶を返す。

「お、お邪魔します。あ、それとこれ、お土産のケーキです」

「来る途中にあるケーキ屋さんで買ってきたんだ。理事長先生の分もあるからよろしく」

「ありがとうございます。では、お茶と一緒にお出ししますね。って、これナカムラさんのとこのかしら?」

「そうそう、あそこのモンブラン、美味しいって評判だからさ」

「理事長先生もあのお店の大ファンなのよ。では、直ぐに用意しますから、こちらでくつろいでいてくださいね」

 私達が通された部屋は、壁一面が大きなガラス窓になっている応接室で、審美眼の無い私が見ても、いかにも高そうな調度品がそこかしこに並べられている。

 だいたい、椅子やテーブルの脚が猫の足みたいに丸くなっているのなんて、テレビの中でしか見たことなかったし。

 あまりにも住む世界が違い過ぎて居心地が悪い。

 そこへいくと朋ちゃん先輩は、こういった雰囲気に慣れているのか平然としている。

「落ち着かない? 大丈夫だって。イッチャンなら直ぐ慣にれるよ」

「むむむ、無理です。お家帰りたいです」

「何言ってんの? まだ理事長先生にも挨拶してないんだよ」

「り、理事長先生なんて、それこそとんでもないです!」

「だって、綾乃ッチだけならわざわざ応接室なんて入らないよ?」

 そんなことを言われても、根っからの貧乏人にはどうしようもなく落ち着かない空間なのだ。

 ましてや理事長先生なんて雲の上の人に、私みたいな貧相なのがお目通りするなんて百年早いに決まっている。

 そうやって、二人で押し問答みたいなことをやっていたら、綾乃先輩がティーセットを乗せたカートを押して入ってきた。

「お待たせしました」

 だが、入ってきたのは綾乃先輩だけではなかった。

「朋子さん、いらっしゃいませ。それと貴方が多田野市子さんですね。初めまして、蓮池 みどりです。二人とも綾乃さんと仲良くしてくださってありがとうございます」

 私達に向かって丁寧にお辞儀をした理事長先生は、その偉そうな役職名とは裏腹に優しそうな笑顔で、私も年を重ねたらこの人のように成りたいと思うような優雅な方だった。

「翠先生、お邪魔してます。ほら、イッチャンもご挨拶して」

「は、初めまして、多田野市子です。きょ、今日はお招き頂きましてありがとうございましゅ」

 朋ちゃん先輩に促されて挨拶を返した私は、極度の緊張で噛んでしまう。

 でも、理事長先生はそんな私にも優しく接してくださる。

「こちらこそよろしくお願いします。最近の綾乃さんはいつも貴女のお話しばっかりなのよ。わたしにも貴女のことを市子さんと呼ばせてくださいね。 だから私の事も下の名前でお願いしますね」

 こうして私は理事長先生のことを翠先生と呼ぶことになった。

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