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ステージ5

「先輩、他の部員さんは居ないんですか?」

 整理整頓が行き届いているとはお世辞にも言えないほど、ありとあらゆる物が散らかった部室には二人の先輩と私しか居なかった。

 先程の先輩達の言い分が正しいのなら部員の人数は多ければ多いほど良いはずなのだが、それらしき人影もなければ、現在この部室に居る先輩以外の誰かが活動しているような感じもしない。

「うん、今んところここに居る三人で全員だけど、自転車に乗れるのがあたし一人じゃ話んなんないからもう二三人欲しいところだね」

「一応募集はかけているんですど、なかなか人が集まらないのよ。ウチの学校は部活動が盛んじゃありませんから」

 部活動が盛んじゃないというのは何となく想像できる。

 少なくともこの部室の散らかり様から見て、自転車倶楽部もそんなに真面目に活動しているとは思えないから。

 大体、お菓子の袋とかジュースの空き瓶がそこかしこに落ちているのはいかがなものか。

 そんな私の無遠慮な視線に気が付いたのか、朋ちゃん先輩が謝る。

「部室が散らかっててゴメンね。あたしはそうでもないんだけど、綾乃ッチは全く片付けの出来ない子だから」

「あら、わたくしの役目は部室を訪れた子達にはちゃんとお茶とお菓子を出しておもてなしすることよ」

「だから、その後で出たゴミを、その都度綺麗に始末してくれれば何の問題も無いんだよ。だいたいあのでっかいはゴミ箱どこ行ったのさ? あれにその辺のゴミを適当に突っ込んでおくだけでも、それなりに見れるようになるんだよ」

 その当のゴミ箱というのは、私の横にあるこれのことだと思うのだが、パンパンにゴミが詰まっていてそれ以上の役目を果たせそうにはとても見えない。人間ならオーバーワークと人権蹂躙で労働基準局に訴えられてもおかしくないレベルだ。

 まあ、こういうのは新入部員の役目なのだろう。

「あ、あの、私がちゃんと片付けておきますので」

「あら、市子さんだけにそんな辛い仕事をさせられませんわ。わたくしも手伝います」

「いや、綾乃ッチが手を出すとろくなことにならないから、悪いんだけどイッチャン、お願いできるかな?」

「は、はい、大丈夫です」

「それから綾乃ッチは自転車に乗る練習の準備でもしておいてよ」

 散々な言われようだった綾乃先輩はちょっと不貞腐れていたけど、その様子がまた反則なくらいかわいい。

 そんな綾乃先輩が準備のために外に出たのをきっかけに、私は部室の掃除を始めた。

「さすがにイッチャンだけでは荷が重いだろうからあたしも手伝うよ」

 そうして朋ちゃん先輩と二人で十五分ほど頑張った頃、練習の準備を終えた綾乃先輩が戻ってきた。


 校庭の片隅に移動した私達は一台の赤いマウンテンバイクを前にして朋ちゃん先輩の講習を受けていた。

「綾乃ッチとイッチャンでは体格差が結構あるからサドルのポジションはイッチャンに合わせて一番下にしておくね。あと、このマウンテンバイクはかなり頑丈にできているから、かなり激しくぶつけても大丈夫だと思うけど、変速機だけは壊れ易いから倒れるんならなるべく左側にしてね」

 朋ちゃん先輩が持っているマウンテンバイクはかなり酷使されているようで、ハンドルが左右対称じゃない角度に曲がっていたり、骨組みの部分の塗装が削られて金属が剥き出しになっていたりと、おおよそまともな仕様とは言い難い。

 サドルだって表面が破れて中の緩衝材が剥き出しになっているし。

「こちらが今日のあたしらのパートナーのスコット君」

 なるほど。剥げ剥げになった白い「SCOTT」の文字の上に黒マジックで「スコット君」と殴り書きされている。

「大丈夫。あたしもさっき乗ってみたけど、ちゃんと真っ直ぐ進んだよ」

 朋ちゃん先輩は私の不安げな表情から読み取ってくれたのだろう。

 だが、私が本当に気になっているのはマウンテンバイクのスコット君じゃなくて私と綾乃先輩の格好だ。

 学校指定のジャージだけならまだしも、その上に腕と脛にプロテクターを着けて軍手と工事用現場用のヘルメットを被った綾乃先輩の姿は、絶世の美少女の面影もむなしく、見るも無惨な女芸人に変わり果てていた。

 しかし綾乃先輩は自分の格好を全く恥ずかしいとは思っていないようで、堂々と腰に手を当てて仁王立ちしている。

 私も同じ格好をしているのだが、こちらの不細工さも綾乃先輩の三倍以上(当社比)と相当なものだ。

 朋ちゃん先輩のピチピチジャージがまともに見えるレベルなのだから。

 その証拠に、校庭には結構な人数の見物人が居るのだが、そのほとんどの生徒がこちらを指差しながら腹を抱えて笑っている。

 ちょっとした羞恥プレイだ。

「じゃあ、綾乃ッチからいってみようか。前にも言ったと思うけど、なるべく遠くを見るように。それからイッチャンは綾乃ッチの次にやってもらうから、良く見ててね」

「それではスコット君、今日もよろしくお願いします」

 綾乃先輩はゆっくりとサドルに座ってから左足をペダルに乗せ、大きく息を吸って吐き出すと、おもむろに地面を蹴って走り始めた。

 だが、五メートルもいかないうちにふらふらと蛇行しはじめて、最後に大きく右に傾いてそのままの勢いで盛大に倒れてしまう。

 結局十メートルも進んでいない。

 すかさず朋ちゃん先輩と私が駆け寄ってスコット君と綾乃先輩を助け起こす。

「うーん、今日は市子さんが見てるから頑張らなきゃって思ったんですけど、カッコ悪いところを見られちゃいました」

「綾乃ッチ、大丈夫? どこか痛いところはない?」

「ええ、わたくしは何ともないわ。プロテクターを着けてたから。でも、スコット君は後ろの変速機が曲がっちゃいました」

 かなりの勢いで転倒したにもかかわらず、綾乃先輩はかすり傷一つ負っていないようだ。もっとも、プロテクターのほうはプラの部分が削れてギザギザになっていたが。

 そんな綾乃先輩が見つめる先には、後ろ側の車輪の軸の所にある複雑な形をした機械が、内側に入り込んでいた。

 正直、先程の綾乃先輩の転倒シーンに、おしっこがちびりそうなほどびびっていた私は、スコット君が壊れたことに胸を撫で下ろす。自転車が壊れてしまえば、これ以上練習することも無いだから。

 しかし、そんな私の打算はあっさりと打ち砕かれてしまう。

「ああ、この程度ならここをぐいっと引き起こせばまだまだ練習できるよ」

 そう言って朋ちゃん先輩は、変速機を掴んで外側に引っ張っる。

「ほら、これで元通り」

「まあ、良かったですね市子さん。今度は貴女の番ですよ」

 無邪気な笑顔でスコット君を私に差し出す綾乃先輩。

 完全に退路を絶たれた私は、両目にうっすらと涙を湛えながらスコット君を受け取った。

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