ステージ4
翌日。
一年四組の教室内での私の地位は相変わらず最底辺にあった。
それでもあからさまな虐めも無く、普通に授業料を受けれるのはありがたい。
本当はもっと楽しい学園生活を送りたいのだが、周りのクラスメイトとの距離感すら上手く掴めていないのだから、そんなものは夢のまた夢だ。
この学校は馬鹿女の愛称に相応しく、授業の内容も「本当に高校か?」と疑いたくなるほどお粗末なものなのだが、それでも授業についていけている生徒は少ないように見える。
なんといっても「中国の首都は上海」と答えるような生徒がごろごろと居て、しかもドヤ顔なのだから始末に終えない。まだ「ソウル」とか答えないだけマシな方だと思うべきなのだろうか。
それにしても、よくもこれだけの数の馬鹿を一ヶ所に集められたものだと感心してしまう。いっそ清々しいほどだ。
他のクラスも同じなのか、それともこの教室だけのことなのかはわからないけど、これならもう少しレベルの高い学校でも受かったんじゃないかと後悔するが、覆水盆に帰らず。
万が一過去に戻ってやり直せるようなら、こんな教室の片隅で縮こまっていたりしないだろうし、私の両親だって生き返って今頃は親子三人で幸せに暮らしているはず。
そういうことにならないのは、この世界が正常に回っている何よりの証拠で、頭の弱い子しかいないこの教室の最底辺は、私のような運も性格も悪い女にはお似合いのゴミ溜めだ。
どれだけクラスのみんなを心の中で見下してみたところで、そんな彼らよりも劣っているのが今の私。
いくらあんな強烈な美少女とお近づきになったとはいえ、そんなに急に私の置かれた立場がリア充に昇格するほど世の中甘くはないのだから。
そんな後ろ向きな思考に終止して、退屈なだけの授業を六マスほど受けた後の放課後。
私は綾乃先輩と待ち合わせて倶楽部の部室に来ていた。
そこは元々別の部室だったらしく、ラクロス部と書かれた表札をばつ印で適当に消した横に自転車倶楽部と小さく書いてある。
中に入ると、最初に目に飛び込んできたのは、派手な色使いで体の線が浮き出るほどぴっちりとした服を着た先輩部員と思しき女子生徒だった。
彼女はハンドルがくねくねと曲がった自転車の後輪を何かの装置に固定して、サドルにまたがってペダルを回している。
室内でも自転車に乗れるのかと驚いていると、その先輩が私たちの方を見て手を振る。
「よう綾乃ッチ、お疲れさん。んで、そっちが新しい子?」
「ええ、そうよ。この子が昨日電話で話した市子さん。市子さん、こちらが我が倶楽部のエースの朋子さん。わたくしのクラスメイトよ」
綾乃先輩にうながされて自己紹介をする。
「は、初めまして。一年四組の多田野市子です。よ、よろしくお願いします」
「こちらこそよろしく。あたしのことは朋ちゃんでいいよ。みんなそう呼んでるから。で、あなたのことはイッチャンって呼ぶね」
「で、では、朋ちゃん先輩、よろしくお願いします」
「うん、わからない事があったら何でも聞いて」
会話の間も休むことなくペダルを回し続ける朋ちゃん先輩は、自転車に乗れる人らしく引き締まった体をしていてフォームも様になっていた。
あまりのかっこ良さに見とれていると、始終笑顔の綾乃先輩が私を手招きする。
その脇には、大きめの棚の上に沢山の盾やトロフィーが飾られていた。
「すごいでしょ。これみんな朋ちゃんが去年一年で獲ったのよ」
「万年二位だけどね」
いやいや、二位でも大したものだと思うのだが。
よく見ると全ての盾とトロフィーに「二位 白峰朋子」と書かれている。
「必ず同じ相手に負けてるんだけど、その人がちょっとね」
「そ、そんなに強いんですか?」
「いや、実力は似たようなもんだと思うけど、私一人だけじゃどうにもならないんだよね」
「え? じ、自転車って基本一人乗りですよね? 二人乗りとかあるんですか?」
私の疑問がよっぽどおかしかったのか、二人の先輩は声を上げて笑い出す。
「笑ったりしてごめんなさい。朋ちゃんが乗ってる自転車、ロードバイクって言うんだけど、最近女子の間でも大人気なの。それで、その自転車で出るレースをロードレースって言うんだけど、一人で走るよりもチームを組んで出た方が有利なのよ」
「そ、それで私を誘ったんですね。でも、私、自転車乗れないから」
申し訳なさそうにしていると、朋ちゃん先輩が笑って手をヒラヒラと横に振る。
「そんなの気にしなくていいんだよ。確かにイッチャンが乗れないのは痛いけど、それを言ったら綾乃ッチだって乗れないんだからね」
「そうそう、細かいことは気にしちゃ駄目よ」
「いや、綾乃ッチ、お前はもうちょっと気にしろ」
二人とも気さくな先輩で良かった。