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ステージ3

「わたくしは姫宮綾乃。二年二組よ。貴女のお名前は?」

「た、多田野市子です。あ、一年四組です」

「そう。では貴女のことは市子さんと呼びます。ですから貴女もわたくしのことは綾乃と呼んで結構です」

 ずいぶんと大人びた人だったので年上だと思っていてが、案の定先輩だったようだ。

 しかし先輩をいきなり下の名前で呼び捨てる訳にもいかないだろう。

「で、では綾乃先輩、でよろしいでしょうか?」

「はい、良く出来ました。わたくし、かわいい子は大好きですよ」

 満面の笑みで私の頭をなでなでしてくる。

 まさかとは思うが、女子高に有りがちな変な性癖の持ち主なのか。

 それにしては趣味が悪過ぎる。

 大体、誰が見てもちんちくりんなだけの、私のどこが可愛いというのだ。

 身長も胸の大きさも下手をすれば小学生にすら負けてるし、顔だってプリクラの写りはあんまり良くないのだから。最近はそんな顔を見られるのが嫌で前髪で隠すようにしているのだが、それが従来の性格の暗さにを増幅している。

 それに比べて綾乃先輩は間近で見ると軽く自己嫌悪に陥るほどの美しさだ。

 短めの黒髪ストレートは日の光でキラキラと輝き、整形手術のような不自然さのない目鼻立ちは生きた芸術品といったところか。その上、長い手足と制服の上からでもわかるほどの抜群のプロポーションとくれば、神様の依怙贔屓えこひいきといわれても仕方がないだろう。

 その証拠に先程から、女子学生からは嫉妬と羨望の眼差しが、男子生徒やサラリーマンらしき人達の熱い視線が綾乃先輩に注がれ続けている。

 私はそんな美人の隣にいて見比べられているのだから、ますます萎縮してしまうのだが、先輩はそんな私を許さない。

「ほら、もっと胸を張って堂々としていなさい。猫背になっていると可愛いお顔が見えないじゃない。いい女になるためには姿勢は大事よ」

「わ、私、可愛くないですし、いい女でもないです」

「あら、市子さんは可愛いわ。それといい女にはこれから成ればいいのよ」

 そう言って私の前髪を掻き分け、背筋を伸ばさせる綾乃先輩。

「市子さんはもうウチの倶楽部の部員なんですから、困ったことがあったら何でもわたくしに相談なさい」

「あ、あの、綾乃先輩の倶楽部って自転車倶楽部ですよね?」

「ええ、そうよ。ウチの倶楽部はみんな優しいから何も心配要らないわよ」

「い、いえ、そうじゃなくって」

 せっかくこんな素敵な先輩に出会えたのに、よりによって自転車とはついてない。

 しかし、いつまでも綾乃先輩を待たせてはおけない。

「わ、私、自転車に乗れないんです!」

 終わった。終わってしまった。

 自転車に乗れない者が自転車部に入ろうなんて無理な話なのだ。

 東京にいた頃は、移動全て電車かバスだったので、自転車に乗れなくても何の不都合も無かったのだ。

 だから私の中学時代の友達も乗れない子は結構いた。

「す、すみません。せっかく誘ってくださったのに」

 先輩の期待に応えられなかった自分の不甲斐なさに涙が零れそうになるのを懸命にこらえる。

 不細工な顔がさらに歪むのはもうどうしようもない。

 これで先輩も愛想が尽きただろう。

「本当に短い間だったけど、ありがとうございました」

 そう締め括ろうとしたけれど、綾乃先輩に頭を抱きしめられて声がでない。

「正直に話してくれてありがとう。でもねさっきも言ったけど、市子さんはもうウチの倶楽部の一員なのよ。だから貴女がわたくしに謝ったり遠慮する必要なんてないのよ。わかったらもう泣き止んでね」

 申し訳なさから一変、今度は嬉しさで泣きじゃくる私をあやしながら先輩は続ける。

「それとね、貴女は自転車に乗れないって言ったけれど、何も心配することはないわ。だって、わたくしも自転車に乗れないのよ。だから一緒に練習して乗れるようになりましょうね」

 先輩は悪戯っぽくウインクして私に笑いかける。

 なんじゃそりゃ。

 この倶楽部、本当に入っても大丈夫なんだろうか。

 一抹の不安を抱えながらも、こうして私は梅華高校自転車倶楽部に入部した。

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