ステージ2
参列者の居ない両親の葬儀が終わり、私が高校に進学して二週間が過ぎた頃、ようやく保険会社と弁護士との話し合いで、事故を起こした相手側の会社との慰謝料について折り合いが着いた。
面倒な事は全て弁護士にお願いしておいたので詳しい交渉のいきさつまでは知らないが、結構な額の慰謝料が振り込まれる事と、福井県に父親側の親戚が居ることがわかったらしい。
未成年が独り暮らしというのは社会的に色々と問題があるらしいので、とりあえずそちらにお世話になることにして、高校も福井の私立校に転入することになった。
結論からいうと、一度も会ったことの無い親戚とは全く馴染めず、一人でアパートを借りて暮らすことになった。それなら以前住んでいた所で独り暮らしでも良いじゃないかと思うのだが、保護者の後ろ楯が無いのに未成年に部屋を借りる事は出来ないという話らしい。それに万が一私が何らかの問題を起こした時にもお世話になるのだから、なるべく近くで生活するようにとの事だった。
一度も通う事の無かった東京の学校に別れを告げ、誰でも出来るような簡単な試験を経て転校した私立高校は梅華高等学校といい、一昨年までは女子高だったそうだ。この学校もご多分に漏れず少子化の煽りを受けて共学化したらしい。
地元での通称は「馬鹿女」
試験さえ受けて、それなりの額の授業料を払えば誰でも通学できのが由来だとか。
男女共学になっても呼び名が変わらないのは、男子生徒の人数が圧倒的に少ないからからだ。
そんなこんなで新学期初日に転校してきた私は、ある意味注目の的だった訳だが、二週間経った今は集まった視線を繋ぎ止める事なく教室の片隅で孤立していた。
元来が内気な性格だった所に、未だに両親の死の事後処理を引きずっていた事もあって、傍目には陰気なクソ女に見えていたのだろう。地元の話題にも疎いので会話も弾まないのだから尚更だ。
私だってそんな奴が周りにいたら、敬遠してなるべくお近づきにならないように努力する。
だからって、あからさまに机の間隔を離さなくてもいいじゃないか。
以前の学校でもいじめられていた子は何人か見てきたが、まさか自分がそんな立場に追いやられるとは思っても見なかった。
何とか放課後までの時間をやり過ごし、逃げるように学校を出てローカル線の電車に飛び乗る。
東京と比べると信じられないくらい値段の高い二両編成の電車の中は、近所の名門女子高の生徒でごった返していた。
偏差値的にはそれほど変わらない筈なのだが、世間様のイメージはこちらが馬鹿で向こうはお嬢様。
そんな根拠の無いヒエラルキーと数の力を頼みに私を睨み付けてくる。
着ている制服の可愛さだって大差ないし、中身だって言うほどお上品な訳でも無いのに。
相手にすると面倒なので視線を逸らして無視を決め込むと、何を血迷ったのか彼女達のボスらしい奴が立ち上がってこちらに近づいて来た。
「そこの貴女、この車両は私たち愛鵬女子の専用なの。貴女みたいな子が居ると私達に馬鹿が移るから隣の車両に行ってくださらない?」
疑問形だが命令形なそのあまりの言い種はまるで女王様気取りだ。
むかっ腹が立った私は何か言い返そうとして立ち上がった。
立ち上がったまでは良かったのだが、相手は私より十センチ以上背が高く、胸のサイズも二回り以上大きい。
私はというと、百五十センチにわずかに届かない背丈に、近頃の小学生でももう少しあるぞと思わせる程度のささやかな胸の持ち主だ。
顔の造りだって向こうの方が良いとなれば始めから勝負になっていない。
最初の勢いもどこへやら、すごすごと隣の車両へ退散しようと体の向きを変えたその瞬間。
「お待ちなさい。どこへ行くのですか? 貴女も栄えある梅華の生徒なら胸を張って堂々としていなさい」
その声が聞こえた方向には、私と同じ制服を着た美少女がスラッとした脚を肩幅に広げて立っていた。
美少女の前に絶世のと付け加えてもまだ足りない程の美貌の彼女は、誰一人として勝手な行動は許さないぞというオーラを纏い、そこに立って居るだけなのに途方もないプレッシャーを周囲に放っていた。
彼女ほどの美人が言えばそれはそれで様になるのだろうが、私に同じレベルを求めるのはかなり無理がある。
第一、栄えあると言うが、「馬鹿女」のレッテルのどこに胸を張れる要素があるというのか?
その上、私に張って見せるほどの胸の膨らみすら無いことぐらい一目瞭然な筈なのだが。
「阿呆女の不細工女にちょっと馬鹿にされたくらいで貴女は敵に背を向けるというのですか? そんな腐った性根はわたくしが叩き直して差し上げます!」
「ちょっと、そこの貴女、何で勝手に湧いてきた奴に好き放題しゃべらせているの? さっさとあの女を連れて隣の車両に行ってくれないかしら?」
新しい女王の出現に、阿呆女のボスが恐れ多くも絶対美少女の方を指差して、私に向かってわめき散らす。
ルックスで勝てそうにないからといって、弱そうなこちらに矛先を向けられても迷惑なのだが。
ちなみにボス猿の取り巻きは出鼻を挫かれて加勢するタイミングを逸している。
だが、私や阿呆女のボスが何かを言う前に我らが女王様は私に向かって白魚のような手を差し出した。
「貴女、明日からわたくし達の自転車倶楽部に入りなさい。入部手続きはこちらでしておきますので、貴女は顔を出すだけで結構です」
「よろしくお願いします」
「では隣の車両に移りましょう。 ここは空気が澱んでいて臭いから。では皆さんごきげんよう」
満面の笑顔で握り返した私の手を引っ張り、呆気にとられている阿呆女の群れを無視して歩き出す彼女。
元々、私以外の乗客は眼中に無かったのだろう。
私達が一歩進む度に阿呆女の生徒が脇に避けていく様は、さながらモーゼが海を割って進むがごとき光景だった。
これが学校一の美少女との呼び声高い、姫宮綾乃との出会いだった。