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ステージ15

「やっぱりプロの仕事は違うねぇ。個人ごとに必要にカロリー摂取量が違ってたり、アレルギーの指示まで出てるなんて、小梅ちゃんのお兄さんサマサマだね」

 朋ちゃん先輩がしみじみと小梅ちゃん(清水さん)のお兄さんの匠さんから送られてきた献立を見て舌を巻いている。

 料理研究部の有志が、部長で三年生の山本先輩を筆頭に、二年生から一人と一年生からもう一人の合わせて三人が来て以来、私達の食生活は劇的に進化していた。毎日、匠さんからメールされてくる一日三食分のレシピ通りに作るだけと言えば簡単そうに聞こえるが、それを寸分違わず調理して、しかも味が絶品ときているのだから、部員たちは初日に出された人間らしい料理を涙をほとばしらせながら食べたのだった。

 倶楽部の先輩たちは山本先輩達が志願して来たと未だに信じているようだが、実際は恵さんに騙されて仕方なくやって来たのだ。その筈だったのだが今では彼女らも楽しそうに料理にいそしんでいる。それが単純に料理出来ることが楽しくて仕方がないからなのか、毎日違ったレシピに挑戦できるからなのか、最初はわからなかった。

 だが、恵さんの一言が山本先輩達が吹っ切れた理由を明らかにした。

「さすがに何のメリットも無いのでは、わたくしも心苦しゅうございますので、理事長先生にお願いして先輩方の大学への推薦を掛け合ってみました」

 心苦しいなどと心にも無いことを平然と口にする。

 だが、それで彼女らの楽観的な態度も納得がいく。毎年一人分の推薦枠を料理研究部で確保出来るのならば、多少のリスクも目を瞑れるのだろう。特に山本先輩は三年生なので、この時期に推薦入学が決まっていれば、後は学園生活を気兼ねなく楽しむだけで良いのだ。

 もっとも、この学校に推薦枠を割り振る大学があったこと自体が驚きなのだが。

 そして山本先輩達にはもう一つ重要な役割がある。それは補給食の開発だ。

 自転車競技、それも長時間系の競技ともなると走りながら食事を摂ることが求められるらしい。それも基本的にサイクルジャージの背中にポケットに収まる大きさで、なおかつ高カロリーというある種の矛盾した物を作らなければならないのだ。しかも条件はそれだけではない。喉につかえることなく食べられて、消化が良く、即効でエネルギーに変換されなければならないとくれば、事は容易ではないのだ。

「補給食は半年後の耐久レースまでに仕上がれば御の字だよ」

 貧相な食事から解放された先輩はかなり上機嫌だ。

「これで、あとメカニックが揃えば完璧だネ」

「そっちの方は来月、帰国子女クラスに入ってくる子がなってくれる予定だ。メールで何度かやり取りしたけど、かなり優秀なやつらしい」

 良くわからないのだが、高校生にメカニックなんて務まるのだろうか。先輩の言葉を借りれば、自転車は単純な構造そうに見えても、実際には最先端の科学がそこかしこに散りばめられた、人類の叡知の頂点に君臨する乗り物のひとつだ。 メカニックになるためには、かなり専門的な知識が必要な事ぐらい馬鹿な私にでも容易に想像がつく。

「ソイツ、ホントに大丈夫なのかい? アタイらの年齢だったらパンク修理と簡単な部品交換ができれば御の字ダヨ」

「年齢は十五才。向こうの工業系の学校を飛び級で卒業後するらしい。働くには年齢制限に引っ掛かるので、編入できる学校を物色していたらウチの学校に行き当たったんだとか。にわかには信じがたい話だけどね」

「いくら何でも飛び級し過ぎだろう? そりゃあ俺達だって飛び級してバカロレアを取ったけど、それでも精々二年が限度だ。十五で卒業って、一体どこの国の生徒だ?」

 バカロレアとはフランスの大学入学資格のことだ。資格さえあれば年齢に関係無く大学へ入れるのだが、幼稚園と小学校でそれぞれ一回の計二回しか普通は飛び級しないと先輩が教えてくれた。もっとも、中学か高校で落第する生徒も多いので、二年も飛び級してバカロレアを取った先輩達はかなり優秀だと言える。

「アメリカだよ。でも僕が何度聞いても、どこの学校を卒業するのかについては頑なに口を閉ざすんだよね。ただただ工業系の学校を出るの一点張りだ」

「本当にその人は学校を卒業なさるのですか? 第一、アメリカで工業系の高校なんて聞いたことも無いのですが」

「綾乃の疑問ももっともだと思うけど、先方から送られてきた資料に興味深い部分があってね、それによると彼女の名前は桂木芽衣かつらぎ めい。あのメンサの会員で証明書も本物のようだ」

「あのぅ、メンサって何ですか? なんだか秘密結社みたいな名前なんだけど。 美味しいケーキを食べる会だったら私も入りたいなぁ」

 小梅ちゃんの疑問にすぐ隣に座っていたメグちゃんが答える。

「メンサとはそれぞれが所属する国において、ある一定以上の知能指数を有し、その中でも上位数パーセントに属する方々のみが入会を許される結社のようなものです。ですから小梅さんの仰ることもあながち間違いでは御座いませんわ」

 それが本当なら、梅華高校の歴史上類を見ない天才が入学してくることになる。当の本人はその事についてどう思っているのだろうか。ちょっと調べればこの学校が世間からは馬鹿女と蔑まれていることぐらいわかるだろうし、そもそも彼女ぐらいの天才ならもっと上の、それこそ東大合格率がどうのこうのといった高校からも引く手数多だろうに。

「いずれにせよ、彼女の当学園への編入は決定事項だ。後は彼女が僕たちの期待に応えてくれる人物であることを祈るのみだ。それと来月には旧校舎を再利用したクラブハウスも完成する。これで本格的にプロジェクトが軌道に乗ることだろう。みんなも今以上に気合を入れてクラブ活動に励んでもらいたい」




 週末。

 私達は九頭竜川沿いのサイクリングロードで練習をしていた。ここは足羽川を境に南の日野川と北の九頭竜川沿いを全長四十キロにわたって専用道路が続いているのだが、足羽川を渡る一部の区間が一般道を走るため南側の日野川を使う人は少数派なのだ。それでも北側だけでも二十キロ以上あるので数回往復するだけでも結構な距離になるのだ。

 だが、先輩に言わせるとそれでも短いということになるらしい。

「今日はあくまでも自分のバイクに慣れるのが目的だ。そのためにも最低五往復はしたいところだな」

「いきなり殺す気か!」と初心者の私と小梅ちゃんは不平たらたらだったが、朋ちゃん先輩に「頑張ろう」と励まされ、ビアンカ先輩に「手ぇ抜いたら一往復追加ダ」と脅されれば、否が応でも真面目にやるしかない。

 そのうえ土曜日の今日は休日なので一般のサイクリストとも頻繁にすれ違う。それはもう普段着でママチャリの散歩がてらの人から、ものすごく気合の入ったバリバリの格好をした本気モードの軍団まで様々だ。そして少しでも格好良く見せたいと思うのが人の性だろう。私たちも御多分に漏れず「余裕ですよ」という態度で挨拶を交わす。本当は体中が痛くて笑顔を作るのも苦痛なのだが。

 そして今日の本当の目的は、実のところ「サイクリング用の装備に慣れる」だった。

 一番最初の頃、私と綾乃先輩はバイクパンツの下に下着を穿いていたのだが、バイクパンツの股の部分に付いている分厚いパッドが役に立たないどころか、股擦れの原因になるからとビアンカ先輩に無理やり下着を剥ぎ取られたのが今日の朝。バイクパンツはスパッツに近いものがあるので、直穿きは正直心許ない。これに慣れるのがまず一つ。

 次がビンディングシューズに慣れること。

 これは靴の裏に特殊な金具が付いたもので、金具に合ったペダルにはめ込むことでぺダリング効率を上げてくれるのだとか。問題は自転車を乗り降りする時で、焦って金具がはまらなかったり、外れなかったりするのだ。特に降りる時に外れないとそのまま自転車ごと横倒しになってしまうのだ。これを通称「立ちゴケ」と言うらしいのだが、車道でやってしまうと生命の危機的レベルでヤバいので、今のうちに安全に乗り降りできるように練習しておくのだ。

 最後に変速機に慣れること。実はこれが一番の難関のなのだ。

「基本的には、ギアを上げればスピードが上がるし、下げれば遅くなる。みんなそう言うが実際は全く違う。確かにギアを重くすればその分だけ速くなるかも知れないが、それはそのギアを回し続けることが出来ればの話だ。当然ながら重たいギアを回すということはその分、筋肉の運動量が増すということで、筋肉量にもよるが乳酸が溜まって失速するのも早い。逆に軽いギアは同じ回転数なら重いギアに比べてスピードは出ないが、その分長く運動し続けることが出来る。」

 このように一気に難しい話になるから困るのだ。隣で一緒に聞いている綾乃先輩と小梅ちゃんも瞳孔が開いて意識が飛んでいる。女子に機械関係は鬼門なのだ。

「自転車は科学の粋を極めた乗り物だ。根性で何とかなるとかは幻想でしかない」

「ルカ! そんな小難しい事言ったってわかりゃしねえっテ。要するに、自転車ってのはアタイらが楽をするために生まれた乗り物だってことサ。何事もちょっとでもキツかったり辛かったりしたら長続きしねえし、何よりも楽しくねえダロ? だからさ、楽勝だったらシフトアップ、ちょっとでもヤバかったらシフトダウンと覚えておけば間違いねえんだヨ」

 ビアンカ先輩の言い分は大雑把過ぎるのだが、大体その通りなのだろう。

 私達三人は先輩たちのアドバイスを肝に銘じ、それぞれの自転車にまたがる。

 ちなみに小梅ちゃんのバイクは昨日届けられてきたばかりの新品ほやほやなのだが、倶楽部のみんなの熱すぎる視線でカーボンが火を噴くのではと要らぬ心配をしたものだ。

「ほほう? 初心者のくせにイタリアの老舗自転車ビルダーと超高級スポーツカーブランドの最高級コラボモデルとは恐れ入るぜ」

「悔しいけど、アタイのバイクの三倍は値が張りそうだネ!」

「ねぇ、それ、ちょっとだけ僕に持たせてもらえないかな? 実物を見る機会なんて滅多にないからね!」

「ウメちゃんさぁ、それ一体全体いくらしたの? 第一、お金さえ積めば買えるって代物じゃないはずなんだけど? 全世界でも限定百台とかじゃなかったかな?」

「いや俺の記憶が正しければ、限定五十台だよ。そのうち日本の割り当ては五台限り」

 私達の目の前で、その内の一台に小梅ちゃんが跨っているのだ。そりゃあみんなテンションが高くなるってものだ。

 注目しているのは私達だけでは無い。通り過ぎる他のサイクリストも目聡く小梅ちゃんの自転車を見つけて振り返り、挙句の果てに堤防から落ちそうになっている。いや、実際に今目の前で一人落ちて、釣られるように後続が落車していく。

 私の視線の先で繰り広げられる大惨事をよそに、先輩たちは小梅ちゃんのバイクに夢中だった。

「しっかしさぁ、どうやって手に入れたのよ、それ? いくら値段が高いったって買いたいって人はいっぱい居ると思うんだよね」

 朋ちゃん先輩の追及に困惑する小梅ちゃん。

「こ、これはあたしがお兄ちゃんに『今度、自転車倶楽部に入るんだ』って言ったら『じゃあ自転車が要るんじゃないのか?』って聞かれたから『うん』って答えたら『よし! 俺に任せとけ!』って……」

「そんなこたぁわかってんダヨ! 問題はどうやって手に入れたかってぇことなんダヨ! 大体アンタ、このバイクがいくらするのかわかってんのかい?」

 小梅ちゃんは二人の体育会系女子に詰め寄られて目に涙をためながら、ぶんぶん首を振るだけだ。彼女自身も体育会系で決して小柄ではないのだが、やはり先輩格の、しかも別格のオーラを持った二人に言い寄られると萎縮してしまうのだろう。そして残念なことにはたから見ていれば、どうしたって検察官に詰め寄られている被告人の図だ。

 見かねたレオ先輩がヒートアップし過ぎた二人を後ろに下がらせて、もう少し優しい口調で問いかける。

「小梅のバイクは今年のモデルだけど、すでにプレミアが付いていて、今じゃ三百万円以上の値が付いているそうだ。そして俺達は君が、いや、君のお兄さんがどうやってそれを入手したのか興味が湧いてきたもんだからね、是非とも教えて欲しいのさ」

 言葉遣いは先程よりは多少はましだが、犯罪者扱いには変わりが無いような気がする。先程の法廷の例えもあながち間違いではなさそうだ。

「お兄ちゃんの知り合いの中に自転車の代理店をやっている人が居たらしくって、その人に頼んだらアメリカの割り当てでまだ売れ残ってる分があるからって、その分を日本の割り当てに振り分けるとかって話になって……」

「つまり、代理店の力で引っ張って来た訳か。つまりこれは日本で存在する六台目のバイクということになるのかな?」

 その時、私は小梅ちゃんの自転車のある部分を見つめていた。

 そこには小さな、本当に小さな字で「EXTRA/100」と書いてある。

 つまり、この自転車は百台以上生産されているということなのだろう。

 何だか大人の商売の汚い部分を垣間見た気がした。

 幸いな事に、まだ誰も気が付いていないようだ。この事は小梅ちゃんのためにも、そして小梅ちゃんのお兄さんのためにも、黙っていようと固く心に誓った。




 練習後、私は綾乃先輩と朋ちゃん先輩とビアンカ先輩と小梅ちゃんの五人でお風呂に入っていた。翠先生の家のお風呂は一般家庭のそれと比べるとかなり大きいけど、それでも五人も入ればかなり窮屈だ。

 しかし私たちの他にも料理研究部の三人とメグちゃん、ルカ先輩とレオ先輩、そして翠先生の八人が控えているのだ。効率良く入浴しなければ時間が勿体ない。順番的には私達が一番最初で二番目がルカ先輩とレオ先輩の二人。メグちゃんがマッサージをしている間に料理研究部の三人が入って最後に申し訳ないのだが翠先生とメグちゃんとなっている。

「出来れば市子さん達とお姉さま方も二回に分けて入浴して頂きたいのですが。マッサージがお一人につき十分としても五十分。ルカ先輩達がお湯浴みなさってもせいぜい三十分程度ですから、どうしても二十分は待ち時間が出来てしまいます。もう十分足して、その分を半分に分けたもう一組の入浴時間に充てて頂ければ、湯冷めされる方も出なくて済むと思うのですが」

 だが、実際にはそんな悠長な事は言ってられない。四組に分けるだけでも、全員入浴が終わるまでに二時間もかかるのだ。そこにもう三十分も増えたらメグちゃんの入浴時間は九時の就寝時間間際になってしまう。九時と言えば早いように聞こえるが、四時起床なのでそのくらいの時間には寝ていないと体が持たないのだ。

 それに、マッサージと言っても普通のマッサージとは訳が違う。結構な力を加えて筋肉を揉み解すのだ。女子高校生の中でもメグちゃんは体力が無い部類に入る。そんな彼女には、一人だけでも結構な重労働なのに、それが七人分もあるのだ。これだけの人数が居れば普通ならもう一人ぐらいマッサー(マッサージ師の事をこう言うらしい)が欲しいところなのだが、今はメグちゃん一人だけで頑張っている。全員分のマッサージが終わった頃には自分の腕を自分で揉んでいて、見るからにとても辛そうだ。

 私のルームメイトでもある彼女が部屋に帰ってきた時に思い切って聞いてみた。

「明日から私もマッサージ手伝おうか?」

「お気持ちはありがたいのですが、わたくしは今少しでも多くマッサージして経験を積まなければならないのです。それにわたくしはそんなにやわでは御座いませんよ」

 私の提案をやんわりと断ったメグちゃんは強がっている様子はなく至って自然体だ。

「それに最近皆様方の体を触るだけで、各々の体調もある程度わかるようになってきたんですよ。今日の市子さんは少々お疲れ気味の模様ですね。あと日焼け跡が熱を持っていて痛々しゅうございます」

 私の手足には確かに日焼け跡がくっきりと残っていて、出来そこないのパンダみたいになっている。先輩達が言うには、「下手すれば一生このまま」だそうだ。冗談じゃないと思ってはみたものの、今更どうこうすることも出来ない。本当に後の祭りというやつだ。

「メグちゃんってさ、時々ほんとは目が見えてるんじゃないかって思う時があるんだよね。今だって私の日焼け跡とかの境目が見えてるみたいだし」

「目が見えると申しましても、牛乳瓶の底のような眼鏡をかけて、机の上に噛り付くようにしないと何が書いてあるかすらわからないくらいです。だから一応テストを受けることは出来ますが、書いたものが解答欄に収まってるか不安で仕方がないですね。教室の黒板なんて一番前に座っていても、その存在そのものが見えません。ですが、このように手で触ることが出来ればそこから得られる情報をある程度視覚に変換することが出来るのですよ」

 そんな方法で私の日焼け跡を見分けられるのかと思ったのだが、言われてみれば肌の温度が結構違うのがわかる。

「日焼け跡は放っておくとシミになってしまいますよ。手遅れにならないうちに、きちんとケアしておかないと後悔してしまいますよ」

「イッチー、いくら日焼け止めを塗っても無駄だよ。焼けるときはどんなに抵抗しても焼けるからね。でもまぁ、確かにお風呂に入ってるみんなが同じ焼け方ってのは何だかシュールだよね」

 メグちゃんの言葉に打ちひしがれている私に、小梅ちゃんが追い打ちをかける。

 全員顔と手足が小麦色に焼けていて、胴体だけが抜けるように白いとかは、事情を知らない人が見れば確かに笑える。しかも境界線がはっきりとしてるから、コントラストが一際引き立つというオマケ付きだ。はっきり言って異性どころか同性にも見せたくない程の情けなさだ。

 しかし、同じように日焼けしている筈なのに、綾乃先輩の美少女っぷりは少しも損なわれていないというのは、いくら何でも不公平だと思う。




 それで、就寝前のこの時間に私は何をやっているかというと、メグちゃんの追加マッサージを受けているのだった。正確には試したいマッサージクリームがあるからその実験台ということらしい。

 そんな訳で私の今の姿は一糸纏わぬ全裸状態で自分のベッドにうつ伏せになっている。メグちゃんと同じく部屋の自分のベッドでだらけている小梅ちゃんはパジャマを着ているのに、私だけ全裸というのも間抜けな感じなのだが、お尻の筋肉もマッサージの対象になっているので仕方がないのだ。もっともみんなと一緒にお風呂に入っている時点で恥ずかしいという感覚はすっかり抜け落ちていた。異性の目が無い所での女子なんてこんなものなのだ。

「これはメンソール成分が入っていて、最初はひんやりするのですが後から唐辛子のカプサイシンが効いてきて身体が温まってきます。水溶性ですのでべた付かないので、就寝前にはこちらの方がおすすめです」

 そう説明を受けて塗られたクリームは確かにひんやりして日焼け跡に心地よい感触を与えてくれる。

 だがそれもほんの数分だけの話で、じんわりと温かくなったかと思うと、次の瞬間、マッサージによる摩擦のせいで日焼けした部分が焼けるような痛みに襲われた。

「痛い! 痛いって! メグちゃん! マジヤバいから! 止めてってば! メグぅ!」

 全力でもがくのだが、うつ伏せの状態では思ったように力が入らない。その上メグちゃんは私の腰の辺りでマウントポジション。しかも最近マッサージで鍛えられた腕力のせいで振り払うことも出来ない。

「大丈夫ですよ。痛いのは最初だけ。そのうち快感に変わりますから、今しばらくご辛抱くださいませ」

「嘘だ! 絶対嘘! だって声が笑ってるもん!」

「そんなに暴れないでください。ちゃんとマッサージ出来ないではないですか。小梅さん、ちょっと腕の方を抑えていてくださいませ」

「了解なりっ! ほらイッチー、無駄な抵抗は止めておとなしくしなっ!」

 身体の中心に馬乗りされているうえに思いの外の馬鹿力で押さえつけられているところに、さらに体育会系の小梅ちゃんが加わったことで私の自由は完全に奪われてしまっていた。

「小梅ちゃんの馬鹿ぁ! 次は自分の番だって何でわかんないんだぁ!」

「大丈夫だって。この部屋にイッチーが入ってくる前にメグッチと示し合わせてたんだからっ!」

「ですから市子さんはさっさと諦めておとなしくマッサージされてくださいませ」

 日焼けでひりひりする部分を擦り上げられて倍増する痛みと戦いながら、二人とも後で酷い目に合わせてやるから覚えておけよと心に刻んでいたら、いきなり部屋のドアが開いた。

「オメーら、楽しそうな事してんじゃねえカ。アタイも混ぜてくんねえかナ?」

 首を無理やり部屋の出入り口に向けると、そこには地獄からの使者のようなドスの利いた声を響かせながらビアンカ先輩が仁王立ちしていた。着ているのはいつものミニスカメイド服ではなくて就寝用の可愛らしいピンクのパジャマだ。その後ろには同じくブルーのパジャマ姿の朋ちゃん先輩とピンクのネグリジェを着た微妙にエロい感じの綾乃先輩が顔を覗かせている。

「就寝時間過ぎても隣が騒がしいからって覗きに来てみりゃ何やってんだカ。明日も早えぇんだから、とっとと寝なッ! それともアタイが取って置きの激痛マッサージでもしてやろうカ?」

 私達三人が、あまりにも突然の展開に唖然となって固まっていると、ビアンカ先輩達のさらに後ろから聞き覚えのある、しかしこのタイミングでは絶対に聞きたくない声が入ってきた。

「下が騒がしいからって来てみれば、お前らそんな所でたむろして何やってるんだ? もうとっくに寝る時間だぞ」

 先輩がビアンカ先輩を押しのけて入ってきた。

「おい、ルカ! ちょっ、待てって! 今はマズいっテ!」

「何がマズいんだ? いまさら女子のパジャマ姿で興奮するほど落ちぶれてはいないつもりだけど」

 ビアンカ先輩がルカ先輩を引き留めているう間に何とかしたいのだが、展開が急すぎたのかメグちゃんも小梅ちゃんも意識が飛んだままだ。固まったままの二人が上から私を抑え付けたままなので、私には身体を隠すという選択肢すら用意されていない。

『ビアンカ先輩、頼むからルカ先輩を押し返して下さい』との願いも空しく、先輩が私達の方向に顔を向けてしまう。

 さて、ルカ先輩に私達三人はどのように映っただろうか。少なくと素っ裸の私は前側こそベッドに押し付けられて隠れているとはいえ、背中側はお尻丸出しなのだ。

 涙で霞む私の視界の向こう側で上級生の三人が、おそらくは茫然として言葉も出ないルカ先輩を「だから言ったダロ、この童貞ガ!」とか「絶対わざとだよね」とか「言い訳は聞きませんよ、変態さん」だとか散々に突っ込みがら連行して行った。

「ううっ、メグちゃんのばがぁっ! もうお嫁に行けないよぅ」

「市子さん、大丈夫ですよ」

 柄にもなく慰めてくれるのかと思っていたら……

「世の女性の十人に一人は一生独身なんだそうですよ」

「余計なお世話だ! 結婚できなかったら絶対メグのせいだからねっ!」

 少しでもこの腹黒女に気を許した私が馬鹿だった。

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