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ステージ14

 計画当初、必要としていた調理師と栄養管理士が居ないまま共同生活が始まった。五人も女子がいるのだからローテーションで料理当番を担当させようという話になったのだが、目の不自由な恵さんは台所に立つことが出来ない。そういうわけで残る四人で持ち回る事に決まったのだが、初日に綾乃先輩がカップラーメンを、次の日にビアンカ先輩がインスタントラーメンを出したところで、男性陣が「勘弁してくれ」と泣きを入れてきた。

 それではと、彼らも含めた残りの四人掛かりで夕食を作る事になったが、出来上がってきたのは冷奴とぶりの刺身とコロッケとカレーライスだった。

 冷奴は切っただけ、刺身はパックから出しただけ、コロッケは冷凍食品を電子レンジでチンして、カレーはレトルトパックという有り様で、とてもではないが調理したとは恥ずかしくて言えない代物だ。ちなみに私の担当は冷奴だったのだが、見事に角が崩れて食欲をそそるような物ではなかった。

 そもそも野菜が一切無くて栄養バランスも悪く、カロリー計算だって全くされていない。

「やっぱりプロの料理人を雇ったほうがいいんじゃないのか?」

「バカ言ってんじゃないよ、レオ。こんなのは学生だけでやってくから楽しいんだろうガ」

「それが堂々とインスタントラーメンを出してくるような奴が言うセリフか!」

 この調子で程度の低い食事が毎日続くとなると、さすがにアスリート生命の危機を感じるレベルなので、最初の予定通り料理が出来る子を入部させる方向に軌道復帰を余儀なくされる事になった。

 だが、待てど暮らせどこれ以上新入部員が入ってくる気配はない。ならば多少無理矢理でもいいので強引に入部させようという意見が出てくる。実行責任者として白羽の矢が立ったのは恵さんと私の一年生コンビだった。特に理由があるわけでもなく、ただ単に丸投げされただけなのだが。

「わたくしにお任せ頂けませんか?」

 その一言で責任を放棄した私は恵さんに全てを一任することにした。

 そうして彼女が向かった先は当校で唯一男子部員だけの部活動があるサッカー部だ。杖を左右に振りながらよたよたと歩く美少女の図は、女子との触れ合いに飢えた男子生徒にとって、何がなんでも助けねばならないとの使命感に駆られるのだろう。そして彼氏持ちのマネージャーしか居ないサッカー部の連中は女子に飢えていた。

「皆様、本日は皆様方のお力添えを賜りたく罷り越しました」

 眉根を寄せて切々と訴える表情が、残念ながらすべて演技であることを私は知っていたが、男子部員達にはそれで充分だった。

「そんな、一条さん面を上げて下さい。俺が必ず力になりますから!」

「俺に出来る事なら何でもします!」

「メグ様は俺が助けますから!」

「俺と付き合って下さい!」

「俺が必ず幸せにしてみせます!」

 まだ何の用件かも切り出していないのに、あっさりと陥落する男子生徒達。面白いことに皆で協力するとかは最初から頭には無いようで、我こそはと自分を売り込むのに必死だ。どさくさに紛れて告白までする輩まで出ている。

 だが、そんな男共の剥き出しの欲望をあっさりとスルーして、一方的に話を進める恵さん。

「では、お手数ですがわたくしと一緒にある方々とお会いして、お口添え下さいませ」

 言葉使いこそ丁寧だが、実質は命令であるその言葉を脳内で女王陛下からの勅命へと昇華させた彼らは、恵さんの両手を引いて目的地に向かって進軍し始める。ぞろぞろと校内を進む様子はさながら大名行列だ。行く手を阻む邪魔な生徒は、もちろん力ずくで排除だ。

 そんな彼女は私の方に顔を向けると、涼しげな目でパチリとウインクして見せた。本当は目が見えないのも自演ではないのかと疑うほどの黒さに、私はただ単に利用されているだけだと疑いもしていない可哀想な男子生徒達に同情するのだった。


 目的地のドアの上には白い字で「調理実習室」と書かれた黒いプレートが刺さっていた。この部屋はその名前よりも料理研究部の部室としてのほうが有名だ。もっとも、この部が有名なのは研究という建前のもとに近所のケーキ屋さんからスイーツを買って来て、試食とういう名目で堂々と校内で舌鼓を打っているだけで、真面目に料理を作っているからでは断じてない。そしてたまに遊びに来る部員以外の生徒にもお裾分けと称してケーキを分け与えている。そんな訳で、多くの女子生徒と極々一部の男子生徒から絶大な支持を得ているのだが、生徒会と教師陣からは、その部費の使い方で目を付けられているのだ。

 そんな料理研究部の勢いよく開かれた扉を男子に手を引かれて入っていく恵さん。

 その後に残りのサッカー部員が続き、最後に私が入室しようとしたところで引き戸を閉められて挟まれてしまう。

「ぐえっ」と、カエルが潰れたような声が喉の奥から吐き出されると、私に気付いた部員が「お前誰?」みたいな目で訴えてくる。「お前こそ何しに来たんだ?」と返してやりたいのだが、コイツらを連れてきたのが恵さんなので、黙って中に入ってドアを閉めた。

 部屋の中は、ほんのりと香るケーキ特有の甘さと男子の汗の臭いとが混ざりあって、油断すると胃の方からお昼に食堂で食べた焼き鯖定食がリーバスしてきそうなくらい気持ち悪い。

「ちょっと、あんた達! ここに何しに来たのよ? そんな汚い格好で入って来られたら迷惑よ。今すぐ出てって!」

 居丈高に言い放つ料理研究部の部長さんらしき先輩が進み出てくる。

 だが、その程度の恫喝で大義名分を勝手に掲げているサッカー部が大人しく引き下がるはずがない。

「黙れっ! 今からこちらのメグ様からお前達に大事な話がある。心して聞くように!」

 満を持して進み出た恵さんが口を開く。

「皆様、突然おしかけてき参りましたこと心からお詫び申し上げます。ですが今日は皆様方に折り入ってお話しさせて頂きたい事がございます。先ほど生徒会の方から、活動実績の無い部活動は淘汰するとの通達がございました」

 ここで室内の反応を確認するために一拍置く。

 それにしても、いつの間にそんな通達が出たのだろうか。

 だが、料理研究部の部長さんの戸惑いは、それではなかった。

「えっと、トウタって何?」

 もうこの程度で驚いてはいけないんだろうけど、馬鹿女の面目躍如といったところか。

 その辺も恵さんには予測済みなのか、声に動揺の色はない。

「要するに廃部にするということでございます。そしてこちらの料理研究部様も廃部候補の最有力候補になっておられると小耳に挟んだ物ですから、ご忠告に参った次第に御座います」

「ちょっと、私達にだって活動実績だっけ? それぐらいあるわよ!」

 ケーキを食べながらお茶をするのが実績と言い張るつもりなのだろうか。

「それは生徒会が判断なさる事ですので、わたくしめに仰せられても御門違いと申し上げます。ですが、今後半年を目処に名目に沿った活動を行い、尚且つ一定の成果を挙げた部活動は、活動の継続を条件に存続を認めるとのことで御座います」

「それって廃部にならずに済むってこと?」

「そのためには実際に活動しているという実績が必要になります。わたくし共なら皆様方のお力になれると自負しております。わたくしめに一任して頂けませんか? 決して悪いようには致しません」

 両手を胸の前で組んで目を潤ませている部長さん。廃部という現実を前に藁にも縋る思いなのだろう。

 目の前の恵さんが救世主に見えているに違いない。

「料理研究部の皆様もご存じの通り、現在、自転車倶楽部では調理師を数名募集しております。そこで数人の部員を出向という形で派遣して、そこでの活動を以てして実績として、生徒会にご報告なさればよろしいのです」

「でも、あそこは寮生活でしょ? しかも男子も一緒に生活してるっていうじゃない。ちょっと抵抗あるかなぁ。私たちが料理したのを自分たちで試食するってのはダメ?」

「それでは実績を証明する第三者が居ないことになります。 例えばこちらに居られますサッカー部の皆様の場合、年に数回行われる大会に出場なさることによって、その結果の勝敗は別として主催者からの評価を得ることになります。実績とはそういうことです。キャプテンさん、そうでございますね?」

「は、はい、間違いないです」

 今まで恵さんの横顔に見とれていたのに、突然話を振られたサッカー部のキャプテンが辛うじて答える。

 サッカー部の連中はこの裏付けだけのために連れてこられたのだろう。

「ですが料理研究部の場合、コンクールに出場なさいますにしても県内では年二回程度で、しかも会期すべて十月となると生徒会が定めた期日に間に合いません」

 徹底的に退路を断つ恵さん。

 残されるべき道は一つで十分なのだ。

「ですが自転車倶楽部ならば前年度の実績も十分御座いますし、何より理事長先生の肝いりですので生徒会の方々にも必ずやご理解いただけると確信いたしております。それと殿方達との共同生活に不安を感じておられるようですが、わたくし達もここ数日ご一緒させて頂いておりますが、皆様方がご心配しておられるような事は一切起御座いません。」

「はあ、わかったわ。だけど派遣する子はこっちで選ばせて。みんなお家の都合とかあるだろうし、ちゃんとお料理が出来る子じゃないと不味いんでしょ? あと、栄養管理士みたいなのは多分無理だと思うから期待しないでね」

「栄養管理士には少々心当たりが御座いますのでご心配には及びません。ですが調理師の方は現状をご確認頂くためにも夕方だけでも入って頂けませんでしょうか?」

「じゃあ、私とあと二人ほど連れてくから、六時頃でいいかしら?」

「では六時に蓮池理事長のお宅でお待ちしております」

 翠先生の家までの簡単な地図を描いた私達は調理実習室を後にした。


「皆様、貴重なお時間を割いて頂きまして誠にありがとうございました」

 丁寧に頭を下げた恵さんと私は、別れに未練たらたらなサッカー部の連中を置き去りにして次の目的の人物に会うために歩き始めた。

 目的地に向かいがてら疑問に思ったことを聞いてみる。

「実績の無い部活が廃部になるって、いつ通知があったの? 私知らなかったんだけど」

「あら、そんな通知は最初から御座いませんわ」

「えっ、じゃあ、さっきのは全部口から出まかせってこと?」

「いいえ、こちらの提案を一蹴された場合は、生徒会に廃部を提案するつもりでしたから、料理研究会が廃部の危機にあったのは本当ですよ」

 聞いてはいけない事を聞いてしまった今となっては私も共犯者ということになるのだろう。

 なんだか一気に足取りが重くなったような気がする。

 次の標的が誰だかは不明だが知り合いでないことを祈りたい。

 だが今度の目的地の表札には書かれていたのは無情にも「一年四組」

 思いっきり顔見知りしかいない。目の不自由な恵さんの代わりに教室のドアを開けて中に入ると、しかし、そこには誰もいなかった。

 ほっと胸を撫で下ろして、さあ帰ろうかと回れ右すると廊下から声がかかる。

「おっ、メグっちと多田野っちじゃん。遅れてゴメン!」

 聞き覚えのある声は最近少しずつ話すようになった清水さんのものだった。陸上部に所属する彼女はちょうど部活が終わったところなのだろう。これからどんな災難が降りかかるかも知れないのに、足取りも軽くこちらへと近づいてくる。もっとも最初から恵さんが会う約束を取り付けていたのだから当然といえば当然なのだが。

「で、話って何? あたしお腹減ってっから早く帰りたいんだよね」

「話というのは、清水さんがよく遊びに行く料理研究部についてです」

 またしても例の眉根を寄せた困り顔をする。

 その表情に清水さんも身を乗り出して心配する。根はやさしい子なんだと思う。だからこれから彼女が毒牙にかかるかと思うと心苦しい。

「え、料理研究部で何かあったの? あそこの部長さんは、いつもお菓子食べさせてくれるから好きなんだよね。困ってるんなら助けてあげたいんだけど」

「ええ、それが生徒会に目を付けられて部の存続が危ぶまれているのです。何せ今までケーキを頂くだけの部活でしたからね。そうさせないためにも何らかの実績が必要だということになりまして、それでこの度、自転車倶楽部の方に出向して料理を作ることになったのですが、ちゃんとした料理にはカロリー計算が必要でしょう? それで誰かその方面に明るい方が居られないかという話になりましたの」

 いまいち清水さんと栄養管理士の接点が見えないのだが、その清水さんの顔が見る見るうちに青くなっていく。そのまま放っておくと倒れてしまいそうなので、私が隣に回って彼女支える。

「清水さんのお家は確か、調理師専門学校をなさっておられますね。それでお父様が校長先生をなさっておいでなんですよね。それでわたくし、清水さんも栄養管理などに詳しいのではないかと思いまして、こうしてお話させて頂いてる次第にございます」

「清水さん、大丈夫? 気分が悪いんなら保健室行く?」

 あまりにも震えが止まらなくて心配になったので確認してみる。

 一向に生気が戻る気配がないどころか、ますます悪くなっていくように見える彼女はだが、気丈にも首を横に振るとぽつぽつと話し始める。

「あたしんところは確かに調理師学校をやってるけど、あたしはウチのみんなみたいに料理の才能は無いし頭も悪いから家じゃ肩身が狭いんだよね。そんでお父さんの学校の生徒さんにも後ろ指刺されててさ、正直料理関係とかあんまり関わりたくないんだよね。一番上のお兄ちゃんだけは私を庇ってくれるけど、お父さんの手伝いで忙しいみたいだからあんまり迷惑かけたくないし」

 ぽろぽろと涙をこぼして声がかすれた清水さんを落ち着かせるために、手近な椅子に彼女を座らせる。

 その様子に気づいた恵さんが謝る。

「わたくしが軽率でした。このクラスにいらっしゃる生徒は誰しも他人に知られたくない部分を持ち合わせておられますのに、そのことを失念しておりました。申し訳ございませんでした」

「いいんだよ。どうせいつかは分かっちゃうんだしさ。それにさ、話したらちょっとスッキリしたよ」

「それでは、家に帰り辛いようでしたら、わたくし共と一緒に暮らしませんか? お部屋ならまだ空きが御座いますし、栄養管理のお仕事の方も、一番仲の良いお兄様とメールのやり取りで指示を頂ければ結構ですわ。一度お家の方とお話合してみて下さい。」

 そうして私達二人は清水さんを教室に残して、今度こそ帰るために昇降口へと向かった。


「先輩、そう言う訳で六時ごろには料理研究会の部長さんが料理を作りに来るのでよろしくお願いします」

 電話連絡を終えて恵さんと一緒に下校する。

 話をしながら歩いていると自然と清水さんの話題になる。

「清水さんって結構いいところのお嬢様だったんだね」

「あら、福井ではかなり有名な専門学校ですよ」

「でも、清水さんお家では肩身が狭いって、学校での態度からは想像できないよね」

「わたくしは存じておりましたわ。勿論、一番上のお兄様とは仲がよろしい事も調査済みです。実を申しますと今回の本命は彼女のお兄様の方でして、清水さんはあくまでもそのついでだったのですが、この分なら清水さんの入部もあり得ますわね」

「栄養管理士はそれでいいとして、まだ選手とメカニックが要るんだけど?」

「何を仰っているのですか? 清水さんにはあくまでも選手として入って頂くのですよ」

 おい、ちょっと待て。清水さんは一応陸上部に席があるんだから、自転車倶楽部の練習には参加出来ないはずだ。だが、この腹黒姫の胸の内は私の想像のはるか上を行っていた。

「よろしいですか? 自転車競技とは機材スポーツです。選手になるためには自転車を用意する財力がなくては話になりません。市子さんや綾乃先輩がご自身の自転車にいくら注ぎ込んだかお忘れになられたわけではないでしょう。清水さんのような裕福な方は、それだけで貴重な戦力なのです。陸上部なんぞで遊ばせておくには勿体無い人材なのですよ」

 何気に陸上をやる人間を貧乏扱いしているのだが、自転車競技は確かにお金がかかる。自転車本体は勿論だが、タイヤやチェーンなどは消耗や劣化すれば交換しなければならないし、ブレーキシューや変速機のワイヤー、その他に最高のパフォーマンスを保つためには、いくらでも維持費がかかるのだ。

 ではお金があればすべて解決するのかというと、そういう訳でもないらしく、新品の部品を付けまくってもセッティングが合っていなければ意味がないのだ。

 その意味でもメカニックが欲しいところだが、これが今のところ一番探し出すのが難しい人材だろう。

「ええ、ですから一度でも自転車倶楽部に足を踏み入れた方は、どんなに卑怯な手を使ってでも決して逃がしはしません。必要とあらば殿方をけしかけて貞操を奪うくらいのことは考えております」

 見えもしないのに虚空のあらぬ一点を見つめて熱く語る、この美少女なら本当にやりかねないと思いつつ、心持強めに握った彼女の手を引いて、影の長くなった街並みの中を俯き加減に歩いていくのだった。





タブレットだと入力に時間がかかるので、PC入力に切り替えたらサクサク書けるようになったのは良いのですが、高機能執筆フォームがPCだと使いにくいみたいで、せっかく書いたやつが一瞬で無に帰すという事故にあいました。

立ち直るのに三日かかりました(メンタル弱)


最近花粉も収まってきたので自転車でひとっ走りは良いのですが、消費したカロリー以上に食えば太るのは道理な訳で……またひとっ走り行きたいなっと♪

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