ステージ11
マイクロバスで梅華高校に乗り入れた私達自転車倶楽部の面々は、予想通り他の部活動で登校していた生徒の注目の的だった。
その中でも、フランスから来た三人は特に目立っていた。
それはそうだろう。三人とも美男美女な上に、どう見ても外国人にしか見えないのが二人も居るのだ。その二人もメイドと執事のコスプレをしているというオマケ付き。あと、馬鹿女では数少ない男子が二人も居るというのも女子生徒の視線を釘付けにしているの要因なのだろう。
相変わらずラクロス部の看板の上から自転車倶楽部と書きなぐった部室の扉を開けた琉珈先輩達は、しかし一瞬中を見ただけで、すぐにドアを閉めた。
「うん、思ったより酷いね。取り敢えず、明日から部室の掃除かな。僕らは五月の連休明けまで授業を受けないから、その間に全部の段取りをやっておくよ」
琉珈先輩の言葉にレオン先輩が邪悪な笑みを浮かべて反応する。
「ちょうどいい具合に、メイドがここに居るしな。今から全部こいつにやらせればいいんじゃね?」
「何言ってやがる? アンタも手伝うんだヨ!」
「残念ながら掃除は執事の仕事じゃ無えんだよ。お前もちょっとは女らしい事でもしないと、マジでエッフェル塔と間違えられるぞ」
余裕綽々《よゆうしゃくしゃく》で返すチビ執事。
でもと言うかやはりと言うか、最後に一言多かったらしく、ミニスカメイドのビアンカ先輩がキレた。
「アンタもえらく出世したもんだねェ! 子爵家の小倅風情が伯爵家のお嬢様相手にずいぶんな物言いじゃねえか? その割りにナニもかもが小っちぇえからモテねえんだヨ! このチビ!」
「ナニと小っちぇえを強調するんじゃ無え! あと、モテないとか言うな! 大体お前だってそのデカイ図体と口の悪さで、嫁の貰い手が無のは一緒だろうが!」
「そんな事は社交界デビューしてから考えりゃいいんだヨ!」
「じゃあ一生無理だな。お前みたいなのをデビューさせたら社交界の恥だもんな」
「アタイの場合は恥で済むけど、アンタみたいな身も心も小学生以下の奴をデビューさせたら社交界の黒歴史になるからネ」
騒ぎを聞き付けて集まった野次馬学生達はもとより、私達自転車倶楽部の面々すらも置き去りにして罵り合う、身長差三十センチ以上の凸凹コンビ。
彼らの導火線の短さにはびっくりだが、この二人が貴族の子女らしいというのにも驚きを隠せない。
「二人ともその辺で止めておけ! 僕らは、これから卒業までの間、ここで皆と上手くやっていかなきゃならないんだ。初日から程度の低い奴等だと思われるのは、はっきり言って不本意だ! 最初の予定では僕ひとりで来る手筈だったんだから、お前達はここで送り返してもいいんだぞ?」
その貴族のお子様二人をお前ら扱いの琉珈先輩。
そんな琉珈先輩の逆鱗に触れたのがよっぽど堪えたのか、メイドさんと執事が膝を軽く折って一礼する。端から見れば臣下が主君に許しを乞うている様にしか見えない。
そして今度は琉珈先輩が野次馬の方を向いて一礼する。
「皆さん、お騒がせして申し訳ございませんでした。私達三人はこの度フランスから転校して来ました。何かとご迷惑をおかけするかと思いますが、どうか仲良くしてやって下さい」
突然現れた外国人転校生に沸き返る野次馬学生達。
その中には、私のクラスの生徒も何人かいた。その顔には「なぜお前がそこに居る?」と書いてある。
その目には、あからさまな嫉妬とほんの僅かな羨望。
どうか明日クラスで虐められたりしませんように。
私達は、旧校舎の下見もそこそこに、綾乃先輩の自転車を買いに行くことになった。
琉珈先輩の話によると、学校の部室は、やはり狭すぎて使えないらしい。それと部員も足りないとのことで、明日から募集を懸けると共に、優秀な人材の引き抜きも行うそうだ。具体的にどんな人を引き抜くかまでは教えて貰えなかったが、人数的には最低でも今の二倍以上になる予定だとか。
取り敢えず、旧校舎を改装した部室が完成するまでは、翠先生の家を部室代わりに使う事になった。
そして今、私達は朋ちゃん先輩行きつけの自転車屋さんに来ている。
福井を東西に貫く足羽川のほとりにあるそれは、朋ちゃん先輩いわく「良質なバイクを手頃な値段で組んでくれるお店」だそうだ。
「取り敢えずこれに跨がってみて」
そうフレンドリーに言った店長さんに綾乃先輩が乗せられたのは、タイヤが付いていない以外は自転車そのもので、ペダルやサドルもちゃんと付いていた。面白い事に、ありとあらゆる部分に定規のような目盛りが振られていて、そこに付随する部分をスライドさせる事で、乗り手に最適なサイズを割り出せるようになっている。
制服なので跨がる時にスカートが翻って、見えてはいけない物が見えてしまわないか心配したが、ちゃんと気を利かせたお店の女将さんがジャージを貸してくれた。
「女将さん、コーヒー貰うね」
私達が採寸をしている間に、朋ちゃん先輩と翠先生は優雅にコーヒーを飲みながらカタログ相手に綾乃先輩の自転車を探していた。
では私は綾乃先輩が採寸しているのを見ているだけかというと、そうではなくて、女将さんと一緒にヘルメットやグローブにサングラス、それとサイクリングジャージを見繕っていた。これから私達が乗ろうとしているロードレーサーとかいうハンドルがくねくね曲がった自転車は、公道を走ることになるので、最低限ヘルメットとグローブは必要なのだとか。
ヘルメットと言っても、練習で綾乃先輩と一緒に使っていた工事用の不細工なやつとは違い、穴が沢山開いた見た目にも派手な物だ。
「値段が安いのは穴の数が少な目で、大概はちょっと重めね。高いのは軽くて穴も多めに開いていて快適なの。でもそれ以上に違うのが品質よ。値段が上がれば、その分だけ留め具や内側のパッドの品質が良くなるのよ。長時間被っているものだから、なるべく快適なの物の方が良いわね」
いくつか見せて貰ったが、確かに値段が高いやつはストラップやパッドの調整とかがより細かく、しかも簡単に出来る。
結局、一万円ぐらいの真ん中ぐらいのグレードを買った。
グローブやジャージにいたっては、成人用のスモールサイズでもぶかぶかだったので、ジュニア用を試着したらジャストフィットだったのは他の皆には内緒だ。
一通り装備を買った私は、綾乃先輩と入れ替わるように採寸台に乗ったが、残念な事に私が小さ過ぎて一番小さいサイズに合わせてもハンドルとペダルに足が届かなかった。
それどころか、トップチューブに跨がって両足を地面に着ける基本的な待機姿勢すらとれなかった。
「フレームが股間に食い込んでるんですけど?」
「スタンドオーバーハイト(フレームを跨いだ時に出来る股間との距離)がゼロってあり得ねぇ」
試しにレオン先輩が跨がってみたが、彼の場合は私と背丈がほとんど変わらないのに、ちゃんとペダルに足が届いた。しかもスタンドオーバーハイトもこぶし一個分くらいあるし。
「まあ、その、何だ、手足の長さは人それぞれだからさ、気にすんな!」
神様はつくづく不公平だと思った。